じじぃの「カオス・地球_192_ウイルスとは何か・第4章・動物からの感染症・コウモリはウイルスの貯蔵庫」

Chinese researchers have found new batch of coronavirus in bats

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=R6gU2FbdIXU

ヒダクチオヒキコウモリ


ウイルスという存在

なぜコウモリを宿主とするウイルスが多いのか

科学バー 文と写真 長谷川政美
近年、動物由来のウイルス感染症の相次ぐ出現が問題になっているが、それらのもとになった動物は「ウイルスの貯蔵庫」(reservoir of viruses)とも呼ばれる。前回、コウモリがウイルスの貯蔵庫として重要であることを論じたが、今回はこの問題をさらに考えてみよう。
●コウモリは特別な動物か
ヒトの感染症ウイルスのうちでコウモリに由来することがはじめて知られるようになったのが、1920年代に中南米のコウモリで見つかった狂犬病ウイルスであるが、その後たくさんのコウモリ由来のウイルス感染症が知られるようになったのは、この連載でこれまでに見てきた通りである。
https://kagakubar.com/virus/14.html

『ウイルスとは何か―生物か無生物か、進化から捉える本当の姿』

長谷川政美/著 中公新書 2023年発行

「ウイルス」という言葉を知らない人はいないだろう。ただし、その定義は曖昧である。目に見えない極小の存在で、ほかの生物の細胞内でしか増殖できないために、通常は生命体とはみなされない。だが、独自のゲノムを有し、突然変異を繰り返す中で、より環境に適した複製子を生成するメカニズムは、生物の進化と瓜二つだ。恐ろしい病原体か、あらゆる生命の源か――。進化生物学の最前線から、その正体に迫る。

第4章 動物からもたらされる感染症 より

1 動物から始まったウイルス感染症

身近な存在
「動物由来感染症」は、英語では「zoonosis」という。zoonosisは「動物の病気」というギリシャ語からきているが、ヒト以外の動物に寄生する病原体により生じるヒトの感染症ということである。

第6章でも詳しくお話しするが、ヒトに感染するようになったコロナウイルス7種のうちの5種は、もともとコウモリを「自然宿主」(自然界において寄生される生物)とするものである。
また風邪のウイルスとして知られているコロナウイルスのうちの残りの2種類はネズミなどげっ歯類由来のものであるから、これらのウイルスが引き起こす病気はすべて動物由来感染症だ。

5 コウモリはウイルスの貯蔵庫

特別な動物なのか
ヒトの感染症ウイルスのうちでコウモリに由来することがはじめて知られるようになったのが、1920年代に中南米のコウモリで見つかった狂犬病ウイルスである。その後たくさんのコウモリ由来のウイルス感染症が知られるようになったのは、これまでに見てきた通りである。

哺乳類5000種あまりのうちのおよそ20%が翼手目、42%がげっ歯目である。げっ歯目の種数は翼手目の2倍以上なので、目(もく)全体で知られているウイルスの数は翼手目よりもげっ歯目の方が多い。しかし、種あたりのウイルスの数では翼手目のほうが多いのだ。
しかもウイルスの中でヒトにも感染する人獣共通ウイルスに限ると、げっ歯目よりも翼手目1種当たりのウイルス種数がさらに多くなる傾向が見られる。
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超音波は高周波の声であり、コウモリはほかの哺乳類の発声と同じように喉頭から発する。その際、コウモリの口からは飛沫やエアロゾルが飛び散る。高周波音は急速に減衰するので、コウモリは大声を発し続けるのだ。
アブラコウモリ属(Pipistrellus)が出す音は、1メートル以内の距離では120デシベルにもなることがあるという。120デシベルとは、ジェット機のエンジン近くの音量であり、聴覚機能に異常をきたすといわれている。幸いにも、この音はわれわれの耳には聴こえないので、聴覚異常になる心配はない。コウモリに捕食される昆虫にもたいていこの音は聴こえないと思われるが、蛾の中にはこの音を聴きとって捕食から逃れる能力を進化させたものもいる。

このように小コウモリは飛沫をまき散らしながら飛び回るので、ウイルスも容易にほかの個体に感染し得るのである。しかもコウモリの寿命が長いことが、ウイルスの集団内での存続を助ける。さらにコウモリの飛翔能力はウイルスを遠くまで広めることにも貢献する。

このようなコウモリが抱えるウイルスがヒトに感染するようになったときに、重篤感染症になる。だからといって、コウモリの駆除に躍起になっても、さらなる混乱を引き起こされるおそれがあることは、すでにお話しした通りである。

ブラジルのチスイコウモリに対しても行われた駆除も、そうした例のひとつと言えよう。チスイコウモリは家畜の血を吸うが、そのときに狂犬病ウイルスを感染させる。このために駆除の対象になったわけだが、ブラジル政府の援助のもとで行なわれたこの対策は、成果を挙げられなかっただけでなく、害虫を捕食したり、果物を食べて種子散布したり、送粉者の役割を果たすなどのさまざまな種類のコウモリも巻き添えにすることになり、生態系のバランスを完全に崩してしまった。コウモリも統合された生態系の一員なので、それが欠けると生態系のバランスが保てなくなってしまうのだ。

COVID-19の感染拡大もあり、多くの人々にとってウイルスは恐ろしいものだという認識があるかもしれないが、そもそもウイルスの中で病原性をもつものは限られている。

ウイルスもまた統合された生態系の一員であり、その中でさまざまな役割を果たしていると考えられる。それぞれのウイルスが生態系の中で果たしている役割については、まだほとんど分かっていない状況だが、ウイルスを欠くこともまた、生態系に対して予測できない影響を与えるであろう。