じじぃの「カオス・地球_234_イスラム原論・第3章・現代イスラムの矛盾」

十字軍・テンプル騎士団の歴史を解説【読書居酒屋】

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=YAACelMQy18

地図 十字軍時代 主な十字軍の経路


アラブから見た十字軍

世界史用語解説 授業と学習のヒント より
キリスト教側が聖地回復を掲げて起こした十字軍は、アラブ側から見れば明らかな侵略であった。その後の千年に及び反西欧の怨念が残ることとなった。
キリスト教徒側から起こされた十字軍運動が、アラブ世界(必ずしもアラブ人だけではなく、トルコ人、イラン人、クルド人なども含む)にどのように受け止められ、またその攻撃と反撃の実態がどのようであったかを詳細に跡づけたアミン・マアフーフの『アラブの見た十字軍』は、序章を「千年の対立ここに始まる」と名づけ、最終章の「アラブのコンプレックス」で次のように締めくくっている。

  (引用)西ヨーロッパにとって、十字軍時代が真の経済的・文化的革命の糸口であったのに対し、オリエントにおいては、これらの聖戦(ジハード)は衰退と反開化主義の長い世紀につうじてしまう。
  以来、進歩とは相手側のものになる。近代化も他人のものだ。西洋の象徴である近代化を拒絶して、その文化的・宗教的アイデンティティを確立せよというのか。それとも反対に、自分のアイデンティティを失う危険を冒しても、近代化の道を断固として進むべきか。イランも、トルコも、またアラブ世界も、このジレンマの解決に成功していない。そのために今日でも、上からの西洋化という局面と、まったく排外的で極端な教条主義という局面とのあいだに、しばしば急激な交代が続いて見られるのである。
  <アミン・マアルーフ/牟田口義郎・新川雅子訳『アラブの見た十字軍』リブロポート p.399>
https://www.y-history.net/appendix/wh0603_1-008.html

文明の衝突

ウィキペディアWikipedia) より
文明の衝突』は、アメリカ合衆国政治学者サミュエル・P・ハンティントンが1996年に著した国際政治学の著作。

冷戦が終わった現代世界においては、文明化と文明化との衝突が対立の主要な軸であると述べた。特に文明と文明が接する断層線(フォルト・ライン)での紛争が激化しやすいと指摘した。記事の多くはイスラム圏、ロシアについてであり、他の地域に関してはおまけ程度の扱いである。

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日本人のためのイスラム原論(新装版)

【目次】
第1章 イスラムがわかれば、宗教がわかる
 第1節……アッラーは「規範」を与えたもうた
 第2節……「日本教」に規範なし
第2章 イスラムの「論理」、キリスト教の「病理」
 第1節……「一神教」の系譜
 第2節……予定説と宿命論
 第3節……「殉教」の世界史

第3章 欧米とイスラム―なぜ、かくも対立するのか

 第1節……「十字軍コンプレックス」を解剖する
 第2節……苦悩する現代イスラム

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『日本人のためのイスラム原論(新装版)』

小室直樹/著 集英社インターナショナル 2023年発行

今もなおイスラムはなぜ欧米を憎み、、欧米はイスラムを叩くのか?
この本を読めばイスラムがわかり、世界がわかる。
稀代の大学者、小室直樹が執筆した、今こそ日本人必読の書。

第3章 欧米とイスラム―なぜ、かくも対立するのか より

第2節……苦悩する現代イスラム――なぜイスラムは近代化できないのか

現代イスラムが抱える大いなる矛盾
何度も繰り返すように、イスラム教というのは宗教として見た場合、実によくできた宗教である。
「宗教、かくあるべし」のお手本と言ってもいい。
その教理には、キリスト教の三位一体(さんみいったい)説や予定説みたいな難解なものはどこにもない。また、本書では詳しく伸べなかったが、モハメッドを最終預言者としたことで、異端が出てくる危険性を最小限に抑えることにも成功している。
さらにイスラム教では、「人間はすべて平等である」という思想が徹底している。これもまた驚くべき思想である。西欧社会が平等の観念にたどりつくのは、マホメットよりも1000年近く後のことなのだ。
こうしたことを考え合わせるとき、マホメットはまさに空前絶後の大宗教家であったと思わざるをえない。

だが、イスラムが他に冠絶(かんぜつ)した宗教であったことが、まさに今日のイスラム世界の苦悩を産み出しているのである。この矛盾を如何(いかん)せん。
ひたひたと押し寄せる欧米キリスト教国の影響をはじき返し、十字軍コンプレックスを解消するためには、イスラム諸国の近代化は避けて通れない。
だが、その近代化を行なう最大の障碍(しょうがい)となるのが、他ならぬイスラム教なのである。
すでに述べたように、宿命論を掲げるイスラム教からは、行動的に禁欲(aktive Askese)は生まれっこない。イスラム教の禁欲とは断食の類(たぐい)であるから、この点で日本の禁欲と同じである。
行動的禁欲がなければ、天職(ベルーフ)とそれとが結びつき、「労働が救済である」という思想を生じることもありえない。よって、資本主義の精神などは生まれるべくもないのである。

また、イスラムでは利子・利潤の正当化もありえない。
イスラム教では、アッラーは同位者を持たず、人間とも超絶した存在である。ゆえにイスラムの教えでは「神を愛する」ことが「隣人を愛する」こととは、まったく違った範疇(はんちゅう)になってしまう。「神も愛するように、人間を愛する」なんて、滅相(めっそう)もない考え方なのである。
さらに加えれば、イスラムではヨコの契約がタテの契約と同じ重さを持つこともない。
したがって、目的合理的な企業経営もイスラム教あるかぎり、行えないというわけである。

ところで、数学、物理学をはじめとする近代諸科学も、近代資本主義と相携えて長足の進歩を遂げたことを思い出されたい。ウェーバーは「目的合理的」の極限である「形式合理的」(数学的)の例として、物理学を代表とする近代諸科学、複式簿記(double entry accounting)、近代法、完全競争市場を挙げている。
目的合理的な産業経営が生まれないところには、数学も近代諸科学も発達しないのである。かつて世界に冠たるイスラム科学を産み出したイスラム世界が、ついに近代の諸科学に到達しなかったのも、「むべなるかな」なのである。
以上のことから明らかなように、もし、近代化を徹底しようと思えば、イスラム教そのものを捨て去るしかない。

しかし、そんなことをすれば、これはキリスト教文明にイスラムが負けることに他ならない。
かつてイスラム教の教えに感化されなかった征服者はクリスチャンだけだった。あのモンゴル人でさえムスリムに変えたのがイスラムの誇りであった。その誇りを汚されたからこそ、十字軍コンプレックスあるのだ。
それなのに、ここに来てイスラムの教えを捨てて、キリスト教文明の生み出した近代文明を受け容(い)れたら。
これでは十字軍コンプレックスは解消するどころではない。イスラムがクリスチャンに完敗したことになってしまうではないか。
この矛盾、この苦悩。
20世紀初頭のトルコ革命からこのかた、イスラム世界はこの大矛盾の中で揺れつづけてきたのである。

文明の衝突」論では本質は分からない
イスラムと欧米の間に横たわる溝(みぞ)。
それはあまりに広く、深い。

イスラム世界はいまだに十字軍コンプレックスに悩み、そこからの脱出を手探りで模索しつつけている。近代化か原点回帰か、その答えはいまだ出されていない。

ところが、それに対する欧米世界はこのイスラム世界の苦悩を知らないし、知ろうともしない。ましてやイスラムへの同情など。
そのことは、例のブッシュ打倒量の「十字軍(クルセード)」失言に如実に現われている。
こともあろうに、アフガニスタン出兵に十字軍のたとえを使うとは。
まさに、これは火に油、いや、火にロケット燃料をぶちまけるようなもの。
しかも、そんな大失言をしたブッシュ大統領の父親こそ、アメリカ軍のサウジ進駐を決めた男なのである。
アメリカの外交政策の意図は、十字軍と同様、イスラム教徒の全滅にある。そう思われたって弁解のしようがない。十字軍コンプレックスをさらも煽(あお)るようなものである。
ところが当のアメリカ政府は、イスラム教徒の持つ、そうした複雑な心情をまったく理解していないのだから手に負(お)えない、
偉大なアメリカ軍の力をもってすれば、ムスリムのような野蛮な連中はイチコロだと思っているようですが、はしばしに現われている。
これでは十字軍コンプレックスを刺激するばかりの逆効果しかない。こんなことをやればやるほど、アメリカはイスラム世界を敵に回すことになるのは請け合いである。
この負の連鎖を止めるには、アメリカ大統領自らがイスラムに改宗する以外にはないと言ってもいい。
かつてモンゴルの征服者がムスリムになったように、ブッシュもムスリムにあるのである。そうすれば、イスラム教徒の十字軍コンプレックスは消え去りはしなくても、相当軽減されるであろう。
だが、もちろん「イスラム知らず」のアメリカ人には、こんな妙手(みょうしゅ)は思いつくはずもなかろう。

となれば。
筆者はあえて断言する。
たとえビンラディン氏を捕縛(ほばく)し、アルカイダやその他のイスラム過激派を壊滅(かいめつ)させようとも、イスラムアメリカ、ひいては欧米社会との対立は終息することはないだろう。
どんな爆弾を使おうとも、イスラム教徒の中にある十字軍コンプレックスまでを吹き飛ばすことはできない。ましてや、イスラム世界の抱える苦悩を解決する手助けにはなるわけもない。

イスラム社会と欧米社会の対立は、単なる「文明の衝突」ではない。

この対立は、1000年以上にわたる歴史がもたらしたものであり、その根はあまりにも深い。