高校生による登壇者インタビュー(林(高木)朗子先生)
動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=jf6rFSANTeE&list=TLGGij9DTWKMl4gyMzA1MjAyMw&t=6s
図1.神経細胞の構造
「cool-hira "科学・地球_" 心の病の脳科学」画像検索
神経細胞の樹状突起が脳内の「道しるべ」を感知する仕組みを発見
2012年6月13日 京都大学
●背景と経緯
学習や記憶といった高次脳機能を可能としているのは、神経細胞が神経突起を伸長し、お互いにシナプスを築くことによって形成される複雑な神経回路です。
これまで解剖学的な研究により、多くの神経回路のパターンが分かってきました。しかし、それらの形成機構に関する分子レベルの研究は近年、始まったばかりです。脳神経系の構成単位である神経細胞は特異的な極性を持ち、通常は1本の長い軸索と複数の複雑に分枝した樹状突起を細胞体から伸展しています(図1)。
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/archive/prev/news_data/h/h1/news6/2012/120613_3
第1章 シナプスから見た精神疾患――「心を紡ぐ基本素子」から考える
第2章 ゲノムから見た精神疾患――発症に強く関わるゲノム変異が見つかり始めた
第3章 脳回路と認知の仕組みから見た精神疾患――脳の「配線障害」が病を引き起こす?
第4章 慢性ストレスによる脳内炎症がうつ病を引き起こす?――ストレスと心と体の切っても切れない関係
第5章 新たに見つかった「動く遺伝因子」と精神疾患の関係――脳のゲノムの中を飛び回るLINE-1とは
第6章 自閉スペクトラム症の脳内で何が起きているのか――感覚過敏、コミュニケーション障害…様々な症状の原因を探る
第7章 脳研究から見えてきたADHDの病態――最新知見から発達障害としての本態を捉える
第8章 PTSDのトラウマ記憶を薬で消すことはできるか――認知症薬メマンチンを使った新たな治療のアプローチ
第9章 脳科学に基づく双極性障害の治療を目指す――躁とうつを繰り返すのはなぜか
第10章 ニューロフィードバックは精神疾患の治療に応用できるか
第11章 ロボットで自閉スペクトラム症の人たちを支援する
第12章 「神経変性疾患が治る時代」から「精神疾患が治る時代」へ
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なぜ、「心の病」の脳科学か
私たち脳科学者は、精神疾患の原因の多くが脳に由来すると考えています。その証拠の1つは、脳を損傷すると、精神状態、心のあり方ががらりと変わってしまうことです。
たとえば、米国の鉄道技術者だったフィニアス・ゲージ(1823~1860年)という人の例が有名です。フィニアス・ゲージさんは、鉄道工事の事故で脳の前頭前野という場所に杭が刺さってしまいました。それまで彼は有能な現場監督で温厚な性格でしたが、事故後は仕事を行う意志や能力を失うとともに粗野な性格に変わってしまったそうです。認知や感情、意志といった精神や心のはたらきは、脳で生み出されているのです。
脳以外の臓器を損傷しても精神や心が劇的に変わってしまうことは基本的にはありません。もちろん、脳も体の中の臓器の一種なので、ほかの臓器から大きな影響を受けています。内分泌や免疫、腸内細菌と精神疾患の関係も注目されています。ただし、これらの他臓器の影響が脳に及ぶことで精神疾患が発症すると考えられます。
シナプスが私たちの「心」を制御している
ヒトの脳は、約1000億個の神経細胞がつながり合った巨大なネットワークで、情報のやり取りは電気信号で行われます。
神経細胞には、信号を受ける樹状突起(じゅじょうとっき)と、信号を出力する軸索(じくさく)という2種類の突起があります(図1、画像参照)。樹状突起から細胞体を経て、軸索へと電気信号が流れ、となりの神経細胞の樹状突起へ信号を伝えます。
しかし、軸索と樹状突起との間には、わずかな「すき間」があり、このつなぎ目のことをシナプスと呼びます。電気孫号がシナプスまで到達すると、前側の神経細胞(シナプス前細胞)から神経伝達物質と呼ばれる化学物資がシナプスへ分泌されます。神経伝達物質は、後ろ側のシナプス(シナプス後細胞)により受け取られ、この化学物質は再び電気信号へ変換されます。
味の素(グルタミン酸)を食べると頭が良くなるとか、GABA(ギャバ)を配合した商品にはリラックス効果があるなどと聞いたことがあるでしょうか。グルタミン酸は神経細胞を幸運させる神経伝達物質ですし、GABA(ガンマアミノ酪酸)は神経細胞を落ち着かせる神経伝達物質です。神経細胞の興奮とは、細胞の内部の電位(膜電位)が上がることで、逆に、神経細胞の膜電位を下げることを抑制と言います。
したがって、グルタミン酸やGABAを対外から摂取することで脳機能をコントロールできそうな気もします。しかし、実は、対外からこれらを摂取しても脳への到達しないことが分かっています。神経伝達物質として直接脳内で使用することを期待するとしたら、間違った情報と言わざるをえませんし、脳リテラシーの大切さを示すエピソードと言えそうです。
実際に、神経伝達物質は脳の中で生産され、その合成及び分解の過程も緻密に制限されています。
グルタミン酸による神経細胞に話を戻すと、グルタミン酸による興奮とGABAの抑制のバランスが興奮側に傾き、膜電位がある大きさ(閾値、しきち)を超えると、膜電位はさらに上昇し、軸索に電気パルスを出力します。これを神経発火(発火)と呼びます。
ちなみに、私たちの幸福感を構成する物質としてしばしば登場するドーパミン、セロトニン、オキシトシンも神経伝達物質で、神経発火の起こりやすさを調整するので神経修飾物質とも呼ばれます。ある風邪薬を服用すると眠くなるという現象は、睡眠・覚醒に関与するヒスタミンという神経修飾物質の機能を阻害するために生じます。「眠くならない風邪薬」は抗ヒスタミンの効果を持つ成分が入っていないため、眠気が出たり集中力や判断力が停止したりしにくいようです。
喫煙すると頭がすっきりしたりイライラが軽減したりします。その原因成分であるニコチンも神経伝達物質で、脳内のニコチン性アセチルコリン受容体に結合し、ドーパミン神経細胞を介して快楽物質であるドーパミンの分泌を促すため、快感や覚醒作用が生じるようです。
どうやらシナプスが私たちのこころを強力に制御することは間違いがなさそうです。現在、多くの脳科学者たちが、シナプスの不具合が精神疾患の原因となっていると考え、様々な視点から脳の異変を突き止めようとしています。
さまざまな仮説を検証して個別化医療を目指す
これまで統合失調症の原因として多数の仮説が提唱されてきました。最も有名な仮説はドーパミン仮説と言います。これは、脳内の神経伝達物質であるドーパミンが大脳皮質下という脳領域で過剰に分泌されている結果だという仮説で、広く支持されています。一方で、後述するように、ドーパミン仮説だけで統合失調症のすべての症状を説明することは難しいと考えられています。
ほかにも、GABA作動性神経の活動が弱いというGABA仮説、酸化ストレスという細胞ダメージにより神経細胞の機能に変調が生じるという酸化ストレス仮説など、じつにたくさんの仮説があります。
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本書では統合失調症についてお話を進めましたが、多かれ少なかれ、すべての精神疾患には何らかのシナプス~神経回路の機能変調があります。そして各々の対応の疾患に多くの仮説が乱立しています。
大切なことは、患者さんがどのタイプの仮説で説明できそうかを層別化するために、患者さんの病気に関連している遺伝子や体質をより細かく調べ、一人ひとりの病態生理に合わせた個別化医療を進めるプレシジョン・メディシン(精密医療)を開発することです。
そのために、脳科学者たちは、ヒト脳画像の研究、ヒト遺伝子の研究、モデル動物を用いた研究、iPS細胞などを用いた研究などを複合的に異組み合わせ、真実を1つひとつ明らかにするために奮闘しています。