5 animals that have strong sense of smell besides dog
Humans Have a Poor Sense of Smell? It’s Just a Myth (The New York Times)
『匂いが命を決める ヒト・昆虫・動植物を誘う嗅覚』
ビル・S・ハンソン/著、大沢章子/訳 亜紀書房 2023年発行
・なぜわたしたちの鼻は顔の中央、先端についているのか?
・なぜ動植物は、ここぞというとき「匂い」に頼るのか?
・「Eノーズ」は将来、匂いの正確な転写・伝達を可能にするか?
ヒト、昆虫、動物、魚、草木、花など多様な生物の「生命維持」と「種族繁栄」に大きな役割を果たしている嗅覚。
そこに秘められた謎と、解き明かされた驚異の事実とは──。
はじめに
季節は春で、畑は耕されたばかり。あたりは独特の心地よい香りが漂っている。
もしもあなたが過去にそんなひとときを経験したことがあれば、その香りを嗅いだだけで、まさにその風景が頭に浮かんでくるだろう。春先の、鋤(す)き起こされた農地が。おそらくあなたは、自分でも気づいていない無意識の記憶によって過去に引き戻されているのだ。
感覚的な体験のなかでも、嗅覚的体験(匂い)ほど過去の経験を呼び覚ます力をものものはない。まるで、適切な匂いによって再び呼び起こされるのを、記憶が待ち構えているかのようだ。
記憶を呼び覚ます匂いの効果を描いた文学作品として、もっともよく知られているのは、マルセル・プルーストの7巻から成る名作『失われた時を求めて』の第1巻である。物語は、マドレーヌや小さいスポンジケーキの甘い香りが著者の幼年期や大人になってからの記憶を蘇(よみがえ)らせるエピソードからはじまる。しかし、嗅覚は人だけがもつ感覚ではない。
すべての生物は、背骨の有無にもかかわさず、昆虫から人にいたるまで、周囲の状況を理解したり、たがいにコミュニケーションを取ったりするために嗅覚を利用している。生物のさまざまな種は、進化の過程で多かれ少なかれ何らかの情報に頼るようになった。コオロギやコウモリは超音波を大いに利用しているし、トンボや人は視覚に頼ることが多く、豚や犬は嗅覚の鋭さで知られている。
人は非常に視覚的な存在なので、ほかの感覚を忘れがちだ。なかでも嗅覚はとくに忘れられやすい。これは1うには、人が今、化学的な情報にそれほど頼らない生活をしているからでもある。また、匂いにはどこか原始的で敬遠したくなる感じがある。人が、自分が放つごく自然な匂いを隠したがり、躍起になって人工的な匂いでごまかしたり、デオドラント剤で匂いを消そうとしたりすることを考えればわかる。
人はほかの種ほどは嗅覚情報に頼っていない、とあなたは思うかもしれないが、じつはそうではない。
人の生活の重要な場面の多くが、嗅覚に大きく頼っている。なぜ、どのように頼っているかを、人の嗅覚の章で詳しく考えていきたいと思う。
人以外の動物にとっては、嗅覚の鋭さは生存と繁殖のために非常に重要な意味をもっている。今を去る1800年代に、フランスの昆虫学者ジャン・アンリ・ファーブルは、自宅のカゴに入れていたメスの蛾(が)に多数のオスの蛾が引き寄せられているのに気づき、そこに匂いが関わっているのではないかと考えた。
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