じじぃの「歴史・思想_188_未完の資本主義・コーエン・民主主義はこれからも続く」

Welfare State and Social Democracy

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=Jv3hMfTTCfY

Democracy

PHP新書 未完の資本主義―テクノロジーが変える経済の形と未来

大野 和基【インタビュー・編】
内容説明
経済学者シュンペーターは「資本主義の欠点は自ら批判されたいと願っている点だ」と述べた。批判すらも飲み込み自己変容を遂げていく「未完」の資本主義。とりわけ近年は、テクノロジーの劇的発展により、経済の形が変わり、様々な矛盾が噴出している。本書は、「テクノロジーは資本主義をどう変えるか」「我々は資本主義をどう『修正』するべきか」について、国際ジャーナリスト・大野和基氏が、世界の「知の巨人」7人に訊ねた論考集である。経済学、歴史学、人類学…多彩な視座から未来を見通し、「未完」のその先の姿を考える、知的興奮に満ちた1冊。
【目次】
プロローグ―「未完」のその先を求めて
5 テクノロジーは働く人の格差をますます広げていく(タイラー・コーエン)
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784569843728

『未完の資本主義 テクノロジーが変える経済の形と未来』

ポール・クルーグマン, トーマス・フリードマン, デヴィッド・グレーバー, トーマス・セドラチェク, タイラー・コーエン, ルトガー・ブレグマン, ビクター・マイヤー・ショーンベルガ―, 大野和基/編 PHP新書 2019年発行

テクノロジーは働く人の格差をますます広げていく(タイラー・コーエン) より

テクノロジーのスキルの有無で格差が広がる

――AIは多くの人の仕事を奪うといわれています。コーエン教授は、AIについてどう評価しますか。

コーエン

 そもそも、「AIが仕事を奪う」という考え方を改めるべきですね。AIは新しい仕事を多く創出し、同時に古い仕事を排除するものです。たとえば法律事務所では判例を調べるのにAIを使っていますが、かつては図書館でせっせと資料をあさらなければいけなかったところをAIが代わりにしてくれるので、リサーチに割く人員を減らすことができます。AIの導入は、新たな富と機会の創出につながります。
 ただ、仕事を得るのに必要なスキルは変わっていくでしょう。具体的には、テクノロジーについての理解がさらに必要になります。収入の格差も広がるでしょう。テクノロジーを上手く使って働くことのできる人は、本当にひと握りしかいませんから。
 危険なのは、スキルのない人がサービス・セクターの仕事しかできなくなる未来が待っているかもしれないことです。サービス・セクターの仕事とは、高齢者の介護や犬の散歩、コンビニエンスストアでのレジ打ちなどです。ある程度給料をもらえたとしても、彼らの将来は明るいものではありません。この、スキルのあるなしによって格差が広がることこそが、AI導入による危険性だと個人的には考えています。雇用機会が減ることはそこまで問題ではありません。

――AIの発達によって労働が機械に置き換わった場合、低賃金を社会保障で補って糊口をしのぐ労働者と、機械を所有して富を占有する資本家に分かれるのでは、と懸念されています。

コーエン

 資本家と労働者の間だけでなく、労働者間でも格差が生まれます。労働者であっても、機械を使うことに長けていればかなり高額の収入を得られます。アメリカや日本のトップ10~15%の層は、いい仕事を持ち、いい人生を歩んでいるといえますが、この10~15%というのはいうのはかなり大きな割合です。たまにしかお目にかかれない、たった1%の資本家というわけではありません。
 ただ、ごく少数の上位者はかつてないほど裕福になる一方、大多数の人は飢えはしないものの細々と生活を続けるという格差社会がやがてやってきます。アメリカも日本もそうです。多数派の庶民も、テクノロジーの恩恵は受けられるし、それなりに幸せな人生を歩めるでしょう。しかし、かつてのような高度成長はもう訪れません。父母、祖父母の世代と比べて収入が2倍、4倍とうなぎ登りに上がっていくとか、かつてのアメリカや日本を振り返って国全体がこんなにも裕福になったと回想できるような成長は、もう訪れることはないでしょう。

――最終的に、人間の労働のほとんどがAIに取って代わられることはあるでしょうか。

コーエン

 AIというのは、いささか微妙な言葉です。独立した1個の存在ではなく、異なる機能の連続体ですし、誰もが少しずつ異なる意味で使っています。それはともかく、歴史上どの時期でもいいので50年、あるいは100年という期間を切り取ってみると、経済が成長していればほとんどの仕事は消滅し、異なる仕事に置き換っています。今ある労働のほとんどが今後なくなったとしても、それはAIのせいかもしれないし、そうではないかもしれない。ただ、経済の代謝があるということです。

ポスト資本主義など存在していない

――資本主義は近いうちに終焉を迎えるだろうという声を聞きます。ポスト資本主義という言葉も話題になりました。

コーエン

 しかし、資本主義に代わるものなんてないでしょう。多くの国はかつてないほど資本主義的になろうとしており、それでうまくいっています。
 私は、ポスト資本主義などというものはないと思っています。アフリカへ行って、町の人にいま何が欲しいかと聞いてごらんなさい。皆、立派な企業やいい仕事が欲しいと答えるでしょう。彼らにポスト資本主義の話などしようものなら、お前は正気か? という目で見られます。確かに昨今の資本主義はつまらない代物(しろもの)になり下がってしまいましたが、我々は本来、もっと資本主義的になるべきなのです。金が欲しい、職が欲しいというアフリカの人びとの気持ちおそが本質です。西洋のインテリたちは何もわかっていません。少なくともしばらくは、資本主義以上に優れた経済システムは生まれないでしょう。

――いまあなたが世界経済について注目していることは何でしょう。

コーエン

 アフリカ情勢ですね。または中国情勢。そして西洋諸国の政治がなぜこれほどおかしなことになってしまったのかについてもさらに考えなければならないと思っています。経済問題とはいえないでしょうが、我々経済学者もこの問題に取り組み、憂慮する必要があると思っています。イギリスのEU離脱ブレグジット)、トランプ当選――ほぼ誰にとっても想定外のことが起きたわけでしょう。それはなぜだったのか、考えていきたいと思っています。

――民主主義が崩壊しかけている、ということですか。

コーエン

 それはまた別の見方ですが、少なくともこうは言えるでしょう。これまでに民主主義が完全に成功した例はない、と。今の状態では、まるで衆愚政治です。ブレグジットもトランプも国民が自らの意思で選んだわけですから、これを反民主主義とは呼ぶことはできないでしょう。

むしろ世界はますます民主主義的になっており、我々はまだこの状況に順応できていないということではないでしょうか。