じじぃの「歴史・思想_178_地球に住めなくなる日・病気の新世界」

【8か国11都市情報】新型コロナウィルスと闘う世界 ~2020年4月24日 特派員レポート~

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=wMdjRQIVyzg&feature=emb_title

People with protective masks walk at Eiffel Tower in Paris

『地球に住めなくなる日』

デイビッド・ウォレス・ウェルズ/著、藤井留美/訳 NHK出版 2020年発行

第2部 気候変動によるさまざまな影響

グローバル化する感染症 より

すでに実験室レベルでは復活例が報告されている。2005年には、3万2000年前の「極限環境微生物」が生きかえったし、2007年には800万年目の微生物を蘇生させることに成功した。あるロシア人科学者は、350万年前の微生物を好奇心から自ら体内に注入した(幸い異常はなかった)。そして2018年には大物が復活する。4万2000年前に永久凍土に閉じ込められた線虫が息を吹きかえしたのだ。
北極圏にはもっと新しく、もっと恐ろしい病原菌も眠っている。アラスカで見つかったは、1918年に大流行して5億人が感染し、5000万人が死亡したインフルエンザ、いわゆるスペイン風邪のウイルスの残党だ。5000万人というと当時の世界人口の約3パーセントであり、時を同じくする第一次世界大戦の死者の6倍近い。シベリアの永久凍土には、ほかにも天然痘ウイルスやペスト菌など、過去に人類を大いに苦しめた病原菌が潜んでいるのではないか。研究者はそう考えている。
氷づけの生命体もすべてがしぶとく生きのびるわけではないし、復活といっても条件の整った実験室での話だ。ところが2016年、シベリアの奥地で少年が炭疽で死亡し、ほかに住民20人の炭疽菌感染が確認された。トナカイも2000頭以上が死んでいる。原因は永久凍土が融け、75年前に炭疽で死んだトナカイの死骸が露出して、炭疽菌が大気中に放出されたためだった。

待ちうける病気の「新世界」

こうした予測(2030年には36億人がマラリアの危険にさらされると予測した)では、気候モデルだけでなく、関わる生命体の働きも正しく理解する必要がある。マラリアなら蚊、ライム病ならマダニだ。ライム病は、地球温暖化でいま急速に拡大している。専門家のメアリー・ベス・ファイファーによると、日本、トルコ、韓国など2010年までは存在しないに等しかった国で、ライム病の患者が報告されるようになってきた。現在韓国では、保菌者が年間百人ずつ増えているという。オランダでは国土の54パーセントでマダニが見つかっているし、アメリカでは新規感染が毎年30万例にもなる。治療を受けたあとも症状が数年間続くこともあるので、患者数は積みあがっていくばからだ。蚊やマダニなどが媒介する感染症は、この13年間に3倍に急増した。蚊はともかく、マダニとの遭遇は過去二経験がなかった地域も多い。
感染症の影響は、むしろ動物に顕著に現われる。ミネソタ州では2000年代に冬ダニが出るようになり、わずか10年でムースの生育数が58パーセントも減少した。2020年にはミネソタ州からムースが消滅すると考える保護活動家もいる。ニューイングランドでは、ムースの子どもの死骸にマダニがびぅしりたかっているのが見つかった。その数9万匹で、どれも丸々とふくらんでいた。死因はライム病ではなく、マダニ1匹当たり数ミリリットルの血液を吸ったことによる失血だった。生きのびたムースも悲惨だった。マダニに噛まれたかゆみでひっきりなしに身体をかくうちに、毛がすっかり抜け落ちた。灰色の皮膚がむきだしになった姿は不気味で、「おばけムース」と呼ばれた。
ライム病は比較的新しい病気なので、理解がまだ充分ではない。症状も関節痛、倦怠感、記憶障害、顔面麻痺となんでもありで一貫性がない。虫に刺されたという患者から、ライム病を的確に見分けるのは困難だ。それでも媒介するマダニに関しては、研究が進んでいる。
しかしこれから気候変動が大きくなると、新たに媒介役を引きうける動物が出てこないともかぎらない。そうなったら、私たちは完全にお手あげだ。過去に経験のない感染症が出現する可能性がある。まったく新しい病気の世界の世界が、私たちの前に広がるのだ。

「新しい世界」という表現はけっして大げさではない。地球上でまだ発見されていないウイルスは、100万種を下らないのだ。細菌となるともっと多い。

なかでも怖いのは、人間の体内でとりあえずは平和的に暮らしている細菌だろう。その99パーセント以上はまだ正体が解明されていないが、食べ物の消化から不安感のコントロールまで、あらゆる仕事を黙々とこなしている。気候変動がそんな細菌たちにどんな影響をおよぼし、どの細菌が減ったり、消滅したりするのか、あるいは性質を変えて生きのびるのかまったくわからない。
人間の体内を居場所にしている細菌は基本的に脅威にはならない――いまのうちは。地球の気温が1~2℃上昇したところで、彼らのふるまいもおそらく変わらないだろう。だが例外もある。中央アジア原産で、レイヨウの仲間であるサイガを襲った悲劇がそれだった。2015年5月、わずか数日で全個体数の3分の2近くが死んでしまった。広大な草原にサイガの無数の死骸が転がる「大量死」の衝撃の原因がとりざたされ、宇宙人、放射線、廃棄ロケット燃料とさまざまな説が飛びかった。だが死骸はもちろん、土壌や植物を調べても、有毒物質は検出されなかった。犯人は、サイガの扁桃にいるパスツレラ・ムルトシダという細菌だった。何世代ものあいだサイガの体内でおとなしくしていた細菌がとつぜん異常増殖し、血液に乗って肝臓、腎臓、脾臓に回り、感染症を引きおこしたのである。