じじぃの「人の死にざま_98_南方・熊楠」

あの人に会いたい 南方熊楠 SPYSEE
http://spysee.jp/%E5%8D%97%E6%96%B9%E7%86%8A%E6%A5%A0/681/
自分の編集動画「日本人は何を考えてきたのか」③田中正造南方熊楠 動画 YouTube
http://www.youtube.com/watch?v=GkpLRdEy1hs
南方マンダラ図 画像
http://www.aikis.or.jp/~kumagusu/mandala1_l.jpg
日本人は何を考えてきたのか 「第3回 森と水と共に生きる 〜田中正造南方熊楠〜」 (追加) 2012年1月22日 NHK Eテレ
【出演】西島秀俊(俳優)、中沢新一明治大学 野生の科学研究所所長)、小松裕(熊本大学教授)、郄橋美鈴アナウンサー
今から100年前、森と水を守ろうと奔走した二人の男がいた。「生命(いのち)の思想家」田中正造と「知の巨人」南方熊楠である。
南方熊楠は、政府が打ち出した「神社合祀令」が地域の生態系や文化を破壊するとして反対。地元の熊野の森を危機から守ろうと闘う。南方は粘菌などの生物学の研究から民俗学、宗教学など幅広い知見を得て、南方曼荼羅とも呼ばれる知の体系を編み出し、100年前に独自のエコロジーの思想を究めた知の巨人だった。
http://www.nhk.or.jp/nihonjin/schedule/0122.html
南方熊楠 ウィキペディアWikipedia)より
南方熊楠(みなかたくまぐす、和歌山出身)は、日本の博物学者、生物学者(とくに菌類学)、民俗学者。菌類学者としては動物の特徴と植物の特徴を併せ持つ粘菌の研究で知られている。主著『十二支考』『南方随筆』など。投稿論文や書簡が主な執筆対象であったため、平凡社編集による全集が刊行された。「歩くエンサイクロペディア(百科事典)」と呼ばれ、彼の言動や性格が奇抜で人並み外れたものであるため、後世に数々の逸話を残している。
【人物】
・子供の頃から、驚異的な記憶力を持つ神童だった。また常軌を逸した読書家でもあり、蔵書家の家で100冊を超える本を見せてもらい、それを家に帰って記憶から書写するという卓抜した能力をもっていた。
・熊楠は、柳田國男にジョージ・ゴム(George Laurence Gomme)編『The handbook of folklore(民俗学便覧)』を貸している。これは、日本の民俗学の体系化に大きな影響を与えることとなった。
・熊楠の手による論文はきちんとした起承転結が無く、結論らしき部分がないまま突然終わってしまうこともあった。また、扱っている話題が飛び飛びに飛躍し、隣人の悪口などまったく関連のない話題が突然割り込んでくることもあった。さらに、猥談が挟み込まれることも多く、柳田国男はそうした熊楠の論文にたびたび苦言を呈した。しかし、思考は細部に至るまで緻密であり、一つ一つの論理に散漫なところはまったく無く、こうした熊楠の論文の傾向を中沢新一は研究と同じく文章を書くことも熊楠自身の気性を落ち着かせるために重要だったためと分析している。「熊楠の文章は、異質なレベルの間を、自在にジャンプしていくのだ。(中略)話題と話題がなめらかに接続されていくことよりも、熊楠はそれらが、カタストロフィックにジャンプしていくことのほうを、好むのだ」、「文章に猥談を突入させることによって、彼の文章はつねに、なまなましい生命が侵入しているような印象があたえられる、(中略)言葉の秩序の中に、いきなり生命のマテリアルな基底が、突入してくるのだ。このおかげで熊楠の文章は、ヘテロジニアスな構造をもつことになる」と分析し、「こういう構造をもった文章でなければ、熊楠は書いた気がしなかったのだ。手紙にせよ、論文にせよ、なにかを書くことは、熊楠の中では、自分の大脳にたえまなく発生する分裂する力に、フォルムをあたえ満足させる、という以外の意味をもっていなかったからだ」と考え、また彼の文体構造の特徴を「マンダラ的である」とも語り、「マンダラの構造を、文章表現に移し変えると、そこに熊楠の文体が生まれ出てくる」とも述べている。
・酒豪であり、友人とともに盛り場に繰り出して芸者をあげて馬鹿騒ぎをするのが何よりも好きだった。酔って喧嘩をして警察の世話になるなど、酒にまつわる失敗も少なくなかった。
・語学にはきわめて堪能で英語、フランス語、ドイツ語はもとよりサンスクリット語におよぶ19ヵ国語の言語を操ったといわれる。語学習得の極意は「対訳本に目を通す、それから酒場に出向き周囲の会話から繰り返し出てくる言葉を覚える」の2つだけであった。
1906年明治39年)末に布告された「神社合祀令」によって土着の信仰・習俗が毀損され、また神社林(いわゆる「鎮守の森」)が伐採されて固有の生態系が破壊されてしまうことを憂い、翌1907年(明治40年)より神社合祀反対運動を起こした。今日、この運動は自然保護運動、あるいはエコロジー活動の先がけとして高く評価されており、その活動は、2004年(平成16年)に世界遺産文化遺産)にも登録された熊野古道が今に残る端緒ともなっている。

                            • -

『考える人 日本の科学者100人100冊』 新潮社 2009年発行
南方熊楠 『南方熊楠 菌類図譜』 新潮社 あらゆる場所でいまもこちらを見ている巨大な目 【執筆者】いしいしんじ (一部抜粋しています)
田辺市の熊楠邸が2006年から一般に公開されている。広大な敷地の北側には母屋、西側に書斎と土蔵の書庫、他はすべて草木の植えられた庭、というか研究用の植物園で、母屋の南側の縁側に腰掛けて見渡せば、頭上にぬっとのしかかるようなクスノキをはじめ、長く熊楠とともにあった植物たちが向こうから見返してくるのを感じる。
熊楠の親戚の女性が管理している。書庫とか開けるのは初めは怖かったですよ。と可笑しそうに笑って、もうすぐそこから怖い顔で飛び出してきそうで、座敷に上げてもらい、濃密な空間を見まわしていると天井を指して、ホラ、あそこに臨終のとき紫色の花が見えたんです。といった。ということはこの足もとに床が敷かれてあった。そして、そちらで脳の研究をしたんです、と女性が指した先は板の間に照り返した淡い光だった。あらゆる場所でいまもこちらを見ている。熊楠はそのような巨大な目だ。と思った。それは冷徹な目でなく喜びや悲しみをたたえた人間のまなざしだ。キノコの標本ひとつ取ってみてもそれを貼ったときのうれしさや悔しさが貼られた様にあらわれていて胸を打つ。
裏の水場に亀がいて、熊楠の飼っていた亀というのが、亀は熊楠に見つめられるとき陽光の下の甲羅干しの心地だったろう。
縁側に座り、女性は8月の空と揺れるクスノキを見あげ、気の早い人らしいから今日はもう戻ってきてはるかもしれませんねぇ、といった。8月13日の昼下がりだ。

                            • -

『人間臨終図巻 下巻』 山田風太郎著 徳間書店
南方熊楠 (1867-1941) 74歳で死亡。
その生物学(特に菌類、粘菌類)の知識と天衣無縫の野人的人間性において、柳田国男をして「日本人の可能性の極限」と評された南方熊楠も、昭和13年70歳のころから身体のあちこち故障が生じ、16年8月中旬、南紀の大暴風雨中、はだかで、培養中の菌類のとりかたづけをしてから発熱して病床についた。
いちど回復したかに見えたが、12月にはいるとまた衰弱が甚だしくなり、厠(かわや)で倒れて後頭部を打つなどのことがあり、筆記も不自由になぅた。
それでも、18日には、8日のハワイ海戦に感激して東京の知人を介し、山本五十六大将に紀州蜜柑(みかん)を送ることを依頼している。
そして12月28日、病状が重くなったので、家人が医者を呼ぼうとすると「医者はいらん」とことわり、
「天井に美しい棟(おうち)の花が咲いている。医者が来るとその花が消えてしまうから呼ばないでくれ。縁の下に白い小鳥が死んでいるから、朝になったら葬ってやってくれ」
と、詩のような不可解なことをつぶやいた。
夜になってから、
「私はこれからぐっすり眠るから、羽織を頭からかけてくれ。ではお前たちも休んでおくれ」
と、いった。
そして29日午前6時30分、息をひきとった。
棟の花は紀州田辺あたりに見られる藤に似たうす紫の花で、熊楠は甚だこの花を好んでいた。
翌日、その遺言より、大阪医大の解剖学助教授らの手により、晴天ながら師走の風の吹く南方邸の庭で、縁台に横たえられた熊楠の遺骸の頭部だけが解剖に付された。
彼の脳は平均より100グラム多く1500グラムあった。
直接の死因は委縮腎で、黄疸を併発していた。
日本人の大半は真珠湾奇襲とマレー沖海戦に熱狂し、いかなる将軍提督よりも偉大なこの一日本人の死にほとんど注意する者のなかった。
死後、その遺稿を求めて多くの客が訪れたが、妻の松枝はみなことわって、これを書庫に収め、彼女が昭和30年77歳で死ぬときまで、毎晩お盆には迎火を焚いて書庫の戸をひらき、眼鏡をおいて「さあ、おはいりなさいませ」と、死せる夫をうながした。

                            • -

南方熊楠の言葉
「宇宙の万有は無尽なり ただし人すでに心あり 心ある以上は心の能うだけの楽しみを宇宙より取る 宇宙の幾分を化しておのれの心の楽しみとす これを智と称することかと思う」

                            • -

南方熊楠記念館 (和歌山県 白浜町
http://www.minakatakumagusu-kinenkan.jp/
南方熊楠 Google 画像検索
http://images.google.co.jp/images?sourceid=navclient&hl=ja&rlz=1T4GZAZ_jaJP276JP276&q=%E5%8D%97%E6%96%B9%E7%86%8A%E6%A5%A0++%E7%94%BB%E5%83%8F&um=1&ie=UTF-8&ei=zMHrSpOiBI2WkQXZnLiYDw&sa=X&oi=image_result_group&ct=title&resnum=1&ved=0CBIQsAQwAA