ボルツマン脳 - 宇宙最後の存在
ボルツマン脳
宇宙は「ボルツマン脳」が作り出した虚構か? 我々が仮想現実空間にいる可能性が高い理由
2022年10月31日 BIGLOBEニュース
宇宙の歴史はすべて嘘だったかもしれない。知的情報サイト「Big Think」(10月21日付)から、物理学の常識を覆す思考実験「ボルツマン脳」をご紹介しよう。
ボルツマン脳のアイデアは、アメリカの哲学者ヒラリー・パトナム(1926-2016)が考案した思考実験である「水槽の中の脳」とも重なる部分がある。以下が「水槽の中の脳」の概要だ。(詳しくはコチラ)
「科学者が、ある人から脳を取り出し、特殊な培養液で満たされた水槽に入れる。そして、その脳の神経細胞をコンピュータにつなぎ、電気刺激によって脳波を操作する。そうすることで、脳内で通常の人と同じような意識が生じ、現実と変わらない仮想現実が生みだされる。このように、私たちが存在すると思っている世界も、コンピュータによる『シミュレーション』かもしれない」
まとめよう。宇宙の発生・生成がランダムな確率で起こるエントロピーの増減に依存しているならば、ビッグバン→複雑な宇宙の誕生→意識の誕生といった経過を経ず、ビッグバン→意識の誕生(ボルツマン脳)という、より簡単な経過を経る方が確率的に高い。ゆえに、我々は仮想現実空間に生きるボルツマン脳である可能性が高い。
https://news.biglobe.ne.jp/trend/1101/toc_221101_0775026576.html
講談社 『時間の終わりまで』
【目次】
はじめに
第1章 永遠の魅惑――始まり、終わり、そしてその先にあるもの
第2章 時間を語る言葉――過去、未来、そして変化
第3章 宇宙の始まりとエントロピー――宇宙創造から構造形成へ
第4章 情報と生命力――構造から生命へ
第5章 粒子と意識――生命から心へ
第6章 言語と物語――心から想像力へ
第7章 脳と信念――想像力から聖なるものへ
第8章 本能と創造性――聖なるものから崇高なるものへ
第9章 生命と心の終焉――宇宙の時間スケール
第10章 時間の黄昏――量子、確率、永遠
第11章 存在の尊さ――心、物質、意味
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第10章 時間の黄昏――量子、確率、永遠 より
ボルツマン脳
あなたがこれまでの1時間、お気に入りの椅子に腰かけて、お気に入りのマグカップをときおり口に運んでお茶を飲みながら、この本を読んでいたとしよう。
そんな居心地の良い環境がどうやって出現したかと尋ねられれば、あなたはこう答えるかもしれない。マグカップはニューメキシコの陶器屋さんで買ったもので、椅子は父方の祖母から受け継いだ品で、この本を読んでいるのは、かねてから宇宙の仕組みに興味があったからだ、などと。もっと詳しく教えてほしいと乞われれば、あなたは、自分の生い立ちや、兄弟のこと、両親のことなどを話すことになるだろう。さらに詳しく、もっと時間をさかのぼってより完全な説明をしてほしいと強く求められれば、あなたは最終的に、まさにわれわれがこれまでの章で扱ってきたような話をすることになるかもしれない。
こうしたすべての基礎には、ある興味深い事実がある。あなたが知っていることのすべては、あなたの中に今このとき存在している。思考、記憶、感覚の反映だということだ。マグカップを購入したのはだいぶ前のことで、今も残っているのは、あなたの頭の中でその記憶を保持している粒子配置なのである。それと同じことは、祖母の椅子を受け継いだ記憶、自分は以前から宇宙に興味があったという記憶、宇宙論のさまざまな概念のことを本書の中で読んだという記憶など、あなたの記憶のすべてについていえる。
筋金入りの物理学者の観点からすると、そんな記憶が今あなたの中にあるのは、あなたの頭の中で、今このとき実現している特定の粒子配列のためだ。そうだとすれば、構造がなくてエントロピーの高い宇宙空間をランダムに飛び交っている粒子たちが、たまたまエントロピーの低い配置をひととき取ったとすれば、そしてその配置が、たまたまあなたの脳を構成している粒子配置と一致したとすれば、その粒子の集合体は、あなたと同じ記憶、思考、感覚を持つだろう。きわめて稀だがありえないわけではない自然発生的な粒子の集合により形成された、仮想的で捉えどころのない、何にもつながれていないそんな心のことを、今日では「ボルツマン脳」と言っている――それがボルツマンにとって名誉ある命名なのか、ボルツマン不名誉な命名なのかは、私には知る由もない。
冷え切った暗黒の宇宙空間にぽつんと存在するボルツマン脳は、消滅するまでにそれほど多くを考えはしないだろう。しかし、粒子が自然発生的に集合したとき、多少ともボルツマン脳を長く機能させるような装備も一緒に出現することもありうる。たとえば、頭と身体を納める容器や、食物や水を供給する仕組みや、条件に合う恒星と惑星などがそれだ。
さらに、粒子(と場)が自然発生的に集合して、今日の宇宙全体を作り上げたり、ビッグバンを起こすための諸条件を整えたりすることさえありえないわけではない。もしもそんなことが起これば、われわれの宇宙にそっくり同じ新しい宇宙が進展しはじめるだろう。とはいえ、エントロピーが自然発生的に減少するときには、減り方の程度が小さい出来事のほうが圧倒的に起こりやすい――比較的少数粒子が、雑に寄り集まっただけでも事足りる構造のほうができやすい。そして、今、「圧倒的に起こりやすい」と言ったのは、まさしく文字通りの意味で圧倒的に起こりやすいのだ。ほんのわずかでもエントロピーの減り方が少ないほど、その出来事は指数関数的に起こりやすい。そして、われわれにとって興味のある遠い未来の思考については、他のすべてから切り離されてポツンと存在するボルツマン脳は、ほんの一瞬頭を使い、宇宙はいかにして出現したのだろうかと考えることのできる、ランダムに発生した粒子集合体としては最低限の仕組みであり、それゆえ生じる見込みはもっとも大きいのである。
この話をB級SFの書き出し以上のものにしているのは、われわれは遠い未来に目を向けているため、こんな奇妙なプロセスが実際に起こるための条件はすでに満たされているように見えることだ。不可欠なのは、宇宙空間の加速膨脹である。
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遠い未来には、宇宙の地平面は、微弱ではあるが安定した粒子源になり、放出された粒子(もっぱら質量を持たない光子や重力子)は、地平面に囲まれた領域をあてどなくさまようだろう。
そういう粒子がさまざまな取り合わせでときたま出会って衝突し、持っていた運動エネルギーをE=mc2に従って質量に変換して、電子、クォーク、陽子、中性子、およびこれらの反粒子を生み出すだろう。粒子数は減り、質量は重くなって動きが鈍くなるから、エントロピーは減少することになるが、そんな怒りそうにないプロセスも、十分に長く待てば起こるだろう。そして、起こり続けるだろう。さらに稀に出来事として、それらの陽子、中性子、電子が、ちょうど良い組み合わせでうまい具合に結びつき、さまざまな原子を作り出すだろう。そんなプロセスが起こるまでには、途方もなく長い時間がかかる。そして、まさにその時間がかかりすぎるということが、ビッグバン直後の元素合成や、恒星内部の元素合成では、そのプロセスを考えなくてもよかった物理学的な理由なのだ。
しかし、今やわれわれには時間はいくらでもあるのだから、そんな稀なプロセスが重要になってくる。さらに時間が経つうちのは、原子たちはランダムに動きまわり、より複雑な配置を作り上げるだろう。永遠へと続く道のりのあちこちで、そんな粒子配置が寄り集まって、巨視的な構造を作り出すだろう――そんな構造の中には、駄作もあれば、ベントレー[英国製の高級車]もあるだろう。「思考する者」はいないのだから、そうしてできた構造はすべて、誰にも気づかれることなく消えていく。だが、そうして生じた巨視的構造が、たまたま脳だったということも、ときには起こるだろう。消滅して久しい思考が、つかのま復活するのだ。