じじぃの「科学・地球_584_心の病の脳科学・ニューロフィードバック(DecNef)」

科学のフロンティア (2)脳の活動をミリ単位で計測するfMRIを用いた脳科学研究

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=NQrMlf7y_Mk

新しい脳科学の方法、DecNef法

https://bicr.atr.jp/decnef/

顔の好みを好き・嫌い両方向に変化させるニューロフィードバック技術を開発

国立研究開発法人日本医療研究開発機構
従来のヒト脳研究では、異なる脳領域がそれぞれ別の認知機能に関わるとされてきた。
本研究では、最先端のニューロフィードバック技術(Decoded Neurofeedback, DecNef)を用い、単一の脳領域内の異なる活動パターンが、それぞれ異なる認知機能の変化を引き起こすことを証明した。
具体的には、高次の脳領域(帯状皮質)にDecNefを適用し、重要な社会認知機能である顔の好みを、好き・嫌い両方向に変化させることに世界で初めて成功した。
本成果は、帯状皮質が好き・嫌いという異なる認知機能の両方に関わることを意味する。
また、本研究の過程において、DecNefの高度化に成功しました。第一に、脳の状態を異なる複数の方向に変化させることが可能になりました。第二に、DecNefは視覚皮質という比較的低次の脳領域に適用されてきましたが、本研究により、DecNefが低次・高次にかかわらずあらゆる脳領域に適用可能になりました。この改良版DecNefを応用し、これまで治療が難しかった精神疾患など、脳の時空間ダイナミクス異常に起因する疾患の革新的治療法の開発も、日本医療研究開発機構(AMED)脳科学研究戦略推進プログラム課題『DecNefを応用した精神疾患の診断・治療システムの開発と臨床応用拠点の構築』の中で進めています。
https://www.amed.go.jp/news/release_20160909.html

ブルーバックス 「心の病」の脳科学――なぜ生じるのか、どうすれば治るのか

【目次】
第1章 シナプスから見た精神疾患――「心を紡ぐ基本素子」から考える
第2章 ゲノムから見た精神疾患――発症に強く関わるゲノム変異が見つかり始めた
第3章 脳回路と認知の仕組みから見た精神疾患――脳の「配線障害」が病を引き起こす?
第4章 慢性ストレスによる脳内炎症がうつ病を引き起こす?――ストレスと心と体の切っても切れない関係
第5章 新たに見つかった「動く遺伝因子」と精神疾患の関係――脳のゲノムの中を飛び回るLINE-1とは
第6章 自閉スペクトラム症の脳内で何が起きているのか――感覚過敏、コミュニケーション障害…様々な症状の原因を探る
第7章 脳研究から見えてきたADHDの病態――最新知見から発達障害としての本態を捉える
第8章 PTSDのトラウマ記憶を薬で消すことはできるか――認知症薬メマンチンを使った新たな治療のアプローチ
第9章 脳科学に基づく双極性障害の治療を目指す――躁とうつを繰り返すのはなぜか

第10章 ニューロフィードバックは精神疾患の治療に応用できるか

第11章 ロボットで自閉スペクトラム症の人たちを支援する
第12章 「神経変性疾患が治る時代」から「精神疾患が治る時代」へ

                • -

『「心の病」の脳科学 なぜ生じるのか、どうすれば治るのか』

林(高木)朗子/著、加藤忠史/編 ブルーバックス 2013年発行

第10章 ニューロフィードバックは、精神疾患の治療に応用できるか――脳活動を誘導して症状を緩和する より

自分で自分の脳活動を誘導する「ニューロフィードバック」

私たちが2011年に開発したニューロフィードバックの新手法(Decoded Neurofeedback, DecNef[デクネフ])を用いることで、顔の好みを変化させたり、ヘビやクモなど苦手なものに対する恐怖反応を緩和させたりすることができます。ニューロフィードバックとは、ごく簡単に言うと、脳の情報を解読し、その情報をリアルタイムで被験者に見せ、自分で自分の脳活動を特定のパターンへ誘導してもらう技術です。

精神疾患の患者さんの脳の情報を解読して、症状の主な原因となっている脳領域の活動パターンをニューロフィードバックで変えることができれば、治療効果が高く副作用の少ない治療法につながる可能性があります。その実現を目指して、国の研究プロジェクトが行われ、ベンチャー企業も設立されています。

ニューロフィードバックは、精神疾患の新しい治療法として実用化できるのでしょうか。この章ではDecNefによる実験例を紹介し、最後に精神疾患の治療への応用について考えてみましょう。

PTSD治療につながる可能性

さて、ニューロフィードバックは、精神疾患の治療にも有効なのでしょうか。
小泉愛さん(現 ソニーコンピュータサイエンス研究所)が中心となって、将来的にはPTSD心的外傷後ストレス障害)等の治療法の確立を見据え、DecNefで恐怖反応を緩和する実験を2016年に行いました。

PTSDは、第8章で紹介しているように、死の危険を感じるような恐怖体験(トラウマ体験)をしたことが原因で発症する精神疾患の一種です。そのトラウマ体験が今、起きているかのようによみがえるフラッシュバックが生じて、不安や緊張が高まる恐怖反応を示し、生活に支障をきたすこともあります。

現在、PTSDの代表的な治療法としては、医師の指導のもとで恐怖体験を何度も思い出し、怖がる必要がないことを繰り返し学習する暴露療法があります。つらい恐怖体験を思い出すことは患者さんにとって大きなストレスとなるため、最大50%くらいの患者さんが途中で治療を止めてしまうと報告されています。

DecNefならば、恐怖体験を意識的に思い出すことなく、恐怖反応を緩和することができる可能性があります。

それを確かめるために、次のような実験を行いました。まず、被験者が赤色や緑色の縞模様を見ているときの視覚野の活動パターンを解読するデコーダを作製します。次に、特定の色と恐怖反応を結び付けます。被験者が赤色あるいは緑色の縞模様を見ているときに、微弱な、電流を指先に与える恐怖体験を繰り返します。恐怖体験といっても、指先に痛みを感じるくらいの安全なレベルの刺激です。それでも赤色や緑色の縞模様見ると恐怖反応を示し、手に汗をかくようになります(図10-5、画像参照)。

その後、ニューロフィードバックを行います。モノクロの縦縞を見ながら脳活動操作を行ってもらい、それをデコーダで解読して視覚野が赤色の縞模様を見ているときの脳活動パターンに近づくほど高い評価を示します。つまり、視覚野が赤色の縞模様を見ているときの活動パターンになったとき、電流刺激という恐怖体験ではなく、報酬が与えられることを学習してもらうのです。

このニューロフィードバックを1日1時間、計3日間行った後、恐怖反応を再度確認します。被験者に緑色の縞模様を見せたときの手の発汗率は変わりませんが、赤色の縞模様を見せたときの発汗率は下がりました。つまり、恐怖反応が緩和されたのです。

この実験においても、被験者に実験の目的や評価基準は伝えておらず、ニューロフィードバック中に意識的に赤色の縞模様を思い出す被験者はいませんでした。つまり恐怖体験を意識的に思い出すことなく、恐怖反応だけを緩和することに成功したのです。

恐怖反応が現れるとき、脳深部にある扁桃体の活動が高まることが知られています。この実験ではまず電流刺激を繰り返すことにより、赤い縞模様に反応する視覚野の神経細胞群と、扁桃体の恐怖反応に関わる神経細胞群の結合ができたと考えられます。その結合がDecNefによって弱まり、恐怖反応が緩和されたのでしょう。