じじぃの「カオス・地球_223_イスラム原論・第1章・仏教・親鸞」

【アニメで解説】仏教ってどんな宗教?歴史から宗派まで「教え」を簡単に!

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日本仏教


阿弥陀仏は無限の光だ…親鸞の『唯信鈔文意』の教えとは?【日本仏教の名僧・名著「親鸞」編(2)】

2022/8/28 サライ
最澄空海源信法然明恵親鸞道元日蓮ら、日本の名僧たちはどのような生涯を歩んだのか。
そして実際に、どのようなことを説いたのか――。彼ら名僧たちの名前は知っていても、何を考え、何を説いたのかまでは知らないことが多いのではないでしょうか。
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日本人のためのイスラム原論(新装版)

【目次】

第1章 イスラムがわかれば、宗教がわかる

 第1節……アッラーは「規範」を与えたもうた
 第2節……「日本教」に規範なし
第2章 イスラムの「論理」、キリスト教の「病理」
 第1節……「一神教」の系譜
 第2節……予定説と宿命論
 第3節……「殉教」の世界史
第3章 欧米とイスラム―なぜ、かくも対立するのか
 第1節……「十字軍コンプレックス」を解剖する
 第2節……苦悩する現代イスラム

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本覚思想(ほんがくしそう)

コトバンク より
本覚とは始覚(しがく)に対する語。始覚とは,はじめて〈さとる〉こと,教えを聞いて修行し,はじめて得られる〈さとり〉。
しかし,〈さとり〉を体験するのは,本来わが身にさとりがそなわっているからだとして,それを本覚と名づける。本覚,すなわち本来そなえている覚(さとり)に気づかないことを不覚(ふかく)といい,不覚をとりはらうことによって始覚を得られると考えられた。《金剛三昧経》《仁王般若経》に本覚の語がみえ,《大乗起信論》には始覚と本覚との関係が述べられている。

鎌倉新仏教の法然親鸞道元日蓮らやその門下にも,本覚思想への反発と同時にその摂取をみることができ,ひいては本覚思想が日本仏教思想の基層をなしているともみられる。

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『日本人のためのイスラム原論(新装版)』

小室直樹/著 集英社インターナショナル 2023年発行

今もなおイスラムはなぜ欧米を憎み、欧米はイスラムを叩くのか?
この本を読めばイスラムがわかり、世界がわかる。
稀代の大学者、小室直樹が執筆した、今こそ日本人必読の書。

第1章 イスラムがわかれば、宗教がわかる より

第2節……「日本教」に規範なし

なぜ仏教の戒律は「社会の法」にならないのか
仏教においては、苦からの脱却をしようと思えば、まず修行生活をしなければならない。この傾向はことに初期仏教において顕著である。
釈迦が草創(そうそう)したインド仏教においては、修行者は私有財産を持つことも許されないし、労働も金儲けもしてはならなかった。もちろん結婚もしてはならない。酒を飲むのもご法度(ごはっと)であるし、殺生(さっしょう)をしてもいけない。こうした行為はすべて煩悩がもたらすものであり、悟りを妨げるものであるからだ。

そこで釈迦は、悟りを開くための行動規範として「戒」を定めた。
だが私有財産もなく、仕事もしないのでは、もちろん修行者は暮らしていけない。
そこで修行者は修行集団である「サンガ」に入り、そこで在家信者からの布施(ふせ、寄付)に頼って生活しなくてはならない。サンガは修行者の共同体であるから、おのずからルールが必要になる。そこで生まれたのは「律(りつ)」である。

以上の説明からも分かるように、仏教の戒律にはイスラム法のような強制力はない。
戒を破っても、それで罰を受けるわけではない。戒は修行者の指針であるだけで、釈迦が仏罰を下したりするのではないのだ。
また、律を破っても同じである。律を守らない修行者はサンガから追放されるが、それ以上の罰は与えられない。
ただし、戒を破っても律を破っても、悟りの道は閉ざされることになるわけだから、それ以上の罰はないとも言える。
このことからも分かるように、仏教における戒律は徹底的に個人的なものである。
戒律を守る、守らないは、あくまでも個人が決めることである。
もし悟りを得たければ、出家して僧侶になり、戒律を守ればよい。
悟りを得たくなければ、守る必要はない。

したがって、イスラム教やユダヤ教とは違って、仏教の戒律は俗社会とは関係がない。

親鸞革命の驚くべき内容
この天台本覚論という思想が、具体的にいつごろ生まれてきたか、また、誰が考えたかは正確には分からない。
最澄(さいちょう)の戒律廃止から始まって、おおよそ鎌倉末から南北朝室町時代に集大成されたのではないかとも言われているが(岩波書店『日本思想体系』第9巻・解説他)、それも推測でしかない。
というのも、この天台本覚思想は天台宗の奥義であって、最初のころは口伝(くでん)とか切紙相承(きりがみそうじょう)という形で伝えられていたからである。
口伝というのは、読んで字のごとく、師から弟子に口移しに伝えることであり、切紙相承というのは、教えの要点を小さな紙に書いて渡すという方法である。現在、伝わっている本覚思想の文献は平安後期以降のものしかない。

つまり、当初の天台本覚思想は、あくまでも比叡山で修行をした僧だけが知っているものであったわけだが、その事情が決定的に変わったのは鎌倉時代のころであった。
法然(ほうねん)、親鸞(しんらん)、さらには日蓮(にちれん)といった仏教の革命者たちが、天台本覚論を庶民大衆のレベルにまで普及させたのであった。彼らは理論上は天台本覚論に反対していたが、内心では賛成であったのかもしれない。

ご承知のように、法然親鸞は、南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)」と唱名(しょうみょう)するだけで誰でも成仏できる。修行も学問も必要ないと言った。これはまさしく、天台本覚論を下敷(したじ)きにした考えに他ならない。
彼ら2人とも比叡山で長年にわたって修行をしていることに注目されたい。ことに法然は「比叡山始まって以来の秀才」と言われたぐらいの人間であった。もちろん法然は天台本覚論の奥義を完全にマスターしていたことだろう。
ちなみに、阿弥陀信仰は中国にあった考え方だが、中国では「阿弥陀仏におすがりすれば、あとは何もしなくてもいい」とまではさすがに言わない。そんなことを行ったら、仏教でなくなることを知っているからである。

ところが親鸞に至っては、ついに自分自身で妻帯(さいたい)してしまった。これまでも比叡山の僧の中には女を囲(かこ)っていた者はいたが、正式な婚姻などではない。
しかるに親鸞の場合、正式に妻を迎えるというのだから、これは途方もないことである。

しかも、親鸞がなぜ婚姻をしたのかというと「聖徳太子(しょうとくたいし)が夢の中に現われて、お許しになったからだ」と伝えられている。
これもまた途方もない話である。
戒律を制定したお釈迦さまが夢に現われて「結婚してもよい」とおっしゃったというのなら、まだ話は分かる。
ところが、聖徳太子は仏教から見れば、ただの在家信者の1人にすぎない。はっきりいえば、政治家である。たしかに、仏教に関する造詣(ぞうけい)は深かっただろうが、比丘(びく、僧)として受戒(じゅかい)をされたわけでもない人物が「許す」と言っても、その許可には何の根拠もないのである。
ところが、それが通ってしまったというのだから、すでにこの当時の日本には仏教がなかったということが分かるではないか。

日本仏教とキリスト教の意外な共通点
ところで、鎌倉時代における親鸞日蓮らの「仏教革命」だが、その教えがきわめてキリスト教に近似していることに読者はお気付きだろうか。
すでに述べたように、パウロは外面的行動に救済の可能性を否定した。
何となれば、すべての人間は原罪(げんざい)を持っている。ゆえに、自己の努力によって人間は救済を得ることは絶対に不可能である。どんなに善行をしようと思っても、かならず悪事を行なってしまうのが人間の罪深いところなのである。
そこでパウロユダヤ教に由来する律法をすべて捨て、「信仰」のみを問うた。
救済は自力で得るものではない。神から与えられるものである、というわけである。

さて、一方の鎌倉仏教は。
親鸞日蓮も、その教説の根底に「末法思想」を置いている。
すでに時代は末世に入った。
かつて人間は自助努力によって悟りを得ることもできたが、もはやそれは不可能になった。どんなに戒律を守ろうとも、人間はそれを守りきることができない。

では、いかにすべきか。

親鸞は「阿弥陀仏にすがれ」と説いた。

また、日蓮は「法華経(ほけきょう)の功徳にすがれ」と説いた。

まさにこれ、仏教はキリスト教と似てきているではないか。

キリスト教も仏教も、ともに自力救済の可能性を否定している。外面的行動によっては救われない。救済はともに”与えられるもの”なのである。

日本の仏教はまず円戒(えんがい)によって、戒律を廃止した。その後、親鸞日蓮が現われるに至って、ついに自力救済の可能性までが否定されるに至った。
ここにおいて日本の仏教は、本来の仏教と完全い訣別し、あたかもキリスト教にそっくりの宗教になったというわけである。