プレートと地形が生み出す兵庫の恵み①有馬温泉の謎~火山がないのに何故温泉が出るのか?
海洋プレートへの水の浸透・放出
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鏡の日本列島5:「お国柄」を決めるもうひとつの水
2021.3.4 生環境構築史 伊藤孝【編集同人】
はじめに
名作、古典といわれる作品には、最初の一文が印象的なものが多い。『方丈記』もそのひとつで、「行く川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」★1には、自然科学を専門とする多くの研究者がしびれている。ここでは字面通り解釈するとして、なぜ川の流れは絶えず、もとの水ではないのかというと、まず水が豊富だから。日本の年平均降水量は世界平均よりも多い。そして、降水が特定の時期だけに集中しすぎず、雨量が少ない季節でもいくばくかの雨が降り、かつ保水力のある森があり、傾斜もある、ということで、目の前の水が流れてしまっても後から後から続くのだ。鴨長明が、乾季は涸れ川が目立つ土地で『方丈記』を書かざるをえなかった場合は、まったく別の書き出しで、時の移ろい、不変に見えつつも物質は刻々と入れ替わる様を表現せねばならなかったろう。
このように豊富で、温かい季節に沢山もたらされる雨水は、日本列島を緑豊かな景観に保ち、まさに列島の大きな特徴を支える背景となっている。
しかし、ここではあえて、別の水を扱ってみたい。じつはこのもうひとつの水は、あまり目立たずひっそりとした存在であり、古典の書き出しにも採用されていない。だが、この水こそが、「火の国」と称される日本列島の性格を決定づけているものだ[fig. 1]。今回は、このもうひとつの水についてみていきたい。
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『日本列島はすごい――水・森林・黄金を生んだ大地』
伊藤孝/著 中公新書 2024年発行
3章 火山の列島――お国柄を決めるもう1つの水 より
1 もう1つの水
『方丈記』に描かれなかった水
名作、古典といわれる作品には、最初の一文が印象的なものが多い。『方丈記』もそのひとつで、「行く川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」(武田友宏編『方丈記』)の一文は、自然科学を専門とする多くの研究者をも惹きつけてきた。
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しかし、本章ではあえて、別の水を扱ってみたい。実はこのもう1つの水は、あまり目立たずひっそりとした存在であり、古典の書き出しにも採用されていない。だが、この水こそが、火山列島と称される日本列島の性格を決定づけてきた。
3 温泉のお湯はどこから来るのか?
プレートの一生と水
実は本書で「もうひとつの水」と呼んできたものはプレートと関連している。
プレートは海嶺で作られ、海洋底を移動し、海溝で沈み込むまでに、様々な場面で水を取り込んでいる(図、画像参照)。
細分すると以下の3つがある。たとえば、プレートができたばかりの頃、海嶺付近の熱水変質で水が取り込まれている。熱水変質というのは聴き慣れない言葉と思うが、海嶺の直下で起こっている海水と岩石の反応だ。熱源は、マグマ溜まりである。この熱水変質の過程で海水を作っていた水(H2O)の一部が水酸基(OH)となって鉱物中に取り込まれる。
また、プレートの拡大軸にあたる海嶺軸からやや離れた海洋底では低温型の変質も起こる。ここでは、これら変質でプレートに取り込まれた水をまとめて海洋底変質起源の水と呼ぼう。
もっと単純なものもある。プレートが海洋底を移動するあいだ中、徐々に堆積物を溜めていくが、そのなかにはたっぷりと海水が含まれている。これは間隙水(かんげきすい)と呼ばれる水だが、この水はイメージがしやすいかもしれない。
そして最後、蛇紋岩(じゃもんがん)化作用による水。海嶺でプレートが作られてから何百万年~何千万年、場合によっては、1億年以上経過したのち海溝で沈み込むという段になって、プレートは曲げられる。融通が利かない固い岩石の板を無理に曲げるわけなので亀裂が入る。その割れ目から海水が深部まで浸透・反応し、マントル上部の岩石がOHを含んだ岩石(蛇紋岩)に変質されてしまう。
このように、種々のからくりでプレートに水が取り込まれる。また、プレートに取り込まれた水の存在形態も、H2Oという単位を保っているもの、分解・反応しOHというかたちで鉱物に取り込まれているものと様々である。
そして、ついに海溝からプレートが沈み込んでいくと、その深さに応じて圧力が上がっていく。また、温度も上昇していく。その過程で、様々なかたちで取り込まれていた水が、深度の浅いところで間隙水が、つづいて深いところで海洋底変質起源の水や蛇紋岩か作用による水が吐き出されていく。
このうち、一度、鉱物の一部に水酸基として取り込まれ吐き出された水、すなわち海洋底変質起源の水や蛇紋岩化作用による水はもはや天水線には乗らない。有馬の湯は、沈み込むプレートによって運び込まれ、地の底で放出された水なのだ。
まとめ
海溝での沈み込みにより地下へと運ばれたプレートから解き放たれた水は、思いのほか、重要な役割を担っていた。
地下80~100km以深で放出された水はマントルの場の環境を一変させ、その一部を溶かし、周辺より密度の小さいマグマをせっせと生産していたのだ。それはやがて上昇し、マグマ溜まりをつくる。密度が大きなものから小さなものが作られたので、嵩(かさ)が増す。見かけ上「岩石が増えた」ことになる。火山が分布する列島が成長する要因の1つである。
浅いところへと移動したマグマ溜まりは、周辺よりも高温な場を提供していることになる。それが温泉をつくる熱源になる。割れ目から染み込んだ雨水を温め、多様な温泉を生み出し続ける。これらは、古くからわれわれの身体を温め、清めてくれていた。
そしてなにより、煩悩の数を超える111個もの活火山の源となり、日本列島を火山が分布する列島として運命づけた。
現在日本にある34の国立公園のうち、活火山も温泉もないものはいくつあるだろう? 火山灰をまったく含まない畑の土はどれくらいあるだろう? 風景を描いた浮世絵から富士山を消したらどうなるだろう。
沈み込んだプレートから解き放たれた水は、日本が火山列島となる直接的な背景となっていた。川の水が涸れないことからもわかるように、空から降ってくる雨も多い。上からも下からも豊富な水が供給される「水の恵みの列島」であり、見方を変えれば「水攻めが運命づけられた列島」でもある。
孫子の兵法では、「水攻めは敵軍を分断することはできても、敵軍の戦力を奪い去ることはできない」(浅野裕一『孫氏』)という。もし、孫子の水攻めの項が軍のみならず、列島に暮らす人間の所作にも当てはまるとすれば、われわれは1つにまとまることは難しく、容易に分断される存在といえるかもしれない。ならば、これに目をつぶってしまったり、無駄にあらがったりせず、個性として生かしてはどうだろう。