じじぃの「カオス・地球_193_ウイルスとは何か・第6章・コロナウイルス・SARS-CoV-2の感染経路」

SARS: China's Cover-Up of a Deadly Pandemic | Aftermath of the Crisis (China Documentary)

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=if9L6XzSmoE

図6-1 コロナウイルス粒子の模式図


図6-2 SARS-CoV-2の系統樹


ウイルスという存在

新型コロナウイルス感染症を追う

科学バー 文と写真 長谷川政美
●1月上旬にゲノム配列公開
のちに「COVID-19」と呼ばれるようになるコロナウイルスによる感染症は、2019年12月に中国武漢で発生した。
朝日新聞では2020年の1月10日に、「中国武漢で海鮮市場の関係者を中心に新型コロナウイルスによる肺炎患者が15人確認された」と小さく報道されたのが始まりであった。その後、この感染症は世界中に拡がり、2020年9月末現在までに、世界で確認された患者数が3360万人に達し、100万人以上の命を奪った。
https://kagakubar.com/virus/02.html

『ウイルスとは何か―生物か無生物か、進化から捉える本当の姿』

長谷川政美/著 中公新書 2023年発行

「ウイルス」という言葉を知らない人はいないだろう。ただし、その定義は曖昧である。目に見えない極小の存在で、ほかの生物の細胞内でしか増殖できないために、通常は生命体とはみなされない。だが、独自のゲノムを有し、突然変異を繰り返す中で、より環境に適した複製子を生成するメカニズムは、生物の進化と瓜二つだ。恐ろしい病原体か、あらゆる生命の源か――。進化生物学の最前線から、その正体に迫る。

第6章 進化の目で見るコロナウイルス より

1 新型コロナウイルス感染症ゲノム解析

ゲノム配列公開
2019年12月、新型のコロナウイルスによる感染症が中国武漢で発生した。
日本の新聞紙上では、は2020年の1月10日に、「中国武漢で海鮮市場の関係者を中心に新型コロナウイルスによる肺炎患者が15人確認された」と小さく報道されたのが始まりであった。その後、この感染症は世界中に拡がり、2020年9月末現在までに、世界で確認された患者数が3360万人に達し、100万人以上の命を奪った。その後も増え続け、2022年10月末には世界中で累積の感染者数はおよそ6億2700万人に達し、致死率は減少してきたものの、累積の死者数は650万人以上に達している。この感染症を機に、われわれの生活も大きく変わった。

WHOによってこの感染症は、「COVID-19(COronaVirus Disease 2019:2019年に発生したコロナウイルス感染症)」と命名され、この感染症を引き起こすウイルスの実体も分かってきた。
実際には武漢ウイルス学研究所では、この感染症が日本で報道される前(~1月7日)に、このウイルスのゲノム配列を決定しており、1月11日にはデータを公開した。前日の1月10日には、上海の復旦大学のグループが別の患者のウイルスのゲノム配列を公開していた。日本で報道されるようになったころには、このウイルスについての研究は著しく加速していたのである。このゲノム配列が、2002年に中国広東省から拡まった「SARS重症急性呼吸器症候群)」の原因となった「SARSコロナウイルスSARS-CoV)」に近縁なものであることから、国際ウイルス分類委員会のコロナウイルス部会によって、「SARSコロナウイルス2型(SARS-CoV-2)」と命名された。

突然変異しやすい理由
SARS-CoV-2は、「コロナウイルス科(COronaViridae)」のウイルスである(図6-1 画像参照)は、感染する前のコロナウイルス粒子の模式図である。

ウイルスが感染して細胞内に入ればこのような構造は消えてしまうが、感染前のこのような状態のものを「ウイルス粒子」あるいは「ビリオン(virion)」という。ゲノムであるDNAあるいはRNAコロナウイルスの場合は一本鎖RNA)がカプシドたんぱく質に囲まれているのがウイルス粒子の一般的なかたちである。これを「ヌクレオカプシド」という。コロナウイルス粒子の外側は脂質二重膜のエンベロープで囲まれ、そこにコロナウイルスの名前の由来になった王冠あるいは太陽のコロナのようにスパイクたんぱく質が突き刺さっている。普通の生物のゲノムは二本鎖DNAであるが、コロナウイルスのゲノムは一本鎖RNAである。

一本鎖RNAは二本鎖DNAにくらべると不安定で変異を起こしやすい。第3章でお話しした「インフルエンザウイルス」のゲノムも一本鎖RNAである。すでに触れたように、インフルエンザウイルスを含め、たいていのRNAウイルスがゲノムを複製する際には、エラーが生じてもそれを修復する機構がないので、突然変異率が非常に高い。そのため、一人の患者のウイルス集団のなかでさえ、違ったゲノム配列が混ざっていることが多く、そのようなウイルスの集団を「擬種(quasi-species)」と呼ぶことがある。

たくさんの宿主に感染すれば、それだけ新しい変異が生じる可能性が高まるので、以前に罹ったインフルエンザの免疫が新しいインフルエンザでは効かないといったことが起こる。そのため、インフルエンザウイルスでは毎年のように新しいワクチン開発が必要になる。

一方コロナウイルスは一本鎖RNAの中では珍しく複製の際に起こるエラーを修復する機構をもっているため、コロナウイルスの1塩基座位あたりの変異率はインフルエンザウイルスにくらべると低い。

インフルエンザウイルスは1回複製するたびにゲノムあたり2.4~3.4個の突然変異を蓄積する。コロナウイルスはこれにくらべると塩基あたりでははるかに変わりにくいが、コロナウイルスは一本鎖RNAウイルスの中では最大のおよそ30万塩基ものゲノムサイズをもっているために、ゲノム全体で蓄積していく変異数で見るとそれぞれの系統で年あたり平均18~54個の突然変異を蓄積する。したがって、この変異を使ってこのウイルスの感染経路を追うことができる。

ゲノムデータで追った感染経路
2019年12月に武漢で採取されたSARS-CoV-2の最初のゲノム配列は、2020年1月上旬には公開された。
その後、感染が世界中に拡まるにつれてデータ量も爆発的に増えていき、2022年4月には、およそ1000万件を突破した。これらのゲノムデータを用いて、このウイルスの感染経路を含めてさまざまなことが明らかになってきた。

図6-2(画像参照)は、2019年12月24日から2020年4月12日にかけて患者から採取されたウイルスのゲノムデータをもとに描かれた系統図である。

つまり、この系統樹はおよそ4ヵ月間におけるこのウイルスの進化の様子を示している。それぞれのウイルスは枝の先端の点で示されている。真ん中の点が、中国武漢で最初に採取されたものである。この共通祖先から進化したウイルスが世界中に拡がった様子が分かる。初期に採取されたウイルスは、祖先ウイルスにくらべて変異が蓄積していないので枝が中心からあまり伸びていないが、後の時期に採取されたものは時間経過の分だけ変異が蓄積しているため、枝が長く伸びている。この系統樹で、世界中に拡まったSARS-CoV-2は、すべて2019年末の武漢で採取されたウイルスに非常に近い。ひとつの祖先ウイルスに由来していることが分かった。