じじぃの「カオス・地球_33_進化を超える進化・時間・ラスコー洞窟」

la grotte de lascaux/France

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=ZexzEMLWnpc

Lascaux: The Well


Lascaux: The Well

Cave Script Translation Project
When learning a complex subject, humour can be used as an aide memoire. An example of the use of humour at Lascaux is found in the area known as the Well.
https://www.cavescript.org/research/astronomy-at-lascaux/the-well/

文藝春秋 進化を超える進化

【目次】
序章
創世記
第1部 火
第2部 言葉
第3部 美

第4部 時間

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『進化を超える進化――サピエンスに人類を超越させた4つの秘密』

ガイア・ヴィンス/著、野中香方子/訳 文藝春秋 2022年発行

第4部 時間 より

第12章 時計――時間を意識することがいかに技術を進め人の生き方を変えたか

天空の時計

フランスのラスコー洞窟では、1万7000年前に描かれた壮大な天体地図が発見された。

その地図では、月の29日周期が点と四角形で表現されている。これらの点の上部に並ぶ13個の点は半月を表し、冬の夜空にプレアデス星団が現れてから半月を13回観察すると、ウマが妊娠して狩りをしやすい時期になることを示しているらしい。ラスコー洞窟群の、重要な現象を表現した壁画の中にも、天文地図が描かれている。これらの詳細な天文地図を描いた人々は、言うなれば古代の科学者だった。彼らは自然現象を客観的に観察することにより、自分たちの世界を理解しようとした。ラスコーは古代のプラネタリウムだったのかもしれない。

考古学者たちは有史以前の洞窟壁画を再調査して、ヨーロッパ各地で星図を発見した。それらは古代の人々が宇宙を数学的かつ科学的に観察していたことを語る。狩猟採集を行っていたわたしたちの祖先は、星座を描き、影の長さの変化によって太陽の軌道を記すなど、さまざまな方法によって空間と時間を理解し、それに基づいて天文時計を創造し、次第に緻密なものにしていった。ストーンヘンジも、太陽、月、星の動きを追跡するための観測所だったらしい。
それを建築した人々は、天文と数学と建築の高度の知識を備えていたはずだ。そうでなければ、なぜ、主軸が夏至の日の出の方向とぴったり一致するように巨大な石を配置しているのか、説明がつかない。

アイリッシュ海を隔てたアイルランド島ボイン・バレーのニューグレンジには、さらに時代を遡る、天文学の高度な知識を生かした遺跡がある。それは直径76メートルの巨大な石室墓で、80キロメートル離れた場所で切り出されてきた約2000枚の石英の厚板が使われている。奥深くにある墓室とそこに通じる長さ20メートルの羨道(えんどう)は年間を通じて真っ黒だが、冬至の日の出の時だけ、正面入口の上にある「ルーフボックス」と呼ばれる小さな開口部から太陽光が差し込み、墓室の奥を照らす。この重要な遺跡の設計者は、時間と共に変わる太陽の角度、位置、動きを熟知していたのである。

これらの巨大な建造物は、建てるためにかなりの時間と労力を必要とし、コミュニティは協力してその作業を行った。しかし、時間と両力の他に、鋭い天文観測、学習によって得た知識、正確な予測も必要とされ、それらを身につけるには何世代もかかったことだろう。ケニアやオーストラリアでも、同じような建造物が見つかっている。それらを建造した人々は科学的知識を重視し、それを得るためのインフラへの投資を惜しまなかった。

天空から機械へ

古代ローマ帝国は、現代の工業化された国々で見られるような方法で、生活を時間で区切った最初の国家だった。
日時計は精巧になり、公共の場や個人の庭などあらゆる場所に置かれた。紀元前1世紀には建築家のウィトルウィウスが、13種類の日時計をリストアップしている――これは、劇作家のプラウトゥスが「この地上に日時計をもたらし、わたしの日々を無惨なまでに切り刻んだ者を呪いたまえ!」と悪態をついた約2世紀後のことだった。

しかし日時計に頼ることで、1時間の長さが季節によって変わるという不都合が生じた。バビロニア人から1日24時間制を受け継いだ古代ローマでは、日の出から日没までを昼間、日没から日の出までを夜間とし、それぞれを12分割した長さを1時間としていたからだ(バビロニアの60進法は、2、3、4、5、6、12で容易に割り切れる)。しかしこの方法では、昼間の1時間は、真夏の75分から真冬の45分まで変化する(夜はその逆)。いくつかの状況では、重力に頼る時計によってこの問題を回避した。古代ローマほ法廷では、水時計が弁護士の発言時間を制限するために使われた。これは現代の法廷や政治討論の場にも復活させるべきだろう。

テクノロジーは、社会を客観的で測定可能な宇宙のリズムと同調させるように、進化してきた。しかし、計時(タイムキーピング)は遠い過去には、たとえば、食料を得やすい時期を予測するなど、生存のために役立っていたが、やがて、主観的な社会規範のためになされるようになった。
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14世紀に脱進機が発明され、ついに時計は天空の動きから切り離された。脱進機によって機械時計は、落下する重りによって引っ張られる歯車の回転速度を一定に保てるようになった。歯車は時計の機構を動かし、定時に鐘を打ち鳴らす(「時計<clock>」の語源は、古フランス語の「鐘<cloke>」)。脱進機のチックタックという音は、やがて時の経過を告げる音になった。
機械時計の登場により、日時計では季節によって変化していた1時間の長さは、1年を通じて一定になった。