じじぃの「カオス・地球_30_進化を超える進化・協調性・恥の文化」

真鍋淑郎氏に迫るVol.3 好きなことにのめり込んで! 世界中に羽ばたいて! 日本の若者と研究者へのメッセージ【笹川平和財団 SPF CROSS TALK

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=9CtrTkJ11_M

2021年のノーベル物理学賞受賞 気象学者の真鍋淑郎さん


「日本に帰りたくない理由は、周囲に同調する能力がないから」ノーベル賞真鍋淑郎氏の本質を突いた一言

2021-10-09 畑恵オフィシャルブログ
米国プリンストン大の上席研究員で、気象学者の真鍋淑郎さんが、2021年のノーベル物理学賞に選ばれた。
そんな真鍋さんがプリンストン大学で行った会見で、記者から米国籍を取得した理由を問われ発した一言が秀逸だ。

「私が日本に帰りたくない理由は、周囲に同調する能力がないからです。」
真鍋さんの漏らした一言が、地球環境とともに日本の風土や教育環境をも変えてくれることを切に願うばかりだ。
https://ameblo.jp/japanvisionforum/entry-12702356326.html

文藝春秋 進化を超える進化

【目次】
序章
創世記
第1部 火

第2部 言葉

第3部 美
第4部 時間

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『進化を超える進化――サピエンスに人類を超越させた4つの秘密』

ガイア・ヴィンス/著、野中香方子/訳 文藝春秋 2022年発行

第2部 言葉 より

第8章 話す――嘘とうわさと名声の伝達が協力的な社会を強化した

わたしたちはなぜ「いい人」なのか

なぜ、貴重な自由時間を『ウィキペディア』の執筆に費やすのか? なぜ、見ず知らずの人たちを助けるのか? 最も納得のいく説明は、利他主義が社会の結束を高める、というものだ。
ここまで見てきたように、人間は社会集団に頼って生きている。その集団が強ければ強い程、他の集団との利益をめぐる争いで有利となり、個人が生き延びる可能性は高くなる。人間の遺伝子の生存にとって、協力は競争よりはるかに重要なので、人間は互いに公平で親切であることを基本(デフォルト)の行動とし、「社会的に正しい行動をする人」という評判を得るために、かなりのエネルギーを費やす。道徳規則は社会によってさまざまだが、あらゆる文化に共通するものもある。たとえば、「互いの財産を尊重し、仲間から盗んではならない」というのは、ほぼ世界共通のルールだ。文化は、社会的協力と利他主義に支えられて累積的に進化し、複雑で多様な社会と、それらを強力して管理するための社会的ツールを生み出していく。
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ある研究では、運転者が交差点で右折しようとする対向車に道を譲ってあげた場合、譲ってもらった運転者には、次に自ら道を譲る傾向が見られた。いわゆるペイ・フィワード(恩を別の人に送ること)だ。このように親切は伝染し、人を「より良い」人になりたいという気持ちにさせる。わたしたちは列に並んで順番を待ち、互いのためにドアを開き、咳をするときは口元を覆う。このような日々の親切な行いは、個々人には多少の負担を課すが、目の前でドアが閉まることのない、より良い社会を作り出す。数千世代にわたって、このことは人間を飼いならし、人間社会を一般に協力的なものにし、集団の結束を強め、結果として個人の適応度(生物として繁栄する能力)を高めてきた。協力的な人は成功する可能性が高く、一方、利己的な人は概して子どもが少なく、収入が低い。

しかし、利他的な行動の中には、進化的観点から見ればほとんど意味をなさないものもある。
2018年3月、フランスのカルカソンヌ近郊のスーパーマーケットで、武装した1人のイスラム教徒が複数の買い物客を人質にとった。警察は犯人を説得し、人質を解放させたが、1人の女性だけが残された。犯人は、自分の要求が通らなければ彼女を殺すと脅した。アルノー・ベルトラムという警察官は、究極の利他行為として、人質の身代わりになることを申し出た。彼は犯人に撃たれ、亡くなった。彼が身代わりになった女性は生き延びた。

彼女はベルトラムの親類ではないので、ベルトラムとの利他的行為は彼の遺伝子にとっては有益ではなかった。しかし、その並外れて親切な行為によって、彼は他の人々の善行を促し、警察組織を強化し、彼の(死後の)名声は全国に知れ渡り、祝福され、彼の家族の社会的地位を高めた。ベルトラムは警察官として行動したが、それは社会が公共サービスのために生み出した役割だ。また彼は敬虔なカトリック教徒でもあり、その教えは他者のために犠牲になることを説く。このような極端な利他的行為は、遺伝子進化の法則には反するように思えるが、文化進化の観点からは、理にかなっている。ベルトラムの利他的行為は、彼の集団を強化し、そのメンバーの生存率を高めたのだ。

人間は協調性を持つように進化した。また、親切であることの認知的な負担は少なく、時間とエネルギーもあまりかからないので、人間は基本的に親切な行動を選択しがちだ。このことは、良い結果をもたらす。なぜなら、利己的な行動は、結局はその人の利益にならず、統計的に見ても、協力した方が良い結果になるからだ。

羞恥心か罪悪感か

人に見られていると、わたしたちは行儀よく振る舞いがちだ。泥棒が侵入先で飾られている家族写真を伏せることはよく知られている。誰でも、悪事を働くところを人に見られたくはないものだ。同じ理由から、見張っている目の写真を貼っておくだけで、万引きは減る。

ユダヤ教キリスト教イスラム教を典型とする一神教の神々は、最後の審判の目をもち、人間の日常の行動を監視し、地獄へ落とすか、天国に送るかを決める。それらの祈祷書は、神は人の心を見通して審判を下すこと、神は総じて良い行いより悪い行いに関心があることを語る。宗教は、大きく成長する社会を監視する必要性ゆえに進化してきたらしい。そしてホメロスの神々に見てきたとおり、社会が採用する宗教は、いくらかはその社会がどのような治安維持を求めているかで決まるようだ。
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感情と評判を文化的に利用すること、すなわち羞恥心と罪悪感も、社会が拡大するにつれて進化したようだ。どちらも類人猿には見られないが、人間の大半は、生まれつきそれらを備えている。恥をかかせて自尊心を貶めることは、相手の精神だけでなく身体にも強い影響を及ぼす。恥をかくと、身体が負傷したときと同様に、ストレスホルモンのコルチゾールが急増し、炎症反応が生じる。それが長引くと、ダメージが大きくなる。

多くの社会は、羞恥心を利用して人々の行動をコントロールしようとする。たとえば、日本の文化は「恥の文化」であり、他者にどう見られるかが、罪悪感より強く行動に影響する。一方、アメリカなどの「罪の文化」では、恥をかかないことより、良心に従い、罪悪感を回避することの方が重視される。
道徳心の根拠として羞恥心と罪悪感のどちらが重要かは、その社会のうわさ話のネットワークの緊密さによって決まるようだ。社会的絆が永続し、匿名性が低く、結束が強い社会、たとえば人々がうわさ話をよくする村などでは、人は人を評価しがちで、社会的格差を性格の良し悪しのせいにすることが多い。そのような集団では、羞恥心は人を社会的にコントロールするための重要な手段となり、人は羞恥心ゆえに集団のルールに従う。しかし、都市などの個人主義の社会では、人々は孤立し、つながりが希薄で、個人は1つの集団ではなく多くの集団に依存するため、うわさ話が人の評価につながることは少なく、羞恥心の効果は低い。そのような社会では、当人の罪悪感に訴えた方が効果的かもしれない。

人は他者から低く評価されると、自己評価が下がる。自尊心のレベルは他者が自分をどう見るかによって決まることは、多くの研究で明らかになっている。

言い換えれば、自尊心は自らの評判に左右されるので、評判は道徳的行動の原動力になるのだ。また、道徳的な行動をとっていれば、おのずと自尊心は高くなり、それを見た他者はその人をより高く評価するようになり、それを受けて自尊心はいっそう高くなる。

こうして道徳心に基づく行動は、他者からの高い評価を導き、自尊心を高める。この種の内省は認知的負担が大きいが、社会的状況で他者を操ることを可能にする。