プーチン大統領 インドと安全保障で関係強化の姿勢 米けん制狙いも
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インドは国連人権理事会で、ロシア非難の決議案を棄権した
中ロに接近阻止へ協調必須 インドの躍進は続くか
【執筆者】伊藤融・防衛大学校教授
2023年4月19日 日本経済新聞
インドが「価値と利益を共有するパートナー」と言われるようになって久しい。中国が台頭し海洋での自己主張を強めるようになってから、冷戦期には疎遠だった日印は、2国間や日米豪印の「Quad(クアッド)」の枠組みで戦略的関係を強化してきた。
しかしロシアによるウクライナ侵攻を契機に「インドは本当にわれわれの味方なのか」という疑問の声が上がっている。インドはロシア非難を避け、西側主導の制裁にも加わろうとしない。そればかりかロシア産の原油や肥料を「爆買い」してもいる。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCD2830I0Y3A320C2000000/
中公新書ラクレ インドの正体―「未来の大国」の虚と実
【目次】
まえがき――ほんとうに重要な国なのか?
序章 「ふらつく」インド――ロシアのウクライナ侵攻をめぐって
第1章 自由民主主義の国なのか?――「価値の共有」を問い直す
第2章 中国は脅威なのか?――「利益の共有」を問い直す
第3章 インドと距離を置く選択肢はあるか?――インドの実力を検証する
第4章 インドをどこまで取り込めるか?――考えられる3つのシナリオ
終章 「厄介な国」とどう付き合うか?
あとがき
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『インドの正体 「未来の大国」の虚と実』
伊藤融/著 中公新書ラクレ 2023年発行
「人口世界一」「IT大国」として注目され、西側と価値観を共有する「最大の民主主義国」とも礼賛されるインド。実は、事情通ほど「これほど食えない国はない」と不信感が高い。ロシアと西側との間でふらつき、カーストなど人権を侵害し、自由を弾圧する国を本当に信用していいのか? あまり報じられない陰の部分にメスを入れつつ、キレイ事抜きの実像を検証する。この「厄介な国」とどう付き合うべきか、専門家が前提から問い直す労作。
序章 「ふらつく」インド――ロシアのウクライナ侵攻をめぐって より
西側の結束と世界の分断
おそらく、クアッドのなかで少しばかりふらついている(shaky)のは、インドだけだ。日本も、オーストラリアも、プーチンの侵略への対処には、きわめて強い姿勢で臨んでいる。
(米ホワイトハウス・ウェブサイトより)
2022年3月21日、バイデン米大統領はこのように、アメリカと行動を共にする日豪両国を称える一方で、インドへの不満を表明した。
ロシアによるウクライナ侵攻は、世界を結束させるのと同時に、その分断も加速化させたようだ。「アメリカ・ファースト」を掲げたトランプ前政権期に広がっていたアメリカとヨーロッパの不協和音を消え去った。アメリカは、ヨーロッパの同盟国、北大西洋条約機構(NATO)を中心として、日本、オーストラリアなども書き込み、プーチンという明確な侵略者からウクライナを救い出そうと呼びかけた。これに応えた各国は、それぞれのできる範囲で兵器を供給し、避難民支援を提供し、ロシアへの経済制裁を発表した。西側陣営の結束が復活したのである。
ところが、それは世界の結束を意味したわけではなかった。
ロシアはパートナー
インドは国連人権理事会で、ロシア非難の決議案を棄権した。
要するに、ロシアはインドにとって、それだけ大事な国だったということなのだ。インドとロシアとの関係は、冷戦期からの「時の試練を経た関係」といわれる。1971年、インドは当時のソ連と「平和友好協力条約」」を結んだ。日本を代表するインド外交研究者の堀本武功は、これは事実上の「印ソ同盟」を意味したと論じている。公式には「非同盟」を放棄したわけではなかったが、当時のインディラ・ガンディー首相の頭のなかに、敵国パキスタンとの3度目の戦争を前に、中国やアメリカの介入を阻止したいという目算があったのは間違いない。この第3次印パ戦争を含め、ソ連は国連安保理では、インドの不利益となるような決議案には、常任理事国としての拒否権まで発動し、インドの立場をつねに支持してくれた。インドにとって、ロシアという国は、日本やアメリカなどよりも、ずっと昔からの信頼できるパートナーなのだ。
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インドにとってクアッドは元来、インド太平洋地域における中国の影響力拡大に対して、自由や民主主義の価値を共有する4ヵ国が、政治・経済的な連携を強める枠組みの「はず」であった。それは2021年9月に米英豪が立ち上げて「オーカス」(AUKUS)のような軍事同盟ではなく、非軍事的に中国を牽制するものとして期待されていた。ところが、ロシアのウクライナ侵攻を受けて、日米豪はクアッドでもロシア問題を取り扱おうとしはじめた。ロシアとの関係を切り捨てたくないインドとしては、それは困る。だから、モディ首相は、クアッドの首脳テレビ会議でも、ロシア非難を共同発表に盛り込むことを拒否した。
このままでは、クアッドは分裂してしまう。結局、日米豪首脳じゃ、頑ななインドのモディ首相の姿勢に折れた。東京会合で4首脳は、ロシア問題におけるインドとの立場の違いを認め合ったうえで、その違いを「脇に置く」ことにしたのだ。そしてその代わりに、インド太平洋地域における大規模なインフラ支援・投資や債務問題での協力、さらにはバイデン大統領の掲げるインド太平洋経済枠組み(IPEF)など、対中国を意識を意識した経済連携強化にクアッドの意義を見出すことでその結果を確認した。4首脳は、このようにして互いの利益の一致するところに回帰することで関係修復に成功した。しかしロシア問題で露呈した米英豪とインドとの溝は、今後もクアッドならびに西側各国とインドの2国間関係の「限界」として残存しつづけるだろう。
モディ首相の挙動
それでも、「インド太平洋」における価値を共有するパートナーとしてインドを重視し、その取り込みを図ってきた西側の指導者、政策立案者からすると、今回のインドの姿勢は失望以外の何物でもなかった。「ソ連に近い非同盟の国」という、かつてのポジションに、インドは先祖返りしたのではないか。そんな落胆も聞かれた。
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そもそもよく考えてみれば、外交と対話の重要性を説いたモディ発言というのは、戦争開始以来、インドが国連等で表明してきた立場を繰り返したものにすぎない。つまり、ロシアを名指しして非難することや、ロシア制裁に参加することは避ける一方で、ロシアがいま行っている侵略と戦争行為は支持せず、戦争終結を求めるということだ。結局のところ、この一幕は、インドに対する西側の批判をかわそうとする、モディのパフォーマンスだったとみるべきだろう。
この姿勢は、2022年11月にインドネシア・バリで開催された主要20ヵ国・地域首脳会議(G20サミット)にも引き継がれた。サミット初日、モディ首相はウクライナでの戦争が世界の貧しい市民を苦しめているとしたうえで、ロシアへの名指しを避けながらも、停戦して外交の道に戻るよう求めた。ロシアを非難するのではなく、戦争と西側の制裁がもたらした経済苦境を問題視するインドの主張は、先進国以外の大半のG20諸国の共感を得るものでもあった。インドは明らかにみずからを、「グローバル・サウス」の側に位置づけたのだ。
難航が予想されたサミットの首脳宣言は、議長国インドネシアの尽力で、なんとか取りまとめられた。しかし、インドが大きな役割を果たしたことは、発表された文書をみると明らかだ。宣言内には、「今日の時代は戦争の時代であってはならない」という、モディがプーチンに面と向かって発した言葉が引用された。さらに、ロシア非難よりも、現下の戦争が世界経済に及ぼす影響に焦点を合わせ、平和、対話と外交の重要性が謳われたのである。