じじぃの「死ぬということ・第1章・臓器の老化・クロトー遺伝子!死の雑学」

腎臓が寿命を決める!?老化抑制遺伝子「クロトー」の発見~自治医科大学 黒尾誠教授~前編 #NEXCAREFIGHTER 第6弾

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=kqmWKxwrWhs


抗加齢医学研究部 | 自治医科大学

分子病態治療研究センター 抗加齢医学研究部
教授 黒尾誠
日本では人口の高齢化が急速に進行しており、社会の仕組みもそれに対応して進化していくことが求められています。人は加齢とともに衰え、死に至ることを避けることは出来ませんが、そのプロセスを苦痛の少ないものにすることは出来るかもしれません。私たちの研究室では、基礎および臨床医学研究を通じて、この可能性を追求しています。

私たちは20年ほど前、一つの遺伝子を発見しました。生命の糸を紡ぐギリシャ神話の女神に因んで「クロトー(Klotho)」と名付けたその遺伝子の発見は、その後の研究により、さまざまな代謝過程を制御する複数の新しい内分泌系の発見へと大きく発展しました。Klothoには相同遺伝子βKlothoが存在することが分かったので、最近はKlothoをαKlothoと呼ぶこともありますが、この2つのKlotho(αKlotho、βKlotho)が3つのホルモン(FGF19、FGF21、FGF23)の受容体として機能し、リン、カルシウム、糖、脂質、胆汁酸、ビタミンDなどの代謝を正常に維持するのに必須の内分泌系を構成していることが明らかとなりました。さらに最近、これらKlotho-FGF内分泌系の適応と破綻が、慢性腎臓病、糖尿病、癌、心肥大、動脈硬化など、加齢と共に急増する疾患で普遍的に見られる病態であるばかりでなく、老化そのものを加速したり減速したりすることも分かってきました。

私たちの研究室では、これら新知見の根底にある分子機構を解明するための基礎研究と、その成果を医療の現場に還元するための臨床研究を、国内外の共同研究者と協調しながら進めています。
https://www.jichi.ac.jp/medicine/department/genome/

中公新書 死ぬということ――医学的に、実務的に、文学的に

黒木登志夫【著】
【目次】
はじめに

第1章 人はみな、老いて死んでいく

第2章 世界最長寿国、日本
第3章 ピンピンと長生きする
第4章 半数以上の人が罹るがん
第5章 突然死が恐ろしい循環器疾患
第6章 合併症が怖い糖尿病
第7章 受け入れざるを得ない認知症
第8章 老衰死、自然な死
第9章 在宅死、孤独死安楽死
第10章 最期の日々
第11章 遺された人、残された物
第12章 理想的な死に方
終章 人はなぜ死ぬのか――寿命死と病死

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『死ぬということ――医学的に、実務的に、文学的に』

黒木登志夫/著 中央公論新社 2024年発行

「死ぬということ」は、いくら考えても分からない。自分がいなくなるということが分からないのだ。生死という大テーマを哲学や宗教の立場から解説した本は多いが、本書は医学者が記した、初めての医学的生死論である。といっても、内容は分かりやすい。事実に基づきつつ、数多くの短歌や映画を紹介しながら、ユーモアを交えてやさしく語る。加えて、介護施設や遺品整理など、実務的な情報も豊富な、必読の書である。

第1章 人はみな、老いて死んでいく より

4 老化と寿命のメカニズム

臓器の老化
2023年12月になって、全く新しい老化研究が『ネイチャー』紙に発表された。11の臓器について1つ1つの臓器の老化の程度を血液検査で測定し、「あなたの心臓は55歳レベルだが肝臓は75歳レベルのようなことがわかるというのだ。そして、老化の程度が進んでいれば、その臓器の病気で死ぬ確率が高いという。見かけだけでなく、中身の老化の程度までわかってしまうなんて「やばい」ではないか。

研究を行ったのはスタンフォード大学の研究チームである。チームは約5700人から約5000のタンパク質を分析し、他の臓器より4倍以上高いタンパクを11の臓器ごとに特定した。その数893種、普通の健康診断にリストされているタンパク質の10倍以上である。これらのタンパクについて、27歳から104歳まで1400人の「正常人」と比較した。

約20%の人はひとつの臓器で「年をとっている」ことわかった。1.7%の人はいくつも臓器が年をとっていた。老化した臓器を持った人を追跡したところ、たとえば、心臓の老化年齢に4年以上のある人は、心不全のリスク2.5倍も高い。脳の老化のある人は、将来認知障害になるリスクがある。

老化の進み方は1人ひとり異なることがわかっていた。しかし、身体の中でも、1つ1つの臓器の老化の程度が違うことがわかったのは、これが最初である。臓器の老化が、どのように寿命と関わっているのか。どの臓器の老化が寿命を決めているのであろうか。老衰の人は、いくつの臓器に老化が起こっているのであろうか。興味を尽きない。

生命の糸を紡ぐ女神、クロト―
1991年、黒尾誠(当時、国立精神・神経センター)は、遺伝子操作で高血圧マウスを作った。
その過程で、偶然、2ヵ月くらいで老化するマウスを見つけた。生後4週間くらいまでは、普通に育っていても、その後成長が止まり、背中が丸くなり、8週間くらいで死亡する。解剖したところ、動脈硬化肺気腫骨粗しょう症、性腺、筋肉、皮膚の萎縮など、老人の変化が全身に起こっていた。人間で言えば、8歳から10歳くらいの歳で、マウスは老衰で死亡した。

黒尾は、このマウスをモデルに老化の原因遺伝子を探すことにした。ゲノムが解読されていない1994年ごろにあっては、遺伝子探しは大変な力仕事であった。その遺伝子はこれまでに知られていなかった新規の遺伝子であった。ボスの鍋島陽一と相談して、ギリシャ神話の生命の糸を紡ぐ女神にちなんで、クロトー(Klotho)と名づけた。老化を誘導するのに、なぜ女神、それも生命の糸を紡ぐ女神なのか。女神がいたからこそ、正常に成熟したと考えたかからである。女神がいなくなったら老化が促進される。クロトー遺伝子は老化遺伝子ではなく、老化抑制遺伝子だったのだ。論文は1997年、『ネイチャー』誌に発表された。

論文発表の直後、黒尾にダラスのテキサス大学サウスウエスタン・メディカルセンターから、セミナーの依頼状がきた。このセンターはノーベル賞受賞者6人を輩出したアメリカ有数の研究所である。外国でセミナーをするとよくあることことだが、セミナーの前後に、スタッフと30分くらいずつ議論をする時間が設けられる。黒尾は著名な研究者と次々と話した後、突如、移籍話が持ち出された。条件は独立して研究できるだけの研究費60万ドル。当時38歳の黒尾にしては夢のような話であった。クロトーは、幸運の糸を紡ぐ女神だったのだ。

2005年、黒尾はクロトー遺伝子を過剰に発現しているマウスを作った。クロトーマウスは、平均寿命の1.3倍長生きし、そろって3歳の誕生日を迎えた。人間に換算すると120歳に相当する。クロトーは老化を抑えるホルモンであることが明らかになった。

黒尾は2013年、15年間のテキサス大学を終えて帰国、自治医科大学教授となり、今も研究を続けている。