じじぃの「カオス・地球_215_イスラム原論・第1章・イスラムを知るものは祝福される」

日本人のためのイスラム原論(新装版)

【目次】

第1章 イスラムがわかれば、宗教がわかる

 第1節……アッラーは「規範」を与えたもうた
 第2節……「日本教」に規範なし
第2章 イスラムの「論理」、キリスト教の「病理」
 第1節……「一神教」の系譜
 第2節……予定説と宿命論
 第3節……「殉教」の世界史
第3章 欧米とイスラム―なぜ、かくも対立するのか
 第1節……「十字軍コンプレックス」を解剖する
 第2節……苦悩する現代イスラム

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『日本人のためのイスラム原論(新装版)』

小室直樹/著 集英社インターナショナル 2023年発行

今もなおイスラムはなぜ欧米を憎み、欧米はイスラムを叩くのか?
この本を読めばイスラムがわかり、世界がわかる。
稀代の大学者、小室直樹が執筆した、今こそ日本人必読の書。

第1章 イスラムがわかれば、宗教がわかる より

第1節……アッラーは「規範」を与えたもうた

現代日本の病根は「無宗教病」にあり

イスラムを知るものは祝福される。

世界の宗教を理解するからである。
世界そのものを知るからである。
世界は1つになったと言われるが、日本人には宗教が腑(ふ)に落ちていないので、外国人がどうにも分からない。世界の人々と付き合ってもらえなくなってしまう。これには困(こま)る。
世界の人々は、誰しも宗教によって行いが決まる。宗教が違えば、当然、行いも違ってくる。
しかし、「宗教が違っても人間はみな同じである」と思い込んでいるのが日本人で、「宗教が違えば、エトス(行動様式)が違う」という”世界の常識”が、どうしても理解できない。
何も考えないで、どこまでも日本流で押し通すから、世界の人々はすぐさま面食らって、「日本人とは付き合いにくい」と思う。かくて日本人は世界で孤立し、海外との交流も取引にも困難を覚えることになった。
振り返ってみれば、無宗教病こそ現代日本の宿痾(しゅくあ、慢性的な病)に他ならない。
宗教がないから、カルト教団にとっては信者から大金をむしり取るのも、信者に命じて人殺しをさせるのも自由自在。これほどたやすくカルト教団がはびこれる国は、日本と旧ソ連など一部の無宗教国家しかない。
無宗教の弊害はこれに止(とど)まらない。
宗教がなきがゆえがゆえに、日本では学校も崩壊し、子どもたちは人を殺しても平気になりきってしまった。しかも、誰もそのことに気が付いていない。
また、経済が破綻すると闇雲(やみくも)に絶望してしまい、自殺が急増するのも宗教なきがゆえである。
さらに言えば、今の大不況も無宗教の結果とも言えなくはない。
そもそも西洋を起源とする資本主義やデモクラシー、近代法はすべてキリスト教に深く根ざしている。その根底には、キリスト教論理がある。
そのキリスト教の理解が不十分だから、資本主義とは名ばかりの、官僚による統制経済がのさばり、政府が七転八倒しても経済は活性化しない。
デモクラシーは言いながら、今日の日本では司法・行政・立法の三権はすべて役人に簒奪(さんだつ、うばい取る)されてしまっている。その経済無知の役人たちは、近代法が機能していないのをいいことに、市場経済を壟断(ろうだん、わがものにする)し、日本を破局の淵(ふち)に追い込んでいる。
これ、すべて無宗教病のもたらした結果と言っても過言ではない。

すべてのカギは、イスラムにあり
現代日本無宗教はすでに膏肓(こうこう)に入り(「病、膏肓に入る」=治る見込みがない)、死に至るほどの重病となっている。
この病をどうにかして治す方法はないか。
あるにはある。
答えは。
イスラムに入信しなさい。
これである。
なに、入信は勘弁してくれ?
だったら、せめて「イスラムとは何か」を本気になって研究してみてください。
それだけでもかなりの効用が期待できるというもの。
この地球上に宗教はさまざまあれど、イスラム教ほど日本人にとってありがたい宗教はない。
何となれば、イスラム教が分かれば宗教が分かるからである。
まず第1に、イスラム教ぐらい、宗教らしい宗教はない。宗教の模範(もはん)と言っても、けっして褒(ほ)めすぎではない。
無宗教病の日本人が、宗教の本質を理解しようと思えば、イスラム教ほど好古(こうこ)の(もってこいの)材料はないのである。

そもそも、イスラム教は一神教として先行するユダヤ教キリスト教の中にある不合理性や欠点を徹底的に研究して生まれた宗教なのだから、その教理は実によく整理されていて、きわめて合理的である。

したがって、その内部論理は宗教オンチの日本人にとっても、ひじょうに理解しやすのである。
第2に、イスラムが分かれば、ユダヤ教キリスト教も分かる。
現代日本人が抱える最大の困難の1つは、キリスト教が分からないことである。
西洋文明が世界を征服したとさえ言える今日、西洋文明の基本にあるキリスト教を知らずして、世界、ことに欧米とのスムーズな交流は望むべくもない。国際政治しかり、経済しかり、文化しかりである。
そのキリスト教を知るには、同じ一神教であるイスラム教との比較が大いに役に立つ。
後でも述べるが、キリスト教というのはひじょうに特殊な宗教であって、その教えは、日本の代表的クリスチャンであった内村鑑三でさえ「奇態な教義」と表現したほどである。クリスチャンならざる多くの日本人がキリスト教の教理を理解するのは至難の業(わざ)だ。
ところが、その奇態なキリスト教の教義も、イスラムの合理的な教義と比較すると、実によく理解できるのである。
イスラムが分かれば、キリスト教も分かり、そのキリスト教精神を触媒として誕生した近代資本主義の精神も近代デモクラシーの精神も、おのずから納得できる。
現代世界を理解しようと思えば、資本主義やデモクラシーの本質を知っていなければ話にならない。その意味において、イスラム教を知ることは現代世界を知るための糸口にもなるのである。
筆者はあえて言う。
すべてのカギは、イスラムにあり。
イスラムが分かれば、世界が分かる。