じじぃの「カオス・地球_205_インドの正体・終章・日本に期待していること」

【時速430キロのインド新幹線】ついにE5系が海外へ...日本よりも速いインドの高速鉄道が凄い!!

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=xsM8Ds6oyME

建設が進むインド・ムンバイ―アーメダバード間高速鉄道の高架


新幹線方式「インド高速鉄道」はどこまで進んだ?

新たな目標決まり土地買収や土木工事が進捗
2023/08/07 東洋経済オンライン

故・安倍晋三元首相とインドのモディ首相がそろって出席し、ムンバイとアーメダバードを結ぶ高速鉄道の起工式が華々しく開催されたのは2017年9月14日だった。それから6年が経とうとしている。

ムンバイ―アーメダバード間の高速鉄道は日本の新幹線方式で建設され、2023年中に全線開業することになっている。だが、2023年も半分が過ぎたというのに、開業に関する声はまったく聞こえてこない。現在の工事の状況はどうなっているのか。関係者に話を聞いてみた。
https://toyokeizai.net/articles/-/691992

中公新書ラクレ インドの正体―「未来の大国」の虚と実

【目次】
まえがき――ほんとうに重要な国なのか?
序章 「ふらつく」インド――ロシアのウクライナ侵攻をめぐって
第1章 自由民主主義の国なのか?――「価値の共有」を問い直す
第2章 中国は脅威なのか?――「利益の共有」を問い直す
第3章 インドと距離を置く選択肢はあるか?――インドの実力を検証する
第4章 インドをどこまで取り込めるか?――考えられる3つのシナリオ

終章 「厄介な国」とどう付き合うか?

あとがき

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『インドの正体 「未来の大国」の虚と実』

伊藤融/著 中公新書ラクレ 2023年発行
「人口世界一」「IT大国」として注目され、西側と価値観を共有する「最大の民主主義国」とも礼賛されるインド。実は、事情通ほど「これほど食えない国はない」と不信感が高い。ロシアと西側との間でふらつき、カーストなど人権を侵害し、自由を弾圧する国を本当に信用していいのか? あまり報じられない陰の部分にメスを入れつつ、キレイ事抜きの実像を検証する。この「厄介な国」とどう付き合うべきか、専門家が前提から問い直す労作。

終章 「厄介な国」とどう付き合うか? より

インドが日本に期待していること
対米同盟を基軸とした先進国である日本と、戦略的自律性を維持するとともに、みずからを途上国、「グローバル・サウス」に位置づけるインドとのあいだで、そもそも利害がすべて一致するなどということはありえないし、多くの部分で一致するとすらいえないかもしれない。それでも、インドの現在、そして今後の影響力の大きさを考えれば、一致する部分を探して一緒に行動し、ウインウインの関係を創りだすことが求められるだろう。先に挙げた安倍ーモディ時代の成果は、その可能性を示唆している。

そうなると、まず着手しなければならないのは、相手側がなにを望んでいるのかを正確に把握することだろう。この点で間違いなくいえるのは、安全保障面でアメリカが日本に対して果たしているような役割は、日本に対しても、アメリカに対しても、インドが期待しているわけではない、ということだ。

それは、戦略的自律性を重んじて同盟を忌避するがゆえの話だけではない。そもそも、アメリカや日本が、インドのために、中国やパキスタンの陸上での戦いに命を懸けてくれるなどとは考えていないからだ。もちろん、ウクライナアメリカが行ったような兵器給与や情報提供は、インドも期待しているし、実際に2020年以降の中国との軍事対峙のなかでも行われた。しかし、それ以上の協力は、ウクライナの事例をみても考えにくい。アメリカは1人の兵士も戦場に送っていなければ、ロシア本土の攻撃を可能とするような兵器の提供にも、慎重な姿勢を示しつづけた。バイデン大統領が吐露するように、ロシアとの直接の衝突は第3次世界大戦の勃発につながりかねないからだ。こうしたことを踏まえると、アメリカも日本も、中国との全面戦争につながるような戦いには、巻き込まれたいと思うはずがない。インドはそうみている。

もともと、インドが安全保障面で期待していたのは、われわれが2国間での、またクアッドでの連帯を示すことで、インドの敵対者を牽制し、侵略行為を、「政治・外交的に」抑止することだった。しかしこれまでもみてきたように、自信を深める習近平体制下の中国には、その効果はあまり期待できないかもしれない。そうすると戦争になる前に、武器協力などを通じてインド自身の軍事力を高めることが必要になる。つまり、兵器の輸出や共同開発・生産を進めるということだ。けれども、この点ではロシアとも深く広い軍事協力をつづけているインドとの協力には、アメリカでさえ躊躇するところがある。日本の場合には、これにくわえて、憲法・法制度上の厳しい制約があり、きわめて難しい。

そうした事情は、インドも理解している。そのうえで、インドがクアッド、特に日本に期待しているのは、非軍事分野での協力だ。インド外交研究者の溜和敏も指摘するように、インドはクアッドの「経済政策」としての側面に力点を置くようになっている。
科学技術においても、近年の中国の伸長目覚ましいものがあるとはいえ、「質の高いインフラ」など、日本の技術力は依然として高く評価されている。それに、中国が建設したスリランカのハンバントタ港が、結局「借金のカタ」に取られてしまったことをきっかけに、中国の「債務の罠」への警戒心が国際社会に広がった。そうしたなかで、返済可能で、透明性の高いインフラ支援を求める声があがっている。インドがクアッドや日本に期待するもののひとつとして、インドのみならず、周辺国に対しても、中国に依存しないようなインフラを提供してくれることが挙げられる。

日本は傍観者でいいのか?
そのような事態(インドのイスラム教徒への迫害などで人権に対する欧米の報道にモディ首相が反発)を避けるためにはどうすればよいのか? ひとつの賢明な答えは、価値観をめぐる問題には触れない。見て見ぬふりをするというものかもしれない。それは実際、日本がとっている路線だ。その背景としては、日本では、欧米と違い、インドの人権問題に対する社会的関心がきわめて低いことがあるだろう。
日本のメディアは、中国のチベットや香港、新疆ウイグル自治区での人権侵害や、民主化運動指導者、新型コロナ規制に反対する市民への弾圧などはしきりに取り上げる。ところが、インドでも、類似のことが起きているということはほとんど報じられていない。
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もしモディ政権下のインドの実態が、ますます自由民主主義から乖離していくとすれば、いくらインドとの連携を強化したからといって、中国やロシアのような非民主主義体制への牽制にはまったくならなくなってしまうだろう。東南アジアでも、タイ、カンボジアミャンマーなどで軍事政権や一党支配の傾向がみられる。そうしたなかで、インドも、ということになると、インド太平洋地域の主流派が、自由や人権、民主主義を軽視、あるいは否定する国で占められてしまう恐れも否定できない。

そんな事態が、外交・安全保障上だけでなく、ビジネスにおいても望ましいことであるはずはない。ビジネスでは昨今、ESG(環境・社会・ガバナンス)の重要性が叫ばれるなか、いまやどの企業にとっても、人権に無関心でいることは許されなくなりつつある。最近では、日本のユニクロの綿製品が、中国の新疆ウイグル自治区での強制労働によって生産された原料で作られているのではないかとして、国際的批判を浴びた。インドの人権状況も、中国とさして変わらないということになれば、各企業はインドに生産拠点を移しても、同様のリスクを背負うことになる。

そうであれば、日本としても、インドをできるかぎり自由民主主義の理念型に引き戻す役割を果たさねばならないだろう。無関心と沈黙をつづける傍観者であってはならない。それはもちろん簡単なことではない。けれども、その点で、日本には欧米にはない強みがある。日本はアメリカのような世界を牛耳る超大国ではないし、その野心も(そして能力も)ない。それに、ヨーロッパのようにインドを支配した歴史もない。むしろ、かつてヨーロッパ列強に抗したアジアの雄とみられている。そうした日本から発せられる言葉であれば、誇り高きインドのひとびとも、真摯に受け止めてくれる可能性はある。

それでも大事なのは、インドに「説教」し、われわれの価値観を「強制」するような態度をとらないことだ。少なくとも、モディ政権下のインドも、自由や人権、民主主義の看板を下ろしたわけではない。

独立以来、「世界最大の民主主義国」として、一貫して、公正な選挙による市民の政治参加が行われてきた国であることは紛れもない事実だ。そうした看板と歴史をまず認め、称賛する。そのうえで、今後もその看板と歴史に恥じない行動をともにとっていこうと呼びかけるべきだろう。

企業としても、インドの必要とする分野に食い込み、みずからの製品や技術をインド側に欠かせないものと思わせるとともに、その強みを活かしつつ、ビジネスと人権が不可分であることを伝える必要がある。そうでなければ、価値観の相違に目を向けず、利益だけを追求してきた中国での失敗の二の舞になりかねない。

インド太平洋の未来のために、価値観をめぐる問題についても、なにもいわないのではなく、躊躇せず、対等な友人として、率直に意見交換をはじめていくことが求められている。