ロシア非難決議を採択した国連総会の掲示板。中国やインドなどが棄権した
国連総会、ロシア軍の即時撤退など求める決議採択 ウクライナ侵攻1年
2023年2月24日 BBC news
国連総会は23日、ロシアのウクライナ侵攻開始から丸1年となるのに合わせて開催された緊急特別会合で、侵攻を非難する決議案を圧倒的多数で採択した。141ヵ国が賛成し、ロシアを含む7ヵ国が反対、中国やインドなど32ヵ国が棄権した。
https://www.bbc.com/japanese/64740123
第3の大国 インドの思考――激突する「一帯一路」と「インド太平洋」
【目次】
まえがき
序章 ウクライナ侵攻でインドが与えた衝撃
第1章 複雑な隣人 インドと中国
第2章 増殖する「一帯一路」――中国のユーラシア戦略
第3章 「自由で開かれたインド太平洋」をめぐる日米印の合従連衡
第4章 南アジアでしのぎを削るインドと中国
第5章 海洋、ワクチン開発、そして半導体――日米豪印の対抗策
第6章 ロシアをめぐる駆け引き――接近するインド、反発する米欧、静かに動く中国
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『第3の大国 インドの思考――激突する「一帯一路」と「インド太平洋」』
笠井亮平/著 文春新書 2023年発行
序章 ウクライナ侵攻でインドが与えた衝撃 より
2022年2月25日、国連安全保障理事会では緊迫した議論が行なわれていた。24日に起きたロシアのウクライナ侵攻を非難し、武力行使に即時停止を求める決議案が提出され、各理事国の国連大使が投票方針とその理由の説明を行った。提出国のアルバニアとアメリカはもちろん、多くの国がロシアの軍事行動を非難し、決議案に賛成の考えを示した。
このとき、インドは非常任理事国を務めていた。採決後、T・S・ティルムールティ国連大使が、用意したステートメントに目をやりながら、口を開いた。
「インドは今回のウクライナでの事態に深く心をかき乱されている」
「暴力と憎悪の即時停止を実現するために、あらゆる努力をなすよう求める」
「現在の国際秩序は国連憲章、国際法、各国の主権と領土保全の尊重にもとづいて構築されている。すべての加盟国は、建設的な打開先を見出すべく、こうした原則を守る必要がある」
「現在の状況がいかに激しくとも、対話こそが対立と紛争を解決するための唯一の答えだ」
今回の事態に深い憂慮を示す内容だったが、結論として最後に同大使はこう言った。
「こうした状況を踏まえ、インドは棄権することを選んだ」
採決自体について言えば、決議案が不採決に終わることは明らかだった。非難の対象であるロシアが常任理事国として拒否権を発動することは目に見えていたからだ。しかもこのときロシアは輪番制の議長国で、ワシリー・ネベンジャ国連大使は「ウクライナはミンスク合意を履行していない」。「ネオナチと民兵が民間人をいまも殺害している」、「責任はウクライナ政府にある」などと、今回の事態を招いた責任はウクライナ側にあるかのような発言を繰り返した(これに対し、ウクライナのセルギー・キスリツァ国連大使は「あなたはニューヨークのプレッツェルの穴以下の価値しかない」と皮肉を込めて反論した)。
常任理事国で、ロシアと密接な関係にある中国が棄権にまわることも織り込み済みだったはずだ。同国の張軍国連大使は、今回の事態には慎重に対応すべきであり、火に油を注ぐのではなく沈静化させる取り込みが必要だと指摘した。このほか、アラブ首長国連邦(UAE)も棄権した。
こうしたなかで、「世界最大の民主主義国」を標榜し、近年ではアメリカや日本、ヨーロッパ各国との関係を密にするインドがなぜロシアの暴挙を非難しないのか、と国際社会から疑問の声が上がった。ウクライナ侵攻に憂慮を示しながら、棄権という結論に至ったのも不可解に映った。
「なぜインドはロシア非難決議で棄権したのか」を分析する記事が多くの主要メディアに掲載されたが、それはインドの対応に世界がいかに当惑しているかを物語っていた。
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第1章で詳述するように、インドは旧ソ連時代にロシアと「事実上の同盟」とも呼ばれる強固な関係を築いてきた。ソ連崩壊後の一時期こそ関係は低調だったが、それでも防衛とエネルギーを中心とするパートナーシップが揺らぐことはなかった。21世紀に入ってからは、「特別で特権的な戦略的パートナーシップ」の下で関係のさらなる緊密化が進んでいる。
その一方で、インドは全方位外交を展開している。なかでも顕著なのは対米関係と対日関係だ。アメリカとは2005年の民生用原子力合意以降、防衛やビジネスなどの幅広い分野で関係を深化させてきた。日本はインフラ整備と経済でインドにとって欠かせないパートナーとなり、最近では防衛面でも協力が拡大している。日米印3ヵ国による枠組みも、当初の事務レベルから18年11月には首脳会議が開かれるまでになった。これにオーストラリアを加えた「クアッド」も首脳会議が定例化し、22年5月には東京で4ヵ国の首脳が一堂に会した。
日米豪、それにヨーロッパ諸国としては、インドを自陣営に呼び込み、ロシア包囲網をより強固なものにしたい。だが、インドは自国の安全保障と発展にとって死活的に重要な「軍備」と「エネルギー」をロシアに依存しているし、ロシア側からするとインドがパートナーでいてくれることで輸出先が確保できるだけでなく、グローバルなパワーバランスの面でも釣り合いをとることができるのだ。
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19世紀、英領インドを中心にアジアで帝国を拡大させていたイギリスは、帝政ロシアの南下を防ぐべく、中央アジアで激しいつばぜり合いを繰り広げた。両国の競合は、その地域的広がりを対立の激しさゆえに、「グレート・ゲーム」と呼ばれた。
上述したインドと中国をめぐる状況は、「21世紀のグレート・ゲーム」と呼ぶのに相応しいのではないだろうか。だが、かつての英露の競合よりも、事態ははるかに複雑である。中国は他国に警戒感を与えながらも、その一方で経済的利益という果実をもたらしてもいる。インドは単独ではなく、日米豪と組むことで対抗しようとしている。ただ、そのインドとて、ウクライナ紛争への対応からもわかるとおり、ケースバイケースなのだ。
そしてロシアという存在がここに加わってくることで、複雑さに拍車がかかっている。単に対立一辺倒ではなく、経済的相互依存や多国間枠組みでの連携が進行していることも忘れてはいけない。これは多数のプレーヤーがしのぎを削る「巨大な中国跳棋」にほかならない。
ユーラシアを中心とし、海洋をも含む舞台で展開されるこのゲームは、日本にとっても無縁ではない。むしろ、この帰趨が日本の命運を握っているといっても過言ではない。
そこでカギになるのが、インドとの連携だ。しかし、そのインドは一筋縄ではいかない。是々非々の外交を展開している、そのさまは、時に臨機応変に、時に融通無碍(ゆうずうむげ)に映る。この巨大国家は、いかなる論理と意図にもとづいて行動しているのか。