じじぃの「カオス・地球_189_ウイルスとは何か・第2章・ウイルスの起源・古い起源をもつウイルス」

微生物① 同仁化学研究所

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=Ts7_Ra8FfcM

図2-7 NCLDVの系統的位置づけ

図2-9 RNAポリメラーゼの系統樹


ウイルスという存在

古い起源をもつウイルス

科学バー 文と写真 長谷川政美
RNAポリメラーゼの系統樹
前回の図21-3の解析には含められていない遺伝子にRNAポリメラーゼ遺伝子(RNAP)がある。ググリールミニらはRNAPの分子系統学的な解析から、面白い仮説を提唱している(1)。
RNAPとは、DNA二本鎖の片方の鎖を読み取ってそれと相補的なRNAを合成する酵素であり、正式には「DNA依存性RNAポリメラーゼ」という。
コロナウイルスのようなRNAウイルスがRNAゲノムを転写してRNAを合成する際に用いるRNA依存性RNAポリメラーゼはこれとは違う酵素である。
真正細菌古細菌、NCLDVなどはそれぞれ一種類のRNAPしかもたないが、真核生物は、DNAを鋳型にしてたんぱく質アミノ酸配列情報を担う伝令RNA(mRNA)を転写するRNAポリメラーゼII (RNAP-II)だけでなく、リボソームRNAの転写を行なうRNAポリメラーゼI (RNAP-I)と転移RNA(tRNA)の転写を行なうRNAポリメラーゼIII (RNAP-III)など合計三種類のRNAPをもつ。
真核生物だけがなぜ複数の種類のRNAPをもつようになったかはこれまで謎であった。
それぞれのRNAPはおよそ12個のサブユニットで構成されている。その中で真核生物においてRPB1、RPB2と呼ばれているサブユニットは、真正細菌ではβ、β’、また古細菌ではB、Aと呼ばれているが、これらはすべてNCLDVにもあり、配列の相同性も明らかである。
つまりこれらはすべて共通祖先から進化したことになる。ググリールミニらがこの二つのサブユニットのアミノ酸配列を用いて系統樹を描いたところ、図22-1が得られた。
https://kagakubar.com/virus/22.html

『ウイルスとは何か―生物か無生物か、進化から捉える本当の姿』

長谷川政美/著 中公新書 2023年発行

「ウイルス」という言葉を知らない人はいないだろう。ただし、その定義は曖昧である。目に見えない極小の存在で、ほかの生物の細胞内でしか増殖できないために、通常は生命体とはみなされない。だが、独自のゲノムを有し、突然変異を繰り返す中で、より環境に適した複製子を生成するメカニズムは、生物の進化と瓜二つだ。恐ろしい病原体か、あらゆる生命の源か――。進化生物学の最前線から、その正体に迫る。

第2章 ウイルスの起源を探る より

3 生命の樹と巨大ウイルス

手がかりは共通遺伝子
ここまで述べてきたように、ウイルスには細胞もなく、リボソームを持たない。彼らはゲノムをもつが、生物の細胞に入らないと活動できない。宿主細胞のリボソームを使って自身のゲノムにコードされたたんぱく質を合成してもらい、それを使って活動する。

細胞性生物のもつ遺伝子と共通の(相同性のある)遺伝子がウイルスのゲノムで見出されることもあるが、その由来がまったく不明の遺伝子も多い。しかも、あらゆるウイルスに共通した遺伝子がないので、生命の樹の中でウイルスがどのように位置づけられか、不明なことが多い。また、はたしてあらゆるウイルスがひとつの共通祖先から進化したものかどうかは、未だに答えが見つからない問題である。

RNA依存型RNAポリメラーゼ遺伝子(RdRp)」を使うことで、RNAウイルスの生命の樹が描けることをお話ししてきた。すべてのウイルスに共通した遺伝子はないが、細胞性生物と共通の遺伝子をもつウイルスは多い。そのような遺伝子がウイルスの起源についての手がかりを与えてくれるかもしれない。

4 古い起源をもつウイルス

真核生物誕生との関わり
図2-7(画像参照)の解析にはふくまれていない遺伝子に、「RNAポリメラーゼ遺伝子(RNAP)」がある。パスツール研究所のググリールミニらはRNAPの分子傾倒的な解析から、面白い仮説を提唱している。

RNAPとは、DNA二本鎖の片方の鎖を読み取って、それと相補的なRNAを合成する酵素である。
正式には「DNA依存性RNAポリメラーゼ」という。あらゆる細胞性生物がもっている遺伝子の中で、ウイルスも共通してもっており、ウイルスの起源の問題と関連して注目されているのが、このRNAPである。RdRpとして紹介した「RNA依存型RNAポリメラーゼ」は、文字面としてはよく似ているが、RNAPとは違う酵素である。

真正細菌古細菌、NCLDVなどはそれぞれ1種類のRNAPしかもたないが、真核生物は合計3種類のRNAPをもつ。なぜ真核生物だけが複数の種類のRNAPをもつようになったのかは、これまで謎であった。

それぞれのRNAPは、およそ12個のサブユニットで構成されている。その中で真核生物において「RPB1」「RPB2」と呼ばれているサブユニットは、真正細菌では「β」「β'」、また古細菌では「B」「A」と呼ばれている。これらはすべてウイルスであるNCLDVにもあり、配列の相同性も明らかである。つまり、これらはすべて共通祖先から進化したものである。

ググリールミニらがこの2つのサブユニットのアミノ酸配列を用いて系統樹を描いたところ、図2-9(画像参照)が得られた。この系統樹が正しいとすると、なぜ真核生物が3種類のRNAPをもつようになったかについて、次のようなシナリオが描かれることになる。

まず古細菌と真核生物の共通祖先は、1種類のRNAPをもっていた。この遺伝子がNCLDVの共通祖先に水平伝搬した。水平伝搬というよりも、真核生物の祖先のゲノムから、RNAPとそのほかのいくつかの遺伝子をもとにして、新しいウイルスとしてNCLDVの祖先が誕生したのかもしれない。そうであれば、NCLDVはわれわれ真核生物の兄弟だということになる。

その後、NCLDVは現在に至るまでこのRNAP遺伝子を保持し続けるが、進化の過程で少しずつ変異が蓄積し、「アフリカ豚熱ウイルス」を含む「アスファウイルス科」と「メガウイルス科」の共通祖先から、始原真核生物と記された真核生物の共通祖先に水平伝搬した。さらにアスファウイルス科がメガウイルスと枝分かれした後で、もう一度始原真核生物への水平伝搬が起こった。真核生物が3種類のRNAPをもつのは、そのうちの2つをウイルスからもらったからだということになる。

このシナリオによると、NCLDVと始原真核生物の間の遺伝子のやり取りがあって、そのことが現在の真核生物、ひいてはわれわれヒトが進化するにあたって重要な役割を果たしたことになるのだ。