じじぃの「若い女性の日常生活・水汲み・愛人との逢い引き?古代ギリシア人の24時間」

【黄金時代を征く】『アサクリ』で古代ギリシャ研究家とギリシャ観光してみた【アテナイ編 #01】

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=osVU_8geK5g

古代アテネ


古代アテネの市民生活

紀元前5世紀、ペルシャとの戦いに勝ったアテネは、ギリシャ第一の都市国家として繁栄しました。
アテネの市民たちは、どのようにコインを使ったのでしょうか。
この時代に上演されたアリストパネスの喜劇(文献②)などから、当時の市民生活を垣間見てみました。
人口は20~30万人で、そのうち3分の1は奴隷、参政権のある成年男子は3.5~4万人でした。
現在の日本の中くらいの都市と同じくらいです。
https://coin-walk.site/E013.htm

古代ギリシア人の24時間――よみがえる栄光のアテネ

フィリップ・マティザック/著、高畠純夫、安原和見/訳 河出書房 2022年発行

昼の第5時(10:00‐11:00)――主婦が愛人と逢い引きする より

アテネをよく知らない人は、水汲みなどの卑しい家事に、政府高官の妻が手に染めるはずがないと思うかもしれない。だがそれは、アテネの民主政のことがわかっていないからだ。ほとんどの土地では、市の評議員は裕福な名門貴族だ。だがアテネでは、男性で、市民で、あとは生命さえあれば評議員になれるのである。

アテネでは市の公職は交代制だから、男性市民はほとんどが、少なくとも一生に一度は公職につくことになる。評議会(ブーレーアテネの民会を運営する組織)の定数は500で、その議員は毎年交代する。再任は認められず、一度しかなれない。ブーレーの現職は重要人物だ。通常は、市の日常的な業務を監督する多くの委員会にも出向し、他の役人を監視し、海軍や、たとえば公共事業に割り当てられる資金が適切に使われるように見張っている。

テュマレの夫は、外交政策の法案を用意する委員会に属している。法案は民会に提出され、議論され、そして(うまく行けば)採決されて法律になる。そんなわけで、職業としては中流の下の不動産管理人であるにもかかわらず、いまテュマレの夫はアテネの政策を立案するという重要な役割を担っているわけだ。

アテネの家庭は、掃除や炊事や洗濯でかなりの水を使用する。裕福な家には中庭に泉があるが、一般市民は公共の水汲み場に引かれた泉水を供給される。頭がおかしいのではないかぎり、エリダノス川の水を汲む者はいない。この小川は市内に入るなりふたなしのどぶ川になってしまう。あれでは家畜にすら飲ませられない。

テュマレはただひとりの召使といっしょに水汲みをしている。水汲み用の水がめ(ヒユドリア)はなにかの罰かと思うほど重いが、正直言って、テュマレはこの仕事が好きだった。家の外に出られるからだ。夫としては、テュマレにちゃんとした貴婦人としてふるまってほしいたろう。玄関から一歩も外へ出ず、たまに家の敷地を離れるのは祭祀のためだったり、あるいは何重にもベールをかぶり、護衛をつけて、他家を訪れて同じ身分の妻たちとつきあうためだけ、ということだ。

幸い家内の女手が足りないことから、テュマレは自分で買い物やごみ捨てに行き、そしてもちろん、水汲みにも行かなくてはならない。というわけで彼女はいま、召使のポチュイスとともに、からの水がめを持って、エンネアクルノスの泉の前で列に並んでいるのだ。デメテル神殿の地下から湧いているせいだろう。エンネアクルノスの恵みの水はいつも甘く澄んでいる。今日は列が短く、オデイオンのディオニュソス像を少し過ぎたところで切れていた。
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家に入ってすぐ左手には広々とした部屋があり、寝椅子が2脚、長く低いテーブルだが1脚置かれている。夫がここで食事をとるのは、ごくまれに来客があったときだけで、たいていは厨房を兼ねたもう少し小さい部屋で食べている。テュマレは狭い階段をのぼった。夫婦の寝室は左にあり、その横の木製のドアは、大仰にも女の間と呼ばれている1室のドアだ。

バルコニーに開く大きな窓から入る光で、なかは明るかった。主人然として鎮座しているのは大きな機だ。ポチュイスに手伝われながら、テュマレはここで機を織って何時間も過ごしている。隅には大きな未処理の羊毛の塊があり、これを桶の水にひたすのはポチュイスの仕事だ(水はこのためにも必要なのだ)。その羊毛を梳(す)き櫛で梳いてしまいに大きな玉にし、それをテュマレが織って豪華なマントを作る。いまは床にもつれた毛糸が落ちているが、これは織りかたを失敗して何段かほどいてやり直したあとである。
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「急ぎましょ」彼女は迫った。「あまり時間がないわ」
じらすように若者は身を引いた。「旦那さんはどうするの。帰ってきて現場を押さえられたら、法で認められているとおり、その場で僕を斬り殺すかもしれない」

あのくたびれた夫がまさか、だって皿いっぱいの豆にすら手こずっているのに、そう思ったらおかしくなって、テュマレはくすくす笑った。このたくましい若者が相手ではかなうはずがない。
ラディッシュ(ダイコン属の野菜)の心配をしたほうがいいんじゃないの」彼女は笑った。

不義者に対するアテネの伝統的な刑罰――テュマレはちゃんとした家の娘だから、もちろん見たことはない――は、男の場合はアゴラに放り込まれ、熱い灰で睾丸の毛を焼かれたのち、ラディッシュを肛門に突っ込まれることだ。これをラパニドシスという。苦痛が大きいだけでなく、あとに障害が残ることもある。

しかし、若者はひるまなかった。キトンをやすやすと脱がす彼の手つきに、テュマレは少し感心はしても驚きはしなかった。何度もやって慣れているのだろう。とはいえ、これは彼女のいちばんきれいな服だ。せっかくこのときのために選んだのに、木の床に放り出してしわくちゃにしたくはない。機の枠にかけてから、ゆっくりと床に身を沈めた。肩越しにふり向き、胸を躍らせて待つ。

誘惑は強姦より罪が重いとアテネの法律家は論じている。強姦の傷は一時的ものだが、誘惑は妻を夫から永遠に引き離す危険があるから、というのだ。こんなことを言う法律家はアテネの男に決まっている。個人的に強姦のトラウマを経験することはまずないだろうが、妻の不貞はいつも心配しているという人種なわけだ。

アテネの既婚男性は、売春婦と寝ても、また好きな相手と長期にわたってつきあっても、その相手がアテネのちゃんとした女性市民でないかぎりは違法ではない。しかしアテネの女性は、たとえ未婚であっても、夫以外の男性とキスをしただけで「姦通」の罪を起こしたことになる。その基準でいえば、テュマレはいま姦通罪を犯しているわけだ。この位置を選んだのはそのためだった。これなら、中庭のドアからだれか入ってきたらすぐ見えるから。

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どうでもいい、じじぃの日記。
古代ギリシア人の24時間』という本に、「ウナギ」のことが書かれていた。
「魚の王さまにして食道楽の極みがこのウナギだというのは、だれしも認めるところだ」
ギリシア大陸国家であると同時に地中海/エーゲ海を含む海洋国家である。
食生活は肉よりも、魚介類を多く食べていたそうだ。

古代ギリシャの最盛期は紀元前5世紀で、その当時のアテネの人口は25万人。広さは佐賀県ぐらいだった。
その人口のうち3分の1は奴隷で、奴隷でない市民が圧倒的に多かったとか。

「主婦が愛人と逢い引きする」という話が書かれていた。
1日にの仕事のうち、水汲みの仕事、家では着るものを織っていることが書かれている。
最近読んだ『生態学大図鑑』という本に、こんなことが書かれていた。
「最も近い水場まで毎日数時間をかけて歩いて通わなければならない。多くの子どもが、水汲みのために養育の機会を失っている」

主人は朝仕事に出かけ、夕方帰ってくるのだとか。
こんな生活は、日本でも江戸時代の暮らしぶりとあまり変わらないのではないか。
現代は昔と比べて、電気や水道のありがたさがよくわかる。
女性の浮気は、昔も今もあまり変わらないみたいだ。