じじぃの「カオス・地球_43_時間の終わりまで・最初の言葉」

古代人は焚き火を囲んでおしゃべりしていた?


「物語」はたき火によって生まれたことが明らかに

2014年10月10日 GIGAZINE
人類は40万年前に「火(炎)」をコントロールできるようになったことで、食物を調理して食べるようになりました。
火の影響はこうした食生活の変化だけにとどまらず、炎の明かりのもとで行われるコミュニケーションが人類の祖先の文化形成にも影響を与えていたことが、狩猟民族研究によって明らかになりました。
https://gigazine.net/news/20141010-ancient-campfires-storytelling/

講談社 『時間の終わりまで』

【目次】
はじめに
第1章 永遠の魅惑――始まり、終わり、そしてその先にあるもの
第2章 時間を語る言葉――過去、未来、そして変化
第3章 宇宙の始まりとエントロピー――宇宙創造から構造形成へ
第4章 情報と生命力――構造から生命へ
第5章 粒子と意識――生命から心へ

第6章 言語と物語――心から想像力へ

第7章 脳と信念――想像力から聖なるものへ
第8章 本能と創造性――聖なるものから崇高なるものへ
第9章 生命と心の終焉――宇宙の時間スケール
第10章 時間の黄昏――量子、確率、永遠
第11章 存在の尊さ――心、物質、意味

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『時間の終わりまで 物質、生命、心と進化する宇宙』

ブライアン・グリーン/著、青木薫/訳 講談社 2023年発行

第6章 言語と物語――心から想像力へ より

最初の言葉

人がどれぐらい昔から言葉を発していたのかについても、確かなことはわからない。
言語については遠い過去の証拠はないに等しいが、研究者たちはその代わりに、信頼性の高い考古学上の資料を詳しく調べることで、言語が出現した時期について、いくつかの時間枠を提案してきた。柄のついた道具(柄に、尖らせた石や骨を取り付けたもの)洞窟芸術、幾何学的な彫刻、ビーズ細工のような人工物は、われわれの先祖たちが、少なくとも10万年ほど前には、計画したり、抽象的な思考をしたり、高度な社会的相互作用をしていたことを示している。そんな洗練された認知能力は、言語がなければ発揮できないと考えてみたくなる。

また、先祖たちが槍や斧を尖らせたり、暗い洞窟に潜り込んで鳥やバイソンを描いたりするときにも、翌日の狩りのことや、前の晩の焚き火についておしゃべりしていたのではないだろうか。

話す能力については、また別の考古学的洞察を組み合わせた丹念な調査から、より直接的な証拠がえられつつある。頭蓋骨の空洞の進化や、口腔と咽喉の構造の変化を追跡している科学者たちは、われわれの先祖が話をしたいと思えば、100万年より少し前には、そのための生理学的能力は獲得していただろうと言う。分子生物学からも、人間が話しはじめた時期について手がかりが得られている。
人間が話をできるためには、声と喉をかなり器用にコントロールする必要があるが、研究者たちは2001年に、そんな能力にとって必要不可欠な遺伝的基礎かもしれないものを見つけたのだ。3世代にわたって言語障害のあるイギリスのある家族を調査した研究者たちは(その障害は、文法に関するものと、正常な発語をするために必要な、口と顔と喉の複雑な働きの協調性に関するものである)、ある遺伝的な変異に着目した。ヒトの7番染色体にあるFOXP2と呼ばれる遺伝子の文字が、たったひとつだけ別のものに置き換わっていたのだ。障害を持つ家族のメンバー全員がそのミスを共有していたことから、この指示書のミスプリントは、言語と発話、どちらの障害とも強く相関していることが示唆された。その発見を伝える初期のメディアの記事では、FOXP2は、「文法遺伝子」とか「言語遺伝子」と呼ばれていた。この分野の研究者たちは、そんな大げさな命名にもいらだったが、あまりにも単純化された派手な名前の問題を別にすれば、実際、FOXP2遺伝子にミスがないことは、正常な発語と言語を操る能力にとって必要不可欠に見えるのだ。

興味深いことに、FOXP2遺伝子にきわめて近い遺伝子は、チンパンジーから鳥や魚まで、さまざまな種で見つかっており、研究者たちはこの遺伝子が、進化の歴史上、どのように変化してきたかを追跡することができる。チンパンジーの場合、FOXP2遺伝子によってコードされているタンパク質は、われわれのタンパク質とはふたつのアミノ酸が違うだけだ(700以上もあるタンパク質のうちのふたつだ)。
一方、ネアンデルタール人の場合、そのタンパク質はわれわれのものと同じだ。われわれに近いネアンデルタール人は話をしたのだろうか?

人類はなぜ話をしたのか

人類の初期の先祖たちは、なぜ沈黙を破って話しはじめたのだろう? それについては多くのアイディアが提出されている。言語学者のガイ・ドイッチャーは、最初の言葉の起源について、研究者たちがこれまで挙げた可能性のリストを示す。「叫び声や呼び声から生じたというもの。手を使ったジェスチャーや手話から生じた、真似する能力、騙す能力、毛づくろい、歌とダンスとリズム、噛んだり吸ったり舐めたりする行為から生じたという説もある。そのほかにも、太陽の下のありとあらゆる活動から、言語は出現したと言われてきた」。
なかなか面白いリストだが、これらが実際に言語の歴史的な先祖かといえば、むしろ想像力を羽ばたかせた仮説といったところだろう。それでも、これらのうちのひとつ、またはいくつかを組み合わせたものは、このテーマに関係する物語を語ってくれるかもしれない。そこで、人類の最初の言葉はどこから来たのか、そしてなぜそれらが定着したのかについて、あまたある提案のいくつかを見てみよう。

何かを体に巻きつけて抱っこ紐を工夫する以前には、お母さんが両手を使って仕事をするときには、赤ちゃんを地面に置いただろう。泣いてパブパブ言う赤ちゃんはお母さんの注意を引き、お母さんの応答もまた、音声によるものだったかもしれない――やさしげに喉を鳴らしたり、鼻歌のような音を出したり、うなるような音を響かせたりしたのではないだろうか。その音声に合わせて、赤ちゃんを安心させるような表情を見せたり、手振りで何かを伝えたり、そっと触れたりしたことだろう。赤ちゃんのパブパブ言う声と、お母さんの優しくて思いやりのある世話のおかげで、幼児が生き残る見込みが高まり結果としてそういう音声化が選択された。そしてこの提案によれば、赤ちゃんの音声と母親の音声のやりとりが、われwれの先祖たちを、言葉と言語の獲得へと続く軌道に乗せたのだろう。

言語の母親起源説がお気に召さなければ、ジェスチャー起源説はどうだろう。示したい物体のほうを顎でしゃくったり、指示したい場所に指を向けたりするジェスチャーは、基本的だが重要な情報を伝えるための直接的な手段になる。人間以外の霊長類の仲間の中には、話し言葉は持たないけれども、手と身体を使ったジェスチャーで初歩的なアイデアを巧みに伝えるものがある。チンパンジーは、制御された研究環境下では、さまざまな行動、物体、アイディアを表す手話をこれまでに数百も学習している。もしかするとわれわれの話し言葉は、ジェスチャーにもとづくコミュニケーション段階から生まれたのかもしれない。
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言語の起源についてここに取り上げたものをはじめとして、これまで提案された説のほとんどすべては、言語が外に現れたもの、つまりは音声になった言葉に力点を置いている。
チョムスキーはいかにも彼らしいやり方で、そこから180度の方向転換をやってのけた。彼は人類の歴史のもっとも初期に現れた言語は、内なる思考を促進するようなものだったろうと言う。いったん思考が言語を挺子にできるようになれば、われわれの祖先の両耳のあいだで聞こえる内なる声が、重要な課題――仕事を要領よくこなしたり、計画したり予言したり、値踏みしたり論証したり、理解したりすることをはじめとする多くの課題――を、冷静かつ自信を持って行えるようになったと言うのだ。この観点に立つなら、音声になった仕事は、初期のパーソナル・コンピュータに付属していたオーディオ・スピーカーのように、言語が生まれた後に起こった発展だったことになる。それはあたかも、話すようになる前の先祖たちは考え深い物静かなタイプで、日常の仕事について懸命に考えはしても、そうして考えたことを他人に伝えることはなかったというようなものだ。
チョムスキーの立場は論争を巻き起こしている。研究者たちは、内なる概念を話し言葉マッピングするためにデザインされたかに見える。言語に固有の特徴(とくに注目すべきは、言語の音韻音素体系と、文法構造のかなりの部分)が現に存在することを根拠に言語は誕生したときから、外的なコミュニケーションのためのものだったろうという考えを示している。

言語の起源は今も謎だが、われわれがここから先に進むためにもっとも重要にして疑問の余地がないのは、言語と思考が合わされば、非常に強力な道具になるというおkとだ。
内なる言語に始まって外なる音声化を成し遂げたのかどうかによらず、また、その音声化を促進したのが何だったか――歌だったのか、幼児の世話だったのか、ジェスチャーだったのかゴシップだったのか、はたまた集団内の交流だったか、大きな脳を持ったことだったのか、あるいはこれらとはまったく違う何かだったのか――によらず、いったん人間の心が言語を手に入れてしまえば、人類という種の実在との関係は、根本的な変化を遂げる。

その変化を支えたのが、人間行動の中でもっとも広く行われ、またもっとも影響力の大きなもののひとつ、物語を語ることである。