じじぃの「カオス・地球_38_時間の終わりまで・熱とエントロピー」

チョー簡単【高校物理】エントロピーとは?

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=S3pkRIG6yQU

ブライアン・グリーン


『時間の終わりまで』――永遠の彼方へ続く物理学

ぱふう家のホームページ
第2章では時間の一方方向性とエントロピーについて語る。
物理法則は過去と未来を区別しておらず、時間を反転することも許される。しかし、熱力学の第2法則=エントロピー増大の法則により、時間は、おおむね一方向に進む。
https://www.pahoo.org/e-soul/gadget/2023/UntilTheEndOfTime.shtm

講談社 『時間の終わりまで』

【目次】
はじめに
第1章 永遠の魅惑――始まり、終わり、そしてその先にあるもの

第2章 時間を語る言葉――過去、未来、そして変化

第3章 宇宙の始まりとエントロピー――宇宙創造から構造形成へ
第4章 情報と生命力――構造から生命へ
第5章 粒子と意識――生命から心へ
第6章 言語と物語――心から想像力へ
第7章 脳と信念――想像力から聖なるものへ
第8章 本能と創造性――聖なるものから崇高なるものへ
第9章 生命と心の終焉――宇宙の時間スケール
第10章 時間の黄昏――量子、確率、永遠
第11章 存在の尊さ――心、物質、意味

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『時間の終わりまで 物質、生命、心と進化する宇宙』

ブライアン・グリーン/著、青木薫/訳 講談社 2023年発行

著者は理論物理学者だが、一般向けのベストセラー解説書も数多く手がけている。
本書はその中の最新の1冊だが、特異なのは理論物理学と生命の歴史、人類の文明・文化も組み入れて、宇宙の通史を語ろうとしていることだ。
中心となっているのはエントロピー・ツーステップと進化の概念である。

本書によれば宇宙全体でエントロピーが増加していれば、局所的に低エントロピー状態が生まれ得るのである。
これが、恒星系や生命誕生が熱力学第二法則と矛盾しないというエントロピック・ツーステップという考え方である。

第2章 時間を語る言葉――過去、未来、そして変化 より

1948年1月28日の晩、BBCラジオは、シューベルト弦楽四重奏曲イ短調の演奏と、イギリス民謡を紹介する番組とのあいだにさりげなく挟み込むようにして、20世紀でもっとも影響力のあった知識人のひとり、バートランド・ラッセルと、イエズス会フレデリックコプルストンの論争を放送した。論争のテーマは? 「神の存在」だ。
ラッセルは、哲学と人道主義の原理に関する革新的な著作により1950年にノーベル文学賞を受賞し、政治および社会に関する偶像破壊的な見解のためにケンブリッジ大学ニューヨーク市立大学を解雇されることになる人物である。彼は、創造者の存在を否認、とまでは言わないまでも、その存在を疑問視する多くの議論を提供した。

ラッセルの立場を形づくったひとつの思考の道筋は、本書でのわれわれの探険にも関係がある。ラッセルはこう述べた。「科学的な根拠にもとづくかぎり、宇宙はなだらかな段階を這うように進み、ここ地球上ではいくぶんみじめな結果になったが、さらにみじめな段階を這うように進み、宇宙の死とも言うべきものに向かっている」。こんな4陰鬱な展望を示したうえで、ラッセルはこう結論した。「もしもこれが、宇宙は目的を持って作られたことを示す証拠なら、そんな目的はまったく魅力がないと言わざるをえない。それゆえ私は、いかなる神であれ、信じる理由がわからないのだ」。

熱とエントロピー

本章は、衰退の一途をたどる宇宙を嘆くバートランド・ラッセルで幕を開けた。今やわれわれは、熱力学第二法則(熱現象の不可逆性)はエントロピーは増大すると宣言していることを知り、ラッセルがあのような暗澹たる予言をした理由を垣間見た。エントロピーの増大を無秩序の増大と考えれば、第二法則のエッセンスは掴める。
しかし、生命と心と物質が未来に出会う難題をしっかり理解するためには(それが以降の章で探究するテーマだ)、前節で示した熱力学第二法則の今日的説明と、19世紀半ばにこの法則が初めて作られたときの定式化との関係を見ておく必要がある。古いバージョンの熱力学第二法則は、蒸気機関を扱う仕事をしている者なら誰の目にも明らかだったことを体系的にまとめたものだ。燃料を燃やして機械を動かせば、不可逆的に熱と廃棄物が生じ、エネルギーは劣化するということだ。しかし、古いバージョンの定式化は、粒子配置の数をかぞえたり、確率論を持ち出したりはしなかったため、われわれが本章で発展させたエントロピー増大に関する統計的命題とは、まったく別のものに見えるかもしれない。しかし、新旧ふたつの定式化は、深いところで直接的に結びついているのである。そしてその結びつきのおかげで、蒸気機関は高品質のエネルギーを低品質の熱に変換するという話が、宇宙のいたるところで起こっているエネルギー劣化の好例であることが明らかになるのだ。
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「熱は、温度の高いものから低いものへと流れる」と言うとき、われわれが言わんとしているのはそのことなのだ。

それと同じことがエントロピーについてもいえる。あなたの手の温度が上がるにつれて、手の分子はより大きな速度で動きまわるようになり、分子が取りうる速度の範囲が広がる――つまり、そっくりに見える分子配置として可能なものの幅が広がる。すると、あなたの手のエントロピーは増大する。一方、鍋の取っ手の温度が下がるにつれて、取っ手を構成している分子の運動は遅くなり、分子の取りうる速度の範囲は狭まる――そっくりに見える配置として可能なものの数が減少する。したがって、鍋の取っ手のエントロピーは減少する。

なんと! エントロピーが減少する?

そう、エントロピーは減少する。しかしこの現象は、前節で説明した、袋に入った1セント硬貨をテーブルにぶちまけたらすべて表だったというような、まずめったに起こらない統計的な異常とは何の関係もない。熱い片手鍋の取っ手のエントロピーは、あなたが取っ手を握るたびに減少するのだ。この例からわかるシンプルだが非常に重要な事実は、熱力学第二法則の「エントロピーは増大する」という金言は、閉じた物理系の全エントロピーについて述べられたものだということだ。
互いに相互作用する系はすべて、ひとつの閉じた系に含まれる。あなたの手は鍋の取っ手と相互作用しているため、熱力学第二法則を、鍋の取っ手だけに当てはめることはできない。片手鍋の取っ手とあなたの手の両方を(より正確には、鍋全体と、ガスレンジと、周囲を取り巻く空気などもすべて)含めなければならないのだ。そして、注意深く計算すればわかるように、あなたの手のエントロピーの増大は、取っ手のエントロピーの減少よりも大きく、全エントロピーはたしかに増大しているのである。

あなたはひとつの蒸気機関

蒸気機関が1サイクルを完了するたびに、エントロピーをリセットすることの重要性がわかったことで、あなたはこんな疑問を抱いたかもしれない。もしもエントロピーのリセットがうまくいかなかったらどうなるのだろう? リセットできないということは、蒸気機関が排出すべき廃熱を排出できないということだ。その場合、1サイクルを終えるたびに蒸気機関の温度は上昇し、いずれはオーバーヒートして壊れるだろう。蒸気機関がそんな運命にあるのは困ったことだが、けが人さえ出なければ、そのせいで存在論的危機に追い込まれる人がいるとは思えない。しかし、蒸気機関を支配している物理学とまったく同じものが、果てしなく遠い未来にも生命と心は存在できるのかという問題にとっても重要になるのである。なぜなら、蒸気機関で成り立つことは、あなたにも成り立つからだ。

あなたは自分のことを蒸気機関だとは思っていないだろうし、おそらく物理的な機械だとさえ思っていないだろう。私にしても、自分は何者かを説明するときに、物理的だの機械だのという言葉を使うことはめったにない。しかし考えてもみてほしい。あなたの生存に関係するのは、蒸気機関の場合に劣らずサイクリックなプロセスだ。あなたの身体は日々、あなたが摂取する食べ物と呼吸すう空気を燃焼させることで、体内の組織や外部の活動にエネルギーを与えている。考えるという行為ですら――それはあなたの脳内で起こる分子の運動だ――まったく同じエネルギー転換過程から動力を得ている。そしてあなたは、蒸気機関と同じく、過剰な廃熱を環境に排出してエントロピーをリセットしなければ生き続けることができない。というわけで、あなたは実際に、蒸気機関と同じことをしているのである。そしてそれは、すべての人がつねにやっていることでもある。われわれはたえず熱を排出しているからこそ、たとえば、その熱を「見る」ためにデザインされた軍用の赤外線ゴーグルが、暗闇で敵の戦闘員を見つけるために大いに役立つのだ。

こうしてわれわれはラッセルの未来像がだいぶ理解できるようになってきた。人はみな、じりじりと溜まる廃熱、たゆまぬエントロピーの増大と闘っている。生き続けるためには、生じる廃熱とエントロピーをすべて環境に排出し、運び去ってもらわなければならない。そこから次のような疑問が生じる。環境は――以後、環境という言葉は観測可能な宇宙を意味する――、その排熱を吸収してくれる底なしの穴なのだろうか? 生命はエントロピック・ツーステップを永遠に踊り続けることができるのだろうか? あるいは、宇宙はほぼ満杯になり、われわれが生み出す廃熱を吸収できず、生命と心に終止符が打たれるのだろうか?

ラッセルが暗澹たる言葉で述べたように、「幾多の時代にわたってつぎ込まれてきた労力のすべて、献身、霊感、そして真昼の光のような人間の独創性のすべては、太陽系の広大な死とともに滅亡することを運命づけられている。人類の業績を祭った殿堂全体は、バラバラに崩壊した宇宙の塵芥の下に埋もれるしかない」のだろうか?

これらの問いは、われわれが本書の中で探っていく中心的なテーマだ。

とはいえ、少々先を急ぎすぎたようだ。生命と心について論じる前に、生命と心がこの世界に定着するために必要な環境を整備するうえで、エントロピー熱力学第二法則がどんな役割を果たしたのかを見ていくことにしよう。

その目的のために、時間を一気にさかのぼり、さあ、ビッグバンの現場に直行だ。