じじぃの「歴史・思想_186_未完の資本主義・グレーバー・どうでもいい仕事」

David Graeber on the Value of Work

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=tpoJIkqEXYo

Bullshit Jobs

Bullshit Jobs - David Graeber sounding a lot like Chris Carlsson

Lebenskunstler
http://randallszott.org/2013/08/22/bullshit-jobs-david-graeber-sounding-a-lot-like-chris-carlsson/

PHP新書 未完の資本主義―テクノロジーが変える経済の形と未来

大野 和基【インタビュー・編】
内容説明
経済学者シュンペーターは「資本主義の欠点は自ら批判されたいと願っている点だ」と述べた。批判すらも飲み込み自己変容を遂げていく「未完」の資本主義。とりわけ近年は、テクノロジーの劇的発展により、経済の形が変わり、様々な矛盾が噴出している。本書は、「テクノロジーは資本主義をどう変えるか」「我々は資本主義をどう『修正』するべきか」について、国際ジャーナリスト・大野和基氏が、世界の「知の巨人」7人に訊ねた論考集である。経済学、歴史学、人類学…多彩な視座から未来を見通し、「未完」のその先の姿を考える、知的興奮に満ちた1冊。
【目次】
プロローグ―「未完」のその先を求めて
3 職業の半分がなくなり、「どうでもいい仕事」が急増する(デヴィッド・グレーバー)
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784569843728

『未完の資本主義 テクノロジーが変える経済の形と未来』

ポール・クルーグマン, トーマス・フリードマン, デヴィッド・グレーバー, トーマス・セドラチェク, タイラー・コーエン, ルトガー・ブレグマン, ビクター・マイヤー・ショーンベルガ―, 大野和基/編 PHP新書 2019年発行

職業の半分がなくなり、「どうでもいい仕事」が急増する(デヴィッド・グレーバー) より

何もしていない人のほうが高給?

――あなたが著した”Bullshit Jobs:The Rise of Pointless Work, and What We Can Do About It”(邦訳未刊行)は世界中の耳目を集めています。多くの仕事は、じつはBullshit Jobs(どうでもいい仕事:以下、BS職)だという内容です。本書の骨子は当初「STRIKE!」という雑誌にエッセイとして発表していたのですね。

グレーバー

 そうです。エッセイの内容は、誰かに頼んでリサーチしたものではなく、自らの経験をもとに書きました。これまでいろいろなパーティに顔を出して、多くの管理職の人に出会ってきました。私は労働者階級の家庭に育ったので、管理職を担う階級の世界とは無縁でした。彼らのオフィス環境についてもあまり知らなかった。
 そこで、人に会ったら「何の仕事をしているか、それはどんなものか」と聞くようにしていたのです。すると多くの人は「大した仕事はしていない」と言うんです。最初は謙遜しているのかと思っていました。でも、さらに追及すると、文字どおり大した仕事はしていないのです。1日に1時間しか働いていないという人もいたし、それどころか1週間に1時間しか働いていない人もいました。オフィスに行ってFacebookのプロフィールを更新したり、コンピュータ・ゲームをしたりして、1日の大半を過ごすそうです。
 そういった仕事をしない人たちの話を聞いたことで、私は挑発的といってもいいエッセイを世に出しました。それが”Bullshit Jobs”です。ひょっとしたら、こういう人たちは特別じゃないのかもしれない。多くのオフィスワーカーは、実際何の仕事もしていないんじゃないか。だとしたらいろいろな物事に説明がつくぞ、というエッセイです。

――仕事をしない管理職というのは、日本企業に限った話ではないのですね。しかし困ったことに、彼らは一般の社員に比べれば、かなりの高給をもらっています。

グレーバー

 それが皮肉なのです。実際には何もしていない人のほうが、具体的に役立つことをしている人よりも、はるかに給料がいい。仕事が社会に貢献している割合と、もらっている報酬が、逆相関になっているのです。たとえば、コンサルタントの仕事です。以前には、そもそもコンサルタントという仕事はありませんでした。また、かつては人事部には1人の社員しかいない場合も多かった。いま、会計士の多さは異常なレベルです。現在イギリスには会計士が36万人ほどいますが、これは計算すると、全労働者の92人に1人が会計士だということです。大学施設、教育機関、健康管理部門も、昔は少数の人しかいなかったのが、非常に大きな規模になっています。
 ほかにも、昔はまったく存在しなかった企業弁護士(顧問弁護士)など、働いている本人も「必要ない」と思っている仕事が多い。企業弁護士は、競合企業が企業弁護士を抱えていない限り必要ありません。テレマーケティング(電話営業)やPR(広報)、ロビー発動なども全部そうです。昔、ライバルがやっているから自分もやるというだけの理由で増えているのです。

「仕事は苦しいもの」という思い込みが社会を蝕む

――AIがいくつかの仕事を奪うことを心配する前に、BS職を排除すべきでしょうか。

グレーバー

 AIはすでに多くの仕事を排除しています。やろうと思えば自動化できるにもかかわらず、実現していないのは、誰かを同じ職に居座らせるためにすぎない。実際は、その誰かが機械に代替されても、誰も気付きません。我々は労働時間を縮小するのではなく、人を単に忙しくさせるために意味のない仕事のない仕事をつくり出すことを選択したのです。

――管理職はBS職であることが多いですね。本当に必要なブルーカラーに多くの給料を与えて、管理職への給料を少なくすることはできないのでしょうか。

グレーバー

 それは非常にいい質問です。スキルの有無で給料が決まるのだという声がありますが、管理職は特別なスキルのいる仕事ではありません。
 経済学者の多くは需要と供給のバランス上そう決まっているのだといいますが、そうとは思えません。これはアメリカの例ですが、企業弁護士が余っている一方で看護師が不足しているのに、企業弁護士のほうが圧倒的に高い報酬を得ています。ですから給料は需要と供給ではなく、「社会階級による権力(Class Power)」に関係しているのです。
 さらに人々には、何か役立つことをしていればそれほど高い給料をもらわなくてもいい、という考えがどこかにあります。「教師に高すぎる給料を払うと、貪欲な人やお金儲けのために子供の世話をしようとする人が教師になってしまう」という声もあります。「銀行員の給料が高すぎると、お金目当てで私たちの貯金を扱う人間が集まってしまう」なんていう人はいないのに。お金目当ての銀行員のほうが、よっぽど危なくありませんか。
 イギリスでは、緊縮財政になるとこうした声が上がります。賃金カットを求められるのは経済破綻を起こした銀行家では決してなく、救急車の運転手、看護師、教師、車掌といった社会の役に立つ職業です。気高く、人びとのためになり、人の役に立つ喜びを欲している職業――そんなに献身的なら献身的に賃金カットを受け入れたらどうふだ、というわけです。
 アメリカでは、自動車業界でも同じことが起きました。不況になった際、「原因は自動車業界にある、彼らが犠牲になって賃金になって賃金カットをされるべきだ」という声が出たのです。「人の役に立てるだけで十分だろう、そのうえ中産階級の生活も欲しいのか?」と、恨みにも近いようなことが言われました。

――あなたが書いた”Bullshit Jobs”で、世界中の人の労働に対する考え方が変わればいいと思います。

グレーバー

 そうなることを望んでいます。今回いろいろな人の話に耳を傾けて興味深かったのは、皆「自分の仕事には社会的な価値がない」と言うことです。でも私は、社会的な価値ととはいったい何を指しているんだろう、と思ったんです。昔、価値がないと自分で判断を下してしまって、これじゃ議論の余地がないんじゃないか。このままじゃ誰も救われないし、価値も生まれない、何か他人のためになることを、と思ったんです。
 今回わかったのは、「caregiving(ケアの提供)」の考えを労働における主要な要素に据えてもいいんだ、ということです。フェミニストたちの指摘のように、すべての労働はある意味「caregiving」です。人が橋をつくるのは、誰かに川を渡らせてあげたいと思うからです。
 我々は、仕事に大切なものは何なのか、考え直すべきなのかもしれません。仕事は苦しいものだ、苦しみは真の大人の勲章だ。責任感のある人間になろう――。ガン代の労働観は、あまりにもねじれてしまっています。
 我々には、自分が最大の恩恵を受けたいと計算する。奇妙に快楽主義的な哲学があります。また同時に、1日8時間の労働に耐えれば、残りの数時間は自分の楽しみのために使ってもいいという自己犠牲的な考えを併せもっています。あまりにもねじれた人生観であり、そんな考えを続けていたら、自分の体、ひいては社会も壊れてしまいます。本当に、一度再考すべきときが来ているのだと思います。