じじぃの「カオス・地球_200_インドの正体・第2章・大陸国家としてのインド」

地政学】インドの地政学的特徴「地域大国から世界の大国へ」【地域別地政学的と歴史】

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中公新書ラクレ インドの正体―「未来の大国」の虚と実

【目次】
まえがき――ほんとうに重要な国なのか?
序章 「ふらつく」インド――ロシアのウクライナ侵攻をめぐって
第1章 自由民主主義の国なのか?――「価値の共有」を問い直す

第2章 中国は脅威なのか?――「利益の共有」を問い直す

第3章 インドと距離を置く選択肢はあるか?――インドの実力を検証する
第4章 インドをどこまで取り込めるか?――考えられる3つのシナリオ
終章 「厄介な国」とどう付き合うか?
あとがき

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『インドの正体 「未来の大国」の虚と実』

伊藤融/著 中公新書ラクレ 2023年発行
「人口世界一」「IT大国」として注目され、西側と価値観を共有する「最大の民主主義国」とも礼賛されるインド。実は、事情通ほど「これほど食えない国はない」と不信感が高い。ロシアと西側との間でふらつき、カーストなど人権を侵害し、自由を弾圧する国を本当に信用していいのか? あまり報じられない陰の部分にメスを入れつつ、キレイ事抜きの実像を検証する。この「厄介な国」とどう付き合うべきか、専門家が前提から問い直す労作。

第2章 中国は脅威なのか?――「利益の共有」を問い直す より

中国に飲み込まれることへの警戒感
2019年11月に、モディ首相が地域的な包括的経済連携協定(RCEP)に、交渉の最終段階で不参加を表明したのも、中国にインド経済が飲み込まれることへの国内の強い警戒感が背景にあった。

その後、2020年からの国境衝突・対峙と新型コロナの感染拡大は、経済の脱中国化への転換の必要性をモディ政権に決意させることとなった。経済を中国に依存したままでは、中国と長期にわたって対峙する、ましてや戦うことなど不可能だ。それになによりも、国内世論が脱中国化を強く求めている。そこでモディ政権は、中国系アプリの使用を禁止したほか、中国からの投資の締め出しを強めた。

ところが、脱中国化はそう簡単な話ではなかった。2021年4月、インドを新型コロナの感染「第2波」が襲ったとき、医療崩壊に陥ったインドは、香港経由で中国製の人工呼吸器や酸素濃縮器に依存せざるをえなかった。電化製品のインド国内での製造にも、中国の半導体集積回路リチウム電池等が欠かせないという実態が露呈する。結局、皮肉なことに、同年の対中貿易(輸入)額は、過去最高を記録した。厳しい現実のなか、モディ政権は「自立したインド」というスローガンを掲げ、クアッドとも連携しつつ、中国に依存しないサプライチェーンの再構築に乗り出した。

このように、インドの中国に対する警戒感は、長期にわたるものであるのにくわえて、その度合いについても、日本やアメリカ以上の強さだ。さらに、それはあらゆる面でいっそう強まる傾向にある。そうであれば、インドほど、われわれにとって「都合の良い」パートナーはないだろう。

大陸国家としてのインド
しかしながら、インドと日本やアメリカなどのあいだで、対中認識が完全に一致しているというわけではない。安全保障上は、「脅威」という漠然としたイメージで一致するのは間違いない。けれども、その脅威を具体的に感じる現場は同じではない。日本やアメリカが警戒するのは、なんといっても中国の海洋進出だろう。尖閣諸島を中心に東シナ海台湾海峡南シナ海、さらにはインド洋のシーレーンなどで、武力による威嚇、一方的な現状変更の試み、航行・通商の自由の妨害が頻発している。日米豪は「自由で開かれたインド太平洋」を掲げて、インドにクアッドへの参画を求めたのは、そうした環境変化に対する危機感からだった。
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インドの東隣、ミャンマーでも、2021年2月のクーデターで軍事政権が復活してから、アメリカは非難と制裁を強めるが、それは、インドの隣国への中国の影響力拡大を許すことになりかねない。インドでは、クアッドは、インドの大陸国家としての利益の確保や懸念の解消に役立たないし、クアッドのメンバーは、インドの立場に配慮すらしていないではないか、といった不満が募った。

そうしたなかで起きたのが、2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻だった。ロシアの行為はけっして容認できるものではない。それはインドも同じだ。けれども、中国との軍事対峙解消の見通しもたたない厳しい状況下で、もうこれ以上、重要な戦略的パートナーを失うわけにはいかない。南アジア安全保障を研究する伊豆山真理は、ロシアのウクライナ侵攻により、中国とロシアの関係が緊密化すれば、パキスタンアフガニスタンミャンマーなどにおいて、インドに負の影響をもたらす、という懸念が、ロシアへの配慮の背景にあると指摘する。また、インドの国際政治学者、ハッピモン・ジェイコオブも、インドの直面する「中国問題」に対処するのは、インドはアメリカを中心とした西側だけでなく、ロシアがどうしても必要だと考えていると論じる。

ユーラシア大陸地政学的状況がインドに不利なものになりつつあるなかで、最後の友好国、ロシアを手放すことなどできるはずはない。いくら「海洋」に味方をたくさん作っても、「大陸」では孤立してしまうからだ。ロシア製兵器の確保という観点ももちろんあるが、インドの「中立」姿勢は、大きく展開する地政学的変化に対して、インドが大陸国家としてとった行動とみることができる。

先進国VS.途上国の溝
経済面では、「チャイナリスク」が共有されるなかで、すでに述べたように、新たなサプライチェーン構築や「一帯一路」とは別のインフラ支援の提供といったことでは、日本やアメリカとインドとの利害関係は一致している。しかし、両者には超えられない深い溝があることも事実だ。とくにわれわれが見落としがちなのは、先進国と途上国(新興国)という溝である。それはグローバルな経済秩序・ルールのありかたをめぐって、しばしば鮮明になる。
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金融制度に関しても、インドは先進国主導の枠組みに不満を抱いている。国際通貨基金IMF)や世界銀行では、インドは新興国の発言強化に向けた改革をつねに要求する「うるさい」国だ。同時に、BRICSによる新開発銀行の設立や、中国がよびかけたアジアインフラ投資銀行(AIIB)にも参加するなど、新興国による新たな枠組み作りにも熱心な姿勢を示している。

気候変動問題への対応についても同様だ。国連気候変動枠組条約締結約国会議(COP)では、インドの動向が注目され、議論の行方を左右することが多い。その主張は端的にいえば、「気候変動の主たる責任は先進国が負うべきであり、われわれ途上国には、開発の権利がある」というものだ。最近、環境活動家が使う「気候正義」の概念さえ取り込んで、先進国側の責任を糾弾する。インドのウェブサイト、「気候公正モニタ―(Climate Equity Monitor)は先進国のこれまでの温室効果ガス排出量が、インドのような発展途上国に比べて圧倒的に多いことを視覚的に示そうとしている。インドの排出量が中国やアメリカに次ぐ世界第3位にあるのは事実だが、1人当たりの排出量でいえば、先進国よりも、また世界平均と比べてもはるかに小さい、というのも、よく耳にする主張だ。

インドが中国を必要とする理由
他方で、こうしたインドの立場と合致するのが、新興国の雄、中国だ。インドと中国は、大きな人口を抱え、これからも経済成長をつづけるという点で共通点がある。そして両国とも、既存のグローバルな経済ゲームの新参者であり、現行のルールのままでは成長が妨げられる。そこで、これを自分たちに有利なものに書き換えたいと考えるのだ。安全保障、政治・外交から、最近では2国間経済関係に至るまで、対立点の際立つ両国だが、ここではインドにとって中国は頼りになる、欠かせないパートナーとなる。

インドはAIIBから全体の約4分の1にあたる最大の融資を受けている。このほか、IMF改革やCOP26での文言修正など、印中の連携が功を奏した事例は事欠かない。インド外交研究者の堀本武功が指摘するように、インドにとって中国は、警戒と協調の「アンビバレント(相反する意見を持つさま)」な位置づけにある国なのだ。

中国はたしかに脅威ではある。それはインドにとっても事実だし、日本やアメリカ以上にその脅威を強く感じているとさえいえる。けれども、脅威だからこそ関与をつづけなければならない。またその中国に並ぶような大国に成長するためにも、同じ途上国、新興国として、インドは中国という存在を必要としてもいるのだ。こうした協力関係が、先進国としての日本やアメリカとのあいだには成立しないのは、いうまでもない。