じじぃの「カオス・地球_36_時間の終わりまで・はじめに・宇宙」

ブライアン・グリーン「宇宙はひとつしか存在しないのか?」

動画 TED
https://www.ted.com/talks/brian_greene_is_our_universe_the_only_universe?language=ja


ブライアン・グリーン

ウィキペディアWikipedia) より
ブライアン・グリーン(Brian Greene、1963年2月9日 - )は、アメリカ合衆国理論物理学者。
超弦理論や多元宇宙論などの最先端の理論物理学を一般向けに紹介する著作やTVメディアへの出演で広く知られている。
コーネル大学教授を経て、1996年よりコロンビア大学物理学部教授を勤めている。同校では、Institute for Strings Cosmology and Astroparticle Physics(ISCAP)の共同ディレクターとして超弦理論宇宙論への応用に関する研究プロジェクトを率いている。

【書籍】
・『隠れていた宇宙 上,下』 竹内薫監修、大田直子訳、早川書房 (2011年)
・『宇宙を織りなすもの 上,下. 時間と空間の正体』 青木薫訳、草思社(2009年)
・『エレガントな宇宙―超ひも理論がすべてを解明する』 林一・林大訳、草思社(2001年)

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講談社 『時間の終わりまで』

【目次】

はじめに

第1章 永遠の魅惑――始まり、終わり、そしてその先にあるもの
第2章 時間を語る言葉――過去、未来、そして変化
第3章 宇宙の始まりとエントロピー――宇宙創造から構造形成へ
第4章 情報と生命力――構造から生命へ
第5章 粒子と意識――生命から心へ
第6章 言語と物語――心から想像力へ
第7章 脳と信念――想像力から聖なるものへ
第8章 本能と創造性――聖なるものから崇高なるものへ
第9章 生命と心の終焉――宇宙の時間スケール
第10章 時間の黄昏――量子、確率、永遠
第11章 存在の尊さ――心、物質、意味

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『時間の終わりまで 物質、生命、心と進化する宇宙』

ブライアン・グリーン/著、青木薫/訳 講談社 2023年発行

はじめに より

「僕が数学をやるのは、いったん定理を証明してしまえば、その定理は二度と揺るがないからだ。永遠にね」。シンプルでズバリ核心を突いたその言葉に、私はハッとした。当時私は大学の2年生で、心理学の課題として、人間の動機というテーマでレポートを書いていた。そのことを、長年にわたり数学のさまざまな分野について教えてもらっていた年上の友人に話したのだった。彼のその返答は、私を一変させた。

私はそれまで、数学のことを多少なりともそんなふうに考えたことはなかった。私にとって数学とは、平方根や、ゼロによる割り算といったトピックを面白がる奇妙なコミュニティで行なわれる、抽象的な正確さを競う不思議なゲームだった。ところが、彼の言葉を聞いたとたん、歯車のようなものがカチリと噛み合った。「そうか、それが数学のすごさなんだ」と私は思った。論理と公理に拘束された創造性の指し示すところに従い、さまさまな概念を操作したり組み合わせたりすることで、揺るぎない真実があらわになる。ピタゴラス以前から描かれ、遠い未来にも描かれるであろう直角三角形のすべてが、ピタゴラスの名前を冠した有名な定理を満たすのだ。
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大学2年生だった大昔の自分に対し、ちょっと頭を冷やせと忠告すると同時に、今の私もここらで一息入れるとしよう。とはいえ、あのとき私が感じた興奮は、天真爛漫な一過性の知的驚きなどではなかった。あれから40年近い時間が流れたが、これらのテーマは、意識にのぼることさえない小さな炎のゆらめきのように、つねに私とともにあった。日々の仕事は、物理学の統一理論と宇宙の起源を解明することだが、科学の進展のより大きな意味に思いをめぐらすうちに、ふと気がつけば、われわれひとりひとりに割り振られた時間には限りがあるという問題へと、心は繰り返し立ち返るだった。今の私は、科学者として身につけてきた態度と、持ち前の気質のために、すべてを説明する答えがひとつだけあるという考えに懐疑的だ――物理学には、力を統一すると称して発表された理論の屍(しかばね)が累々と転がっている。人間の行動という複雑な領域に大胆にも踏み出すなら、すべてを説明する答えがひとつだけしかないとは、さらに考えにくい。実際、私の場合についていえば、自分がいずれ死ぬという知識には一定の影響力があるにせよ、私の行動のすべてがそれで説明できるわけではない。それと同じことは、多かれ少なかれ誰にでも当てはまるだろう。それでも、人はみな死ぬという知識が、さまざまな方面に触手を伸ばしているのは間違いないし、実際、その触手がとくに鮮明に見て取れる領域がひとつあるのだ。

さまざまな文化と時代を通じて、われわれは永久不変であることに絶大な価値を与えてきた。価値を与えるやり方は、それこそ人それぞれだ。絶対的心理を捜し求める者もいれば、不朽の遺産を残そうとする者や、壮大な記念碑を建設する者もいるし、不変の法則を追求する者もいれば、後世に残る何かを生み出すことに情熱を傾ける者もいる。そんなことに取り憑かれたように取り組む人たちを見るなら、永遠性は、自分の身体がいずれ滅びることを意識する人たちに、強い引力を及ぼしているのは明らかだろう。

われわれの時代には、実験、観察、そして数学的解析という装備を手にした科学者たちが、未来へと向かう新たな道を切り開いてきた。その道は、歴史上はじめて、宇宙の終わりの顕著な特徴を、遠くからではあるけれど、望ませてくれた。霧や霞がかかってあちこちぼやけてはいるが、その眺望のおかげで、思考する生物であるわれわれが、壮大な時間の流れのどのあたりにいるのかを、かつてないほど正確に知ることができるようになった。

そこで、以下のページでは、衰退を運命づけられた宇宙の内部に、星と銀河から生命と意識まで、さまざまな秩序構造をもたらす物理原理を見ていきながら、宇宙の年表に添って未来へと向かうことにしよう。人の寿命は限られているが、宇宙における生命と心という現象もまた、限られた時間しか存在しないことを明らかにする議論も見ていこう。実のところ、ある時点から先は、組織化された物質は存在できそうにない。それがわかれば、内省する生物である人間は、どうしたってのんきではいられない。その不安に対し、人がどう向き合うのかも見ていこう。われわれ人間は、われわれが理解する限りにおいて時間を超越している法則から生じたにもかかわらず、人間がこの宇宙に存在できる時間は短い。われわれは、目的地がどこであろうと頓着しない法則に導かれているにもかかわらず、自分たちはどこに向かっているのかとたえず自問する。われわれは根本的な理由など気にしない法則によって形づくられているにもかかわらず、意味と目的を執拗に欲しがる。

要するに、時間の始まりから、終末といえそうな何かに至るまで、宇宙を詳しく見ていこうというわけだ。そして、休みなく活動する創意に満ちた頭脳が、万物の根本的なはかなさを明らかにし、そうして明らかになった事実に対し、驚くべき応答をする様子も見ていこう。

この探究の旅を導いてくれるのは、さまざまな科学分野で得られた洞察だ。読者のみなさんには、わずかばかりの背景知識があれば大丈夫。旅に必要なことはすべてアナロジーとメタファーを使って説明するし、専門用語は使わない。とくに難しい概念については、みなさんが道に迷わず旅を続けられるよう、ざっくりと要点を説明しよう。

巻末には詳しい説明や数学的詳細を与える。参考文献と、さらに知りたい人のための読み物ガイドもつけよう。

テーマが壮大でページ数は限られているので、私は細い道を行くことにした。大きな宇宙の物語の中で、今どのあたりにいるかを押さえておくために重要だと思われる分岐点では、立ち止まって一息入れるとしよう。ここに語られるのは、自然科学を原動力とし、人文科学に意義づけられた旅であり、われわれを豊かにしてくれる気概にあふれたひとつの冒険の源泉である。