サケの嗅覚
サケ属魚類の嗅覚刷込と記憶想起 のメカニズム
北海道大学のLASBOS
海と川を往来する魚のなかで、産卵のために川を遡る魚を遡河性回遊魚と呼びます。
その代表格であるサケ属魚類 (Genus Oncorhynchus: 以下、サケ類) は、河川で受精卵から生まれ育った幼稚魚が、春の降海時に河川に特有なニオイを憶え、それが長期間持続する特殊な学習である刷込 (imprinting) を行います。
その後、海洋での索餌回遊により成長して成熟が進むと秋に生まれた川(母川)に戻るという母川回帰を行います。この母川回帰の最終段階では、降海時に刷込まれた母川のニオイを想起して母川の識別を行い産卵遡上することが知られ、「嗅覚刷込説」として広く受け入れられています。
https://repun-app.fish.hokudai.ac.jp/course/view.php?id=88
『匂いが命を決める ヒト・昆虫・動植物を誘う嗅覚』
ビル・S・ハンソン/著、大沢章子/訳 亜紀書房 2023年発行
・なぜわたしたちの鼻は顔の中央、先端についているのか?
・なぜ動植物は、ここぞというとき「匂い」に頼るのか?
・「Eノーズ」は将来、匂いの正確な転写・伝達を可能にするか?
ヒト、昆虫、動物、魚、草木、花など多様な生物の「生命維持」と「種族繁栄」に大きな役割を果たしている嗅覚。
そこに秘められた謎と、解き明かされた驚異の事実とは──。
第5章 魚と嗅覚 より
大人しい帰巣の名手
どんな川であれ、適切な場所さえあれば産卵するナツメウナギとはちがって、サケはかならず「自分が生まれた」炭水の川を探し当てて卵を産む。視覚的情報と電磁気的信号、そして鋭い嗅覚を総合的に利用して故郷へ帰る道を探し当てると考えられているサケは、とてつもなく高い帰巣能力の持ち主なのだ。
サケは淡水の川で生を享(う)け、そこで数日間、もしくは数年間暮らす。孵化から銀化(海水での暮らしに適応するための生理学的変化の一過程)までの期間は種によって異なるが、サケはこの間に自身の本拠地についての化学的な地図を脳に刷り込み、産卵の時期になるとこの地図を頼りに故郷に戻るとされている。この産卵時期は、彼らがはじめて塩辛い海に下ってきあときから2年~8年くらい過ぎた頃で、これも種によって異なるが、このとき彼らは故郷から何百キロメートル、あるいは何千キロメートルも離れた場所にいる。言うまでもなく、彼らにとって生まれた川に帰ることは相当な難題なのだ。
サケはそれをどのようにやりとげるのか?
科学の世界では、サケは地球の磁場を羅針盤代わりにして生まれた川に帰るのではないか、と考えられている。たしかに地磁気が彼らを誘導しているのかもしれない。サケはまた視覚的な目印も認識できるにちがいない。ひょっとすると時間の流れも追えるのかもしれない。しかし自分が生まれたその川床を探し当てる際には、サケは嗅覚に頼っている。サケの嗅覚がどの程度鋭いのかははっきりわかっていないが──おそらく彼らは1ppm(100万分の1)の濃度でさえも、あるいは1ppt(1兆分の1)の濃度でさえも、匂い分子を検知できるだろう──彼らが、自分たちが孵化した川の匂いとまったく同じ匂い分子の集合を検知できることは間違いない。
実験から、サケは降海時に、生まれた川の匂いについての嗅覚的記憶の刷り込みを行うことがわかっている。彼らの生まれ故郷は、さまざまな水生植物や動物相、土壌が織りなす独特な場所であり、それらが組み合わさって独特な匂いを放っているはずだ。その故郷の川に産卵のために遡上して帰るとき、彼らはその川固有の匂いの情報を思い出し、ゆくべき航路を見つけるのだ。サケはたしかに生まれた川の化学的地図をもっている。
では彼らはその化学的情報をどのように検知し、解読するのか?
サケの鼻腔は、頭の両側の目の下あたりにあって、そこにはおよそ100万個の臭細胞がぎっしりと並んでいる。ナツメウナギとはちがって、サケの嗅細胞には嗅覚受容体をもつ繊毛がある。繊毛には匂い分子を検知する機能があり、水中を探って匂い分子を探す。匂い物質は1つひとつが独特な形状と組成をもっていて、それぞれ1種類の嗅覚受容体としか合致しない。鍵が鍵穴に収まるように、匂い分子が受容体に収まると化学的なインパルスが発生し、インパルスは鼻腔から脳の嗅球へと伝わり、嗅球は、サケを取り巻く環境についてのその情報を処理する。このデータを処理してまとめ上げるのは嗅球内の神経細胞で、その後、それらの信号の処理に特化した脳の適切な部位に情報を伝達する。
サケは、嗅覚を帰巣のためだけに使っているのではない。捕食者に気づいて回避するのにも嗅覚は役立っているようで、それは稚魚についても確認されている。稚魚たちは、水槽内の、希釈したカワウソの糞の匂いが広がるエリアを避けて泳いだ。しかもそれは、糞の主であるカワウソが事前にサケを食べていた場合に限られた。糞の匂いが、サケを食べていないカワウソのものであるときは、サケはそのエリアを回避しなかった。この結果から、サケにとって早期警戒報の役割を果たしているのは、食べられたサケの匂いであって、カワウソの匂いではないと推測できる。
サケにとって重要なのは、どの生物が危険かを知ることではなく、その生物が自分たち家族の一員や、どんな遠縁であっても親戚を食べているという事実なのだ!
-
-
-
-
-
-
-
- -
-
-
-
-
-
-
じじぃの日記。
ビル・S・ハンソン著『匂いが命を決める ヒト・昆虫・動植物を誘う嗅覚』という本に「大人しい帰巣の名手」というのがあった。
大人しい帰巣の名手とは、サケのことだ。
「その故郷の川に産卵のために遡上して帰るとき、彼らはその川固有の匂いの情報を思い出し、ゆくべき航路を見つけるのだ。サケはたしかに生まれた川の化学的地図をもっている」
サケの稚魚が川から海に向かう時に、頭を川の上流に向けた状態で流されていく映像を見たことがある。
この稚魚たちは、生まれた環境(匂い)を脳に記憶しながら海に向かっているのだ。
渡り鳥もそうだが、サケは地球の磁場を羅針盤代わりにして生まれた川に帰るのではないかとか。
それでも、生まれた川に戻ってこれるサケは1%ぐらいらしい。
繁殖するときには生まれた場所へ回帰する魚は、ウナギなんかもそうらしい。