『コーダ あいのうた』予告編<U-NEXTで好評配信中>
『ドライブ・マイ・カー』(2021年)
ようやく見ることができた濱口竜介監督作品「ドライブ・マイ・カー」
2023年01月07日 J-CAST
先日テレビで、映画「ドライブ・マイ・カー」を見ました。この作品は、2021年夏に公開され、2022年アカデミー国際長編映画賞を受賞した、濱口竜介監督作品です。
原作は村上春樹の同名の短編小説。映画好きの私としては、気になっていて見たいと思っていたのですが、ようやく見る機会を得たのです。3時間の大作で、期待以上の作品でした。(この原稿はネタバレを含みます)
https://www.j-cast.com/tv/2023/01/07453687.html
日経プレミアシリーズ テックジャイアントと地政学
【目次】
プロローグ シリコンバレーとの往来から見えてきた日本の近未来
Part1 ChatGPTが与える衝撃
Part2 テクノロジーが変える地政学
Part3 曲がり角のテックジャイアント
Part4 メタバース&Web3、先端技術ブームの実態 より
アップルの映画が作品賞 テレビ番組や報道にも及ぶ変化
「アップルの映画が世界最高峰といわれるアカデミー賞の作品賞を受賞」――。映画をあまり見ないiPhoneやMacユーザーの中には「なぜアップルが映画を?」と首をかしげた方もいるかもしれません。映画の世界はデジタル技術によって地殻変動が起きているのです。
アップルの映画とは、正確には動画配信サービス「Apple TV + (アップルTVプラス)」が全米配給を手掛けた映画「コーダ あいのうた」が、米映画最大の祭典である第94回アカデミー賞の作品賞を受賞したのです。ストリーミングサービスが配給を手掛けた映画が作品賞を受賞するのは史上初の快挙です。映画のストリーミング配信といえば米ネットサービスが優勢でしたが、徐々にアップルや米アマゾン・ドット・コムの動画配信サービス「プライム・ビデオ」なども勢いを付けつつあります。
Apple TV +の設立は2019年。当初はヒット作に恵まれませんでしたが、わずが2年ほどで多数の映画やドラマ作品を世に送り出し、ゴールデングローブ賞やエミー賞などを受賞してきました。
映画ビジネスは基本的に「制作」「配給」「興業」の3つに分かれます。作品を制作する映像制作会社、映画の権利を買い取って宣伝を行う配給会社、そして実際に映像を視聴者に届ける映画館やストリーミング配信業者などの興業会社です。アップルはストリーミングサービスを通じて、主に配給と興業を手掛けています。
例えば今回受賞した「コーダ」は21年4月に、米ユタ州のスキーリゾートに映画の買い付け担当者が集まるサンダンス映画祭で上映された作品です。好評だったことからアップルが同映画祭で史上最高額の約26億円で落札して、映画館での公開と同時並行でストリーミング配信を手掛けました。
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優れた作品の争奪戦は加熱を続けており、先ほどのサンダンス映画祭でのアップルによる史上最高額の落札にもつながっています。前述のヤマダホールディングスとアマゾンジャパンの提携によるスマートテレビの発売も、このエコシステムを拡大させます。
映像ストリーミング配信の競争過熱は制作者側にも波及します。映像制作の世界では、既存の枠を飛び出す人材の大移動が加速しているのです。優れた作品を手掛けた監督や将来有望な人材には国内外の企業から次回作に向けて声がかかり、潤沢な予算で映像作品を制作できるチャンスが増えてくるでしょう。
日本では濱口竜介監督の「ドライブ・マイ・カー」が国際長編映画賞を受賞しましたが、製作費は1億円ほどといわれています。これは世界の水準と比べると低予算です。資金があれば良い作品ができるとは限りませんが、予算が多ければ、より質を高める工夫も選択肢が広がります。
例えば、韓国の「パラサイト 半地下の家族」は政府の支援や視覚効果(VFX)など先端の技術を駆使して、約10億円の資金を投じて制作されました。韓国語の映画でありながら、2020年のアカデミー賞において国際長編映画賞だけではなく非英語作品として初めて作品賞を受賞しています。
この受賞で濱口監督の次回作は、おそらく潤沢な予算を出せたり先端技術を持ったりする海外の制作会社から声がかかるかもしれません。
テクノロジー企業の映像配信への参画により、濱口監督だけではなく才能のある日本の映画監督が海外のマーケットで評価を受ける映画を撮影する機会が増えていきます。「ドライブ・マイ・カー」の受賞自体は喜ばしいことですが、結果として日本映画界の置かれている厳しい現状を浮き彫りにしたともいえます。
逸材ほど依存の枠を超えて活躍するという事例は、科学技術の世界で既に起きていることでし。日本よりも米国で研究する道を選び、ノーベル物理学賞を受賞した真鍋淑郎氏のような事例が様々な分野で起きつつあります。受賞を単に喜ぶだけではなく、既存の環境に対しても危機感を持ち、変化のアクションを起こさなければなりません。
バラエティー番組や報道でも地殻変動
映画だけではなく、バラエティー番組など他の映像カテゴリーでも、米国での変化での変化に追随するような大きな構造変革が日本において起きつつあります。ネットフリックスがテレビ東京出身のプロデューサーを起用して、トークとドラマを組み合わせた映像作品「トークサバイバー!」を22年3月8日から配信して好評を博しています。
アマゾンも22年3月30日に新番組を披露する「Prime Video Presents Japan」というイベントを開いて、NHKやフジテレビ出身のプロデューサーがオリジナル作品の制作責任者になると発表しました。オリジナル制作のドラマ作品だけでなく、スポーツの独占配信や過去に日本だけでなく世界中でヒットとなったバラエティー「風雲!たけし城」の制作や配信を北野武氏とともに発表しています。
北野武氏というテレビ業界のベテランがストリーミング配信に動くということは、新型コロナウイルス禍の数年前では想像し難いことでした、23年にはテレビ朝日で「あざとくて何が悪いの?」などアジアの若者に人気のある番組を手掛けた敏腕プロデューサーの芦田太郎氏がアマゾンオリジナル番組制作会社に移籍をしています。
また、報道の世界でも地殻変動が起きています。偏向的な報道が目立つFOXニュースの放送ジャーナリストであったクリス・ウォレス氏が21年に、ライバルの米CNNに移籍して世間を驚かせました。ウォレス氏は移籍の理由について、陰謀論やフェイクニュースを報道することへの罪悪感だったとニューヨーク・タイムス紙に語っています。
ウォレス氏が移籍したCNNでは、22年から「CNN Plus (CNN+)」という独自のストリーミングサービスを開始しています。CNN+はライブ配信とニュース番組をミックスさせた新しい形のニュース配信番組です。
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テクノロジー企業がエコシステムの拡大のために洞察のある報道を続ける企業を買収・提携をしてもおかしくありません。ただ、その場合もジャーナリズム精神を死守しながら企業としてどう利益を追求していくか、報道各社は模索しています。
このメディアの大きな地殻変動において、散発的にスタートアップやテクノロジー企業と提携するだけでは、テクノロジー企業からの参入には対抗できません。メディア各社は中長期的なビジョンを持ち、テクノロジーやファイナンスにも理解が深い経営陣が抜本的な改革を進めつつ、競争優位を保たなければなりません。どの業界においても、勝ち筋をつくれるのは目の前のスポンサーの意向に合わせるのではなく、経営を根本から変えるデジタルトランスフォーメーション(DX)に挑む企業になるでしょう。