じじぃの「歴史・思想_212_人類と病・格差・貧困と深い関係にある病」

Coronavirus outbreak: Brazil's homeless face many risks amid COVID-19

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=IbgUe-YmM-E

Rio's favelas

Coronavirus in South America: How it became a class issue

24 March 2020 BBC News
It's community transmission that reveals the deep inequalities in the region - poorer people serving wealthier ones. Cooks, housekeepers and nannies will have to rely on a public health service that is already over-subscribed - and that's without the onslaught of coronavirus.
https://www.bbc.com/news/world-latin-america-52023147

楽天ブックス:人類と病 - 国際政治から見る感染症と健康格差 (中公新書 2590)

詫摩佳代(著)
【目次】
第5章 「健康への権利」をめぐる闘い――アクセスと注目の格差 189
2 顧みられない熱帯病 207
  注目の格差
  貧困と深い関係にある病
  高まる関心パートナーシップの活躍
  DNDiの取り組み
  「健康への権利」の実現に向けて
  人類と病――闘いの行方
https://books.rakuten.co.jp/rb/16258112/

『人類と病』

詫摩佳代/著 中公新書 2020年発行

「健康への権利」をめぐる闘い――アクセスと注目の格差 より

第1章で触れた通り、映画『第三の男』では、第二次世界大戦直後のオーストリアペニシリンの闇取引が行なわれていた様子が描かれている。重要な点は、ペニシリンという画期的な薬が登場したにもかかわらず、それがすべての人に行き渡らなかったことである。健康であることが基本的人権の一部に位置づけられた現代においても、残念ながらこの問題は続いている。科学技術の発展で、新しい感染症についても、ワクチンや治療法が登場しているが、それがすべての人に行き渡っているわけではない。薬を入手できる人とそうでない人、自らの病に注目を浴びる人とそうでない人。その格差が広がっているのである。本章では、「健康への権利」を実現しようとする様々な取り組みに対して、発展途上国内部の問題、知的財産権を保護する国際枠組み、先進国の政府の政策と製薬会社の利害関係など、様々な障壁が立ちはだかる様子について見ていきたい。

注目の格差

「健康への権利」を確保する上で大きな問題が、注目の格差である。前章で述べた通り、近年、保健問題は安全保障の課題として、さらに経済への影響ゆえに、注目を集め、多くのアクターが関与するようになり、資金枠組みが形成されてきた。しかし、数ある保健課題に一様に関心が注がれているわけではない。高まる関心や資金投入の多くは、先進国の経済や安全保障に関わる病(エイズマラリアなど)に注がれ、関心が注がれる課題とそうでない課題の格差が広がっている。
たとえばグローバルな資金の内訳で見ても、その多くのエイズマラリア対策に注がれている。途上国にとって大きな負担となっているにもかかわらず、それに見合った国際的注目を集めていない課題がある。「顧みられない熱帯病」と呼ばれるものである。顧みられない熱帯病にはトラコーマや狂犬病デング熱など、18の疾患が含まれる。
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顧みられない熱帯病による死亡者の数は年間約53万人と推定される。エイズマラリアによる年間の死者数に比べると少ないため、相対的に注目を浴びにくくなる。

そのようなこともあって、実際、死亡率が高い3大疾患に比較してグローバル・ヘルスの脅威としての認識が不十分であり、顧みられない熱帯病の根絶に向けた活動に対しては十分な資金が投じられているとはいい難い。
たとえば、ゲイツ財団の2017年度のグローバル・ヘルスへの投資内訳を見ると、エイズマラリア結核という3大感染症への投資が全体の43%を占めているのに対して、顧みられない熱帯病への投資は10%にすぎない。アメリカの2019年度グローバル・ヘルス資金の内訳を見ても、エイズに50%が投じられているのに対して、顧みられない熱帯病には1%しか投じられていない。世界全体で見ても、G7/8諸国による3大疾患(エイズマラリア結核)への寄付額は数十億ドルにのぼるが、顧みられない熱帯病対策に充てられる学派数千万ドルにとどまっている。2000~11年の間に850の新しい治療薬が登場したが、顧みられない熱帯病に向けられたものはそのうちの4%にすぎなかったとされる。数ある保健課題のなかで、注目の格差が生じているのである。

人類と病――闘いの行方

2020年2月には、新型コロナウイルスへの対応をめぐって、WHOのテドロス・アダノム・ゲブレイェソス事務局長の辞任を要請する請願書に20万人以上が署名した。その理由は「WHOは政治的に中立だと信じていたが、絶望した」と記されていた。筆者はこれに大きな違和感を覚えた。果たしてWHOは「政治的に中立」たりうるのか、と。WHOは国際社会のなかで独立した主体ではない。所詮、加盟国の合意によって設立された国際機関であり、財政的に加盟国に依存し、加盟国の合意に基づき、行動している。本書でも繰り返し見てきた通り、国際政治の影響を受けざるをえないのである。もちろん、その弊害はたくさんある。アメリカや中国など、分担金負担率の多い国の顔色をうかがわなければならないことは、その最大の弊害であろう。事実、アメリカは何度も、分担金の減額をちらつかせ、WHOに政策の変更を迫った過去がある。
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本書の校正を行っていた最中の2020年3月11日に、新型コロナウイルスパンデミックと特徴付けられるとWHOは評価した。もちろん、流行が早期に終息することを願うばかりであるが、終息すればすべて良しではない。次なる感染症の世界的流行はまた必ず起きる。未知なる感染症に備えて、ワクチンや治療法の開発にも資金を投じていかねばならない。各国の対応能力や、WHOの指揮系統も改善される必要がある。それはWHOに任せておけばよい話ではなく、国際社会の多様なアクターの支援や協力が不可欠である。
結局、歴史を振り返ってみても、人類と病との闘いは、国際協力のあり方に左右されてきた。国家間の相互依存関係が強い今日においてはなおさら、他国で流行が起これば、たとえ水際対策をしても、多かれ少なかれ、自国の脅威に直結する。人類と病との闘いの行方は、国際社会における多様な利害関係を、いかに1つの目標――病から人類を守る――に向けて協調させていけるかにかかっている。