じじぃの「世界制したナッツ企業・スゴい日本人を発見!カンブリア宮殿」

カンブリア宮殿 世界を制した企業・ナッツ・カンパニー 5月19日 バラエティ動画を無料視聴!バラ動画
http://varadoga.blog136.fc2.com/blog-entry-3826.html
第20回 「ケニア・アフリカで働くということ」 TunapendaAfrica
http://tunapendaafrica.org/seminar/page000034.html
突破する力 佐藤芳之 朝日新聞グローブ (GLOBE)
http://globe.asahi.com/breakthrough/100222/01_01.html
カンブリア宮殿 2011年5月19日 テレビ東京
【司会・ホスト】村上龍小池栄子 【ナレーター】高川裕也 【ゲスト】ケニア・ナッツ・カンパニー創業者 佐藤芳之
豊富な天然資源を抱え、経済成長著しい「アフリカ大陸」。植民地支配から独立して半世紀が経ち、日本をはじめ世界中の企業が進出し始めている。一方、貧困問題も依然深刻で、『貧しい大陸』と同情され、援助を受け続けるのも「アフリカ大陸」の現実だ。
だが「援助で自立はできない。必要なのは収入を得る糧だ」と、"アフリカ人の自立"のため、ビジネスにこだわる日本人がいる。佐藤芳之(71歳)だ。佐藤は、50年近く前に単身、アフリカに渡り、一代で年商30億円、ケニア最大の食品加工メーカー『ケニア・ナッツ・カンパニー』を創業した。さらに佐藤は年齢68にして、その成功をケニア人に譲り、新たなビジネスに挑戦している"すごい日本人"なのだ。
なぜ、佐藤は日本から遠く離れた「ケニア」に渡ったのか? どんな努力で成功を収めることができたのか? そして、人生の終盤を迎えてなお、挑み続けるのか?
番組では、一代でケニア最大の食品加工メーカーに育て上げたノウハウを解明するとともに、佐藤の新ビジネスに密着!日本から1万2000キロ離れた「アフリカ大陸」を舞台に活躍する日本人の姿を広大な自然とともに紹介する特別企画!
http://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/list/list20110519.html
どうでもいい、じじぃの日記。
5/19、テレビ東京カンブリア宮殿』で「世界制したナッツ企業スゴい!日本人を発見」を観た。
大体、こんな内容だった。 (手抜きしている)
今夜の舞台はアフリカのケニア。この動物王国にとんでもない日本人がいるという。
ケニアの人たちに囲まれ、子供たちから「Mr.サトー」と呼ばれている男性が登場した。
Mr.サトーはこの国ではもっとも有名な日本人起業家だ。
佐藤さん、(はるかな地平線を指さして)「あの山の向こうまで」
その敷地面積はなんと東京ドーム1070個分。でかい! そこで作っているのが「ナッツ」だ。
10万人の農民からナッツを買い上げている。家族も含めると実に国民の40人に1人の生活を支えているという。
「Mr.サトーはアフリカのナッツ王」なのだ。
そのスケールの大きさに村上龍は舌を巻いた。
村上さん、「夢と冒険がある。遠い国に思いを馳せてロマンを感じて何かやるって、この人のリアルティが伝わってくるか。『世の中には偉い人がいるんだ』で終わらせたくない」
ケニア・ナッツ・カンパニー」はケニア最大の食品加工メーカー。「マカダミアナッツ」は今や国民的ブランドに。
ケニアのナッツ工場で従業員と談笑している佐藤さんの映像が出てきた。
ここは単なるケニアの巨大企業ではない。従業員みんなが笑顔になれる会社。
佐藤さん、「カンパニーとは一緒にパンを食べる仲間のこと」
たった一代で巨大なナッツ王国を築き上げた佐藤だが、70歳にして新たなビジネスにチャレンジ。
アフリカの子供たちを病気から救え!
トイレが不衛生的で病気が蔓延しているのを見て、「消臭浄化剤」を現地で生産する事業を始めた。
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なぜ、佐藤はこうした思いを抱くようになったのか。佐藤は1959年宮城県生まれ。東京外国語大学を出て、1963年ガーナ大学大学院に留学した。佐藤が渡った60年代は激動の時代。アフリカ各国が次々と植民地支配から独立を果たした。しかし貧困は解決しない。当時先進国がおこなったのはヒューマニズムという人道援助だけ。飯は与えられたが飯の種は与えられなかった。アフリカは一向に自立できなかった。佐藤は思った。
アフリカの人たちと一緒になって飯の種を作ろう
こうして1974年、ケニア・ナッツ・カンパニーを創業。現地の人たちを雇い、マカダミアナッツの木を植え、意気揚々とスタートさせた。だが、遅刻や無断欠勤はあたりまえ。ようやくありつけた飯の種なのに真面目に働かない。しかも佐藤と目を合わせない。その時、気づいた。彼らにとって僕は第2の支配者に過ぎないのだと・・・。みんなが幸せになれる会社とは何なのか。やがて佐藤はある思いに辿りつく。
「カンパニーとは一緒にパンを食べる仲間だ。だからカンパニーにした時に1人じゃなくて、みんな恩恵を受ける形にするためのカンパニーだ」
古参の社員の一人、バーシニア・ワンジルさん(53歳)。佐藤をよく知る彼女からこんな言葉が出た。
「Mr.サトーははお父さんみたいな存在よ」
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スタジオから
小池さん、「今夜のゲストはケニア・ナッツ・カンパニーを創業者、佐藤芳之さんです」
村上さん、「ケニアの女性の方が『自分の父親みたいな存在だ』、と。最高の誉め言葉ですね」
小池さん、「こちらに用意したのはケニア・ナッツの商品です」
佐藤さん、「ケニアのナッツはハワイなんかと比べて、独特な味とコクがあります」
小池さん、「そもそも、なぜアフリカに行かれたんですか?」
佐藤さん、「60年でオリンピックの前の年ですから、成長のマグマが社会全体に沸々と湧いていた感じがしました。その雰囲気の中で自然に未知の国に行きたくてアフリカに行きました」
村上さん、「最初はガーナだったんですよね」
佐藤さん、「高校時代にガーナの独立の志士だったクワメ・エンクルマ(アフリカ人反植民地主義指導者でガーナ国家の創設者で初代大統領)の伝記を呼んで、こんなにも一人の人間が情熱を持ち、公共のために闘えるんだ。強烈に印象が残っていた。自分は初めての日本人留学生だった」
留学を終えた佐藤はアフリカに留まり、35歳でケニア・ナッツ・カンパニーを創業。大成功をおさめる。
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東京・府中市にある東京外国語大学のキャンパスに向かう佐藤さんの映像が出てきた。
4月、東京外国語大学。母校に佐藤の姿があった。
教室に入って行った佐藤さんに後輩たちからの拍手が鳴り響いた。
この日は学生たちに特別な講義。アフリカで大成功した先輩の話が聞けるとあって、みんな興味深々。
男性の学生、「ビジネスをやろうと思ってから、今に至るまでの中で一番難しかったことは?」
佐藤さん、「デモやストがあったり、盗まれたり、いろいろなことがあるけれど、そういうこと難しい、大変だと思うと負ける。大変だと思わないことが乗り切れた原因だと思う」
男性の学生、「かっこいいですね。すごく尊敬できる生き方をしていると思う」
男性の学生、「型にはまっていない部分がいいと思う。年齢も60になったら引退という考えじゃなく、自分が変化したいから変化し続けるという生き方はすごく共感できる」
講義終了後、学生たちが佐藤のもとへ。
女性の学生、「佐藤さんの会社でインターン(就業体験)したい」
何と夏休みの間、佐藤の会社で働いてみたいという。その3人を佐藤は迎え入れることにした。
若者よ。佐藤に続け!
収録を終えて村上龍はこんなことを考えた。
「アフリカを訪れると、初めての人でも不思議な懐かしさを感じる。人類が誕生した大地であり、時間がゆっくりと流れているからだ。夢は寝ているときに見ればいい、大事なのは目的と目標だ、佐藤さんは明言した。その言葉を脇で聞いたのは初めてだった。いつもは私が誰かに発する言葉だ。佐藤さんは、母なる大地で、現地の人々と喜びを共有する、何と幸福な人生なのだろう」
佐藤さん、「チャンスはあった。たったひとつ違うのはチャンスに行く勇気と好奇心があったこと。そして、自分を試したかった。自国で試すより異国で試す方が面白いじゃないか」
じじぃの感想
「夢と冒険がある。遠い国に思いを馳せてロマンを感じて何かやるって、この人のリアルティが伝わってくるか。『世の中には偉い人がいるんだ』で終わらせたくない」
文章で書いたことで、どれだけ佐藤さんの情熱が伝わるだろうか。
テレビを観てて、感動してしまった。
若い人で、この番組を観なかった人は、是非観てください。(YouTubeなんかで観られるかも)