じじぃの「人の死にざま_288_多田・富」

多田富雄 - あのひと検索 SPYSEE
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リハビリ日数制限問題に関する市民集会(鈴木寛阿部知子他) 動画 youtube
http://www.youtube.com/watch?v=GntS-nGa2Rs
NHKアーカイブス 「免疫学者 多田富雄の遺(のこ)したもの」 2010年 5月30日放送
国際的な免疫学者、東京大学名誉教授の多田富雄さんが、先月亡くなった。脳梗塞で倒れながらも多くの手記を残し、生きる闘いを続けた多田さんの日々を改めて見つめる。
【司会】桜井洋子 【ゲスト】生命誌研究者・遺伝学者 中村桂子、演出家 笠井賢一
 ▽NHKスペシャル 「脳梗塞からの再生 免疫学者・多田富雄の闘い」 (2005年制作)
http://cgi4.nhk.or.jp/hensei/program/p.cgi?area=700&date=2010-05-30&ch=21&eid=6065
多田富雄 フリー百科事典『ウィキペディアWikipedia)』 (一部抜粋しています)
多田富雄(1934年3月31日-2010年4月21日)は日本の免疫学者、文筆家である。東京大学名誉教授。詩人の多田不二は大叔父。
【来歴・人物】
茨城県結城市出身。千葉大学医学部卒業後、千葉大学医学部教授、東京大学医学部教授、東京理科大学生命科学研究所所長を歴任。1971年に抑制T細胞を発見するなど免疫学者として優れた業績を残す。野口英世記念医学賞、朝日賞(1981年)、文化功労者1984年)を受賞。瑞宝重光章(2009年)。
また執筆活動も行い『免疫の意味論』(青土社、1993年)で大佛次郎賞、『独酌余滴』(朝日新聞社、1999年)で日本エッセイスト・クラブ賞、『寡黙なる巨人』(集英社、2007年)で小林秀雄賞を受賞。
能の作者としても知られ、自ら小鼓を打つこともあった。作品に脳死の人を主題にした『無明の井』、朝鮮半島から強制連行された人を主題とした『望恨歌』、アインシュタイン相対性理論を主題とした『一石仙人』、広島の被爆を主題とした『原爆忌』がある。
2001年、滞在先の金沢にて脳梗塞となり声を失い右半身不随となる。しかし執筆意欲は衰えず、執筆活動を続けた。
2006年4月から厚生労働省が導入した「リハビリ日数期限」制度につき自らの境遇もふまえて「リハビリ患者を見捨てて寝たきりにする制度であり、平和な社会の否定である」と激しく批判し、反対運動を行っていた。2007年12月には『わたしのリハビリ闘争 最弱者の生存権は守られたか』(青土社)を刊行した。
2007年には親しい多くの知識人とともに「自然科学とリベラル・アーツを統合する会」を設立し、自ら代表を務めた。
2010年4月21日、前立腺ガンによるガン性胸膜炎のため死去。76歳没。
【著書・共著】
・『免疫の意味論』(青土社、1993)
・『独酌余滴』(朝日新聞社、1999) のち文庫
・『免疫の「自己」と「非自己」の科学』(NHKブックス日本放送出版協会、2001)
・『脳の中の能舞台』(新潮社、2001)
・(柳澤桂子)『露の身ながら いのちへの対話 往復書簡』(集英社、2004) のち文庫
・『寡黙なる巨人』(集英社、2007)
・(白洲正子)『花供養』(藤原書店、2009)

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『寡黙なる巨人』 多田富雄/著 集英社 2007年発行 (一部抜粋しています)
回復する生命−−その2
1昨年(2001年)の5月、私は突然脳梗塞で倒れ、3日の間、死線を彷徨(さまよ)った。気がついたときには右半分が完全に麻痺していた。その瞬間から言葉もいっさいしゃべれなくなった。
全く突然の、信じられない異変だった。私はおしゃべりではないが、人と談笑するのは好きだった。それが一言もしゃべれない。途方にくれた。
今でも夢ではないかと疑うことがある。でも残念ながら夢でない。診断は仮性球麻痺による重度の構音障害で、言葉のほかに嚥下(えんげ)機能も侵され、食事ばかりか水も飲めない。もうそろそろ2年というのに、朝夕チューブを入れて水分を補給している。体のほうはリハビリで幾分よくはなったものの、いまだにしゃべること、水を飲むことは全くできない。杖を突いて、肩と腰を支えられて、50メートル歩くのがやっとだ。筆舌に尽くせないほどの苦痛がまだ続いている。
誰かに起こりうることは自分にも起こる。突然の不幸に苦悩し、絶望して一時は自死まで考えたが、今ではせっせとリハビリに通っている。
わたしの麻痺は重度だから、いくらリハビリをしても回復はおぼつかない。脳の一部は死んでしまったのだ。神経細胞が2度と再生しないのは、よく知られた事実である。
入院中は毎日のスケジュールに従っていればよかったが、退院後のリハビリはつらい。週4日、雨の日も雪の日も、妻に車椅子を押させて病院に通う。そして強制的な機能訓練だ。
私は一生懸命やっているつもりだが、なかなか歩けるようにはならない。こんな苦しいリハビリの訓練を受けるのは何故だろうかと、時々考える。リハビリなんかやめて、電動車椅子にバリアーフリーの部屋、介護保険などを使って、安楽に暮せばいいではないか。
でも私はそうはしないつもりである。いくらつらくても、私はリハビリを楽しみにしている。週に4日間、歩行訓練と言語機能回復のために、病院に通うのが日課になった。私にも家人にも大変な負担だ。そんなことをしても、目立ってよくなる気配は見えない。エンドレスの、不毛の努力をなぜ続けているか。
その理由を書こう。
私には、麻痺が起こってからわかったことがあった。自分では気づいていなかったのだが、脳梗塞の発作のずっと前から、私には衰弱の徴候があったのだ。自分では健康だと信じていたが、本当はそうではなかった。安易な生活に慣れ、単に習慣的に過ごしていたに過ぎなかったのではないか。何よりも生きているという実感があっただろうか。
元気だというだけで、生命そのものは衰弱していた。毎日の予定に忙殺され、そんなことは忘れていただけだ、発作はその延長線上にあった。
それが死線を越えた今では、生きることに精いっぱいだ。もとの体には戻らないが、毎日のリハビリ訓練を待つ心がある。体は回復しないが、生命は回復しているという思いが私にはある。いや、体だって、生死を彷徨っていたころに比べれば少しはよくなっている。
今日はサ行の構音が幾分聞き取れたと言語聴覚士が言ったとか、今週は麻痺した右の大臀筋(だいでんきん)に力がはいっていたと理学療法士にほめられたとか、些細なことが新しい喜びなのだ。リハビリとは人間の尊厳の回復という意味だそうだが、私は生命力の回復、生きる実感の回復だと思う。
まだ一人で立っていることさえままならないが、目に見えない何かが体に充ちてきている、目に見える障害の改善は望めない。でも、何かが確実に回復していると感じる。どうもそれは、長年失っていた生命感、生きている実感らしい。
顕微鏡に微動螺子(ねじ)というのがついている。1回転で何十分の1ミリほどの鏡筒が進んでピントが合う。肉眼では見えぬ速度だ。その微動螺子と同じように、見えない速度で確実に回復していくものを感じるのだ。
生命力の回復なんて、どうもそのようなものらしい。長い冬の間に、目に見えない力が樹木に充ちてきて、いつの間にか芽になっている。蕾(つぼみ)さえも膨らんでいる。その花だって「遅速あり」と古人は言った。その力は誰にも見えない。
ましてや私の場合は、脳神経が侵されたのである。症状はよくなるはずはない。毎年咲く花とは違う。でも長年失っていた生命力が見えない速度で充実し、回復しようとしているのを感じている。そんな力は、皮肉なことに体が丈夫なころは感じることはなかった。
つらいリハビリに汗を流し、痛む関節に歯を食いしばりながら、私はそれを楽しんでいる。失望を繰り返しながらも、体の徐々に充ちてくる生命の力をいとおしんで、毎日の訓練を楽しみにしている。
苦しみが教えてくれたこと
病気などと無縁だと思っていた私が、脳梗塞で右半身不随になってから、まるで病気のデパートのようにいろいろな病気の巣になってしまった。それも回復不可能なものばかり。まるで「もくらたたきゲーム」のように、次から次に現れる。
2005年の5月には前立腺がんが発見された。すでにリンパ節への転移もあり、切除は不可能な段階であった。出来るのはホルモン療法、といっても積極的なホルモン投与療法をすると脳血栓の再発を招くというので、睾丸(こうがん)を摘除する「去勢法」だけを受けた。若いころ私を苦しめ続けた煩悩の種ともさっぱりおさらばして、身も心も軽くなった。おかげで腫瘍(しゅよう)マーカーも激減したと思う間もなく、次に難題が待っていた。
入院するたびに病気は重くなるらしい。日本の病院は、患者を娑婆(しゃば)から隔絶させ、衰弱させるところのようである。退院するころになると、今度は尿路結石が発見され、そこにMRSA(多剤耐性菌)の院内感染という新手の敵が加わった。退院しても、発熱と排尿困難に苦しめられた。それが少しよくなったかと思うと、今度は喘息(ぜんそく)という強敵が加わった。休む間もなく呼吸困難に悩まされている。
半身麻痺は、体が動かないだけではない。1日中筋肉の緊張が高まって、休んでいても楽ではない。いつも力を入れているようなものだ。それだけではない。私の後遺症には重度の嚥下障害、構音障害が重なっている。物が自由に食えない。水や流動物は飲めない。
食事は私にとって最も苦痛な、危険を伴う儀式である。おかゆは何とか食べられるようになったが、油断すると激しくむせる。ご飯粒(はんつぶ)一粒でも気管に入ると肺炎になる危険がある。排除するための咳ばらいが出来ないのだ。
食後は必ず痰(たん)と咳に悩まされる。あまり苦しいときには、スポンジのブラシを喉に突っ込んで、強制的に咳を起こさせ、異物を排除する。でないと眠ることさえ出来ない。
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構音障害は、私から会話を奪ってしまった。発作から5年たつが、まだ満足に挨拶も出来ない。
脳梗塞の発作の後、今まで何気なくやってきたこと、たとえば歩くことも、声を出すことも、飲んだり食べたりすることも突然出来なくなった。自分に何が起こったのか理解出来なかった。声を失い、尋ねることも出来なかった。叫ぶことすら不可能な恐怖と絶望の中で、死ぬことばかり考えて日を過ごした。呻き声だけが私に出来る自己表現だった。自死の方法を考えて毎日が過ぎた。今思えば危機一髪だった。
でもこうして生きながらえると、もう死のことなど思わない。苦しみがすでに日常のものとなっているから、黙って付き合わざるを得ないのだ。時には「ああ、難儀なことよ」と落ち込むことがあるが、そんなことでくよくよしても何の役にも立たないことくらいわかっている。
受苦ということは魂を成長させるが、気を許すと人格まで破壊される。私はそれを本能的に免れるためにがんばっているのである。
病気という抵抗を持っているから、その抵抗に打ち勝ったときの幸福感には格別のものがある。私の毎日はそんな喜びと苦しみが混ざり合って、充実したものになっている。
朝起きた瞬間から抵抗は始まる。硬い装具をつけてもらうと戦闘開始である。「おはよう。今日はうまく立ち上がれるか」と挨拶する。そして鈍重な巨人のように、不器用に背を伸ばす。曲がった骨が痛くてよろけるが、こけると致命的である。緊張する。
一日中、そんな戦いは続く。腰が痛くても、寝転んで休むわけにはいかない。装具をはずさないと横にはなれない。装具をはずすと人出を借りないと起き上れないし、トイレにも行けない。だから一日中硬い装具に縛られたままである。リハビリのない日は、パソコンを打ち続け、風呂に入るまで我慢する。おかげで夜はパタンと熟睡してしまう。週3回のリハビリに通うと、暇な時間はない。ある意味では充実した毎日である。
そんな中で、私はいろいろな喜びを味わっている。私流「病状六尺」である。
病という抵抗のおかげで、何かを達成したときの喜びはたとえようのないものである。初めて一歩歩けたときは、涙が止まらなかったし、初めて左手でワープロを一字一字打って、エッセイを一篇書き上げたときも喜びで体が震えた。
今日は「パ」の発音が出来たといっては喜び、カツサンド一切れが支障なく食べられたといっては感激する。なんでもないことが出来ない身だからこそ、それが出来たときはたとえようもなくうれしいのだ。
そうやって、些細なことに泣き笑いしていると、昔健康なころ無意識に暮らしていたころと比べて、今のほうがもっと生きているという実感を持っていることに気づく。
身体についても新しい発見がある。たとえば頬の痒(かゆ)みを掻(か)くと麻痺した手が不随意に動く。あくびと同時に、麻痺した腕の筋肉が緊張する。猫のあくびとおなじだ。いわゆる錐体外路(すいたいがいろ)系の神経が活動するからだろうか。麻痺で不随になっても、人間の運動系は一体になって動いていることが実感としてわかる。こんなことも健康なときには気づかないで、何でも細分化すれば理解できると思っていた。医学を学んだ身として愚かなことだった。
これからも新しい病気は次々と顔を出すだろう。一度は静かになったがんだけれど、いつかは再発するだろう。でもそのときはそのとき、どうせ一度は捨てた命ではないか。あの発作直後の地獄を経験したのだから、どんな苦しみが待っていようと、耐えられぬはずはない。
病を友にする毎日も、そう悪くないものである。

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多田富雄の言葉
「目先の研究にとらわれず、寛容で豊かな研究者であれ」
「科学者はシェイクスピアを、文学者は相対性理論を読まなければならない」
「何もかも失った。それを突き詰めていくと何かが見える」
「それは運命を受け入れる力です」

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