じじぃの「カオス・地球_314_LIFESPAN・第2章・走るのをやめない高齢のマウス」

老いなき時代の到来!長寿遺伝子=「サーチュイン」の7つの働き|九州大学片倉喜範先生|

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?app=desktop&v=AHdGELNJAdc

寿命制御の組織間コミュニケーションの概念図


老化を制御し、予防する

Nature ダイジェスト
視床下部からのシグナルは骨格筋へと伝わり、他の臓器に何らかの作用をもたらす(エフェクター)と考えられるが現在解明中。
それぞれの組織でNAD+によるサーチュインの活性化という反応が重要と考えられている。なお、脂肪組織の脂肪細胞内にあるNAMPT(iNAMPT)は血中に分泌されるとeNAMPTとなり、それがNMNの合成を促進する。NMNは脳血液関門を通って視床下部でのNAD+合成を賦活化し、それがサーチュインを活性化すると考えられる。
https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v13/n1/%E8%80%81%E5%8C%96%E3%82%92%E5%88%B6%E5%BE%A1%E3%81%97%E3%80%81%E4%BA%88%E9%98%B2%E3%81%99%E3%82%8B/70752

エピジェネティクス

国立環境研究所 より
エピジェネティクス」という言葉は、個体発生に関する説の1つである「エピジェネシス(後成説)」と、ジェネティクス(遺伝学)」を起源としています。
「エピ」はギリシャ語で「後で」や「上に」という意味の接頭語であるため、「エピジェネティクス」は「遺伝子の上にさらに修飾が入ったもの」などという概念です。
ジェネティクスでは、DNAを構成するA(アデニン)、 T(チミン)、 G(グアニン)、 C(シトシン)という4種類の塩基の並び方、すなわち塩基配列を遺伝情報の基本とします。一方エピジェネティクスでは、DNAの塩基配列は変えずに、あとから加わった修飾が遺伝子機能を調節する制御機構となります。

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LIFESPAN(ライフスパン)―老いなき世界

【目次】
はじめに――いつまでも若々しくありたいという願い
■第1部 私たちは何を知っているのか(過去)
第1章 老化の唯一の原因――原初のサバイバル回路

第2章 弾き方を忘れたピアニスト

第3章 万人を蝕(むしば)む見えざる病気
■第2部 私たちは何を学びつつあるのか(現在)
第4章 あなたの長寿遺伝子を今すぐ働かせる方法
第5章 老化を治療する薬
第6章 若く健康な未来への躍進
第7章 医療におけるイノベーション
■第3部 私たちはどこへ行くのか(未来)
第8章 未来の世界はこうなる
第9章 私たちが築くべき未来
おわりに――世界を変える勇気をもとう

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『LIFESPAN(ライフスパン)―老いなき世界』

デビッド・A・シンクレア、マシュー・D・ラプラント/著、梶山あゆみ/訳 東洋経済新報社 2020年発行

第2章 弾き方を忘れたピアニスト より

何が老化時計を早めているのか

こうした発見(老化は当初、加齢に伴うDNA変異の蓄積やゲノム不安定の増大に起因する遺伝情報の喪失によって引き起こされると考えられた)は、カリフォルニア大学サンディエゴのトレイ・アイデカーとカン・ジャンや、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)のステーヴ・ホーヴァスの研究結果とも一致する。とくにホーヴァスの成果は、現在「ホーヴァスの老化時計」として知られている。これは、たんに誕生からの経過時間で決まる「歴年齢」ではなく、「生物学的な年齢」を正確に割り出すための手法だ。具体的には、「DNAのメチル化」と呼ばれるエピゲノムの特徴を数千ヵ所で調べ、それによって組織や細胞の老化の度合いを測るというものである。
老化というのは、中年になってから始まるものだと思っているかもしれない。確かに、実際に体を大きな変化が現れてくるのはその頃からだ。しかし、ホーヴァスの時計は、私たちが生まれた瞬間から時を刻み始める。それはマウスにしても同じで、ICEマウス(エピゲノムを変化させることで老化が進んだのと同じ状態にしたマウス)のエピゲノム年齢は、姉妹たちより約50%進んでいることがわかった。

生命のマスタークロックを何が早めているのか、私たちはそれを見出したのである。
別の見方をすれば、通常より約50%速いペースで生命のDVDに傷をつけたともいえる。マウスの基本設計図であるデジタル情報自体は、それまでもそのときも、今も変わってはいない。ただ、その情報を読むためのアナログマシンが、データを断片的にしか拾えなくなったのだ。

ここが重要なポイントである。私たちはマウスの老化を促すことに成功したが、一般に老化の原因とされているものにはいっさい手を出していない。遺伝子変異を起こさせたわえでもなければ、テロメアに触れたわけでもない。ミトコンドリアをいじったのでも、幹細胞をじかに取り除いたのでもない。それなのにICEマウスは痩(や)せ、ミトコンドリアの機能が衰え、筋力が低下した。さらには、白内障、関節炎、認知症を発症し、骨密度の低下をきたして、体を弱ったのである。

これらはすべて老化に伴う症状であり、人間と同様にマウスを死の淵へと追いやるものだ。それが、遺伝子変異によってではなく、DNAの損傷シグナルを引き金とするエピゲノムの変化によってもたらされた。

私たちは症状1つ1つをマウスに与えたわけではない。与えたものは、老化だ。
そして、与えたものは取り戻すことができる。

エピゲノムを安定させれば若返りも不可能ではない――走るのをやめない高齢のマウス

テキサス大学のベンジャミン・レヴィーン教授は、定期的に運動するのは私たちの「義務」だと語る。「運動のことを、個人衛生の一環として捉えてほしいと皆さんには話しています。歯を磨くのと同じです。自身を健康にするために、やって当然の習慣にしなくてはいけません」

もちろん教授は正しい。ジムに通うのが歯を磨くくらいに簡単なら、たいていの人は運動するようになるだろう。だがそうはいかない。

もっとも、いずれはそんな日が来るかもしれない。現に私の研究室での実験から、そうなってもおかしくないことが示されている。

「デビッド、大変です」。2017年のある秋の朝、私が研究室に出勤すると、マイケル・ボンカウスキーという博士研究員が血相を変えていた。

1日の始まり方としてはあまりいいものじゃない。
「わかった」。深く息を吸って、最悪の事態に備える。「何が起きた?」
「あのマウスたちです。走るのをやめないんです」
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上限を3キロにしていたのにはわけがある。そんなに長い距離を走るマウスなどいないからだ。にもかかわらず、高齢のマウスがウルトラマラソンのランナーも顔負けになった。

なぜか、手掛かりは、私たちが2018年に発表した論文のなかにある。この論文に記した重要な発見の1つは、NAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド、エネルギーを産生する補酵素の一種。体内の細胞で起こる化学反応に不可欠な物質)濃度を高める分子を高齢のマウスに与えてSIRT1酵素を活性化してやったところ、血管の内壁を覆う内皮細胞に変化が起きたことである。それが血流の不足している筋肉の領域に入り込み、新たな毛細血管が形成されたのだ。そして、切に必要とされていた酸素を運ぶのはもちろん、乳酸や有害な代謝産物を筋肉から運び去った。これにより、マウスにしろ人間にしろ、体力低下を引き起こす大きな要因を取り除いたのである。高齢のマウスが突如としてマラソンランナーに変身したのはそういうわけだったのだ。

サーチュイン(長寿遺伝子、SIR1からSIR7まで)が活性化された結果、マウスのエピゲノムはより安定した状態になった。谷の斜面が高くなり、重力も強くなって、ウォディントンの「ビー玉」はあるべき場所に押し戻された。実験のマウスには所定の物質を摂取させただけなのに、運動をさせたかのような効果が毛細血管の内壁に現われていた。疑似的な運動効果が確認されたのはこの実験が初めてである。ある方面での若返りが不可能ではないことを間違いなく物語っている。

こうした結果がどのような仕組みで生じるのか、すべてが解明できているわけではない。サーチュインを活性化する分子にしても、何が最適でどれくらいの量がいいのか、まだ結論は出ていない。そうした数々の祇園に答えるべく、体内でNADに変化する化学物質がこれまでに数百種類も合成されてきた。現在、それらを使っていくつもの臨床試験が進められといる。

とはいえ、すべての結果が出るまで待たなくても、これまでに解明されたことを活用することはできる。現時点であっても、エピゲノムのサバイバル回路を適度に働かせて、より長く、より健康な人生を送ることは十分に可能だ。「老化の情報理論」の恩恵はすぐにでも受けられるのである。

現状よりはるかに長く、はるかに健康に生きるために、今すぐできることはいくつもある。老化を遅らせ、食い止め、場合によっては部分的に若返りを図ることだって夢ではない。

どうすれば老化と闘えるのか。老化に対する見方を根本から改めさせるような科学的処置とはどういうものか。人類の未来を一変させる治療や療法とは何なのか。もちろん具体的に説明することはできる。だがその前に、1つだけ重要な問いに答えておきたい。

それは正しいことなのか?