Great Wonders: The Statue of Zeus at Olympia
ゼウス像 (想像図)
あなたはすべて知っている?世界の七不思議を紹介!
2019年10月19日 お役立ち情報
●オリンピアのゼウス像
紀元前435年、古代の高名な彫刻家であるペイディアスによって建造されたこの像は、古代オリンピックにおける奉納競技の本尊とされていました。金や象牙、黒檀や宝石で装飾された台座に座った全知全能の神「ゼウス」は、右手に勝利の女神であるニケの彫像、左手には鷲をまとった錫杖を持った姿をしていました。
●選ばれたのはゼウス”神殿”ではなくゼウス”像”
ゼウス像はゼウス神殿と呼ばれる高さ約27m、横幅約64mの巨大な建物の中に格納されていましたが、フィロンが世界の七不思議に選んだのはゼウス像でした。
紀元前2世紀頃のローマの将軍「ルキウス・アエミリウス・パウルス・マケドニクス」は、マケドニア征服の際にこの像を見かけ、あまりの神々しさに強い畏敬の念を感じたそうです。
建造から800年後の394年、オリンピアから当時のローマ帝国の首都ビザンチウムへ移動。ローマ帝国はキリスト教を国教として定めていたことから、ゼウス像は異教徒の手によって破壊されたとする説が有力視されています。
https://fumakilla.jp/foryourlife/332/
夜の第7時(0:00‐1:00)――神殿の衛兵が回想する より
ペリクレスは、いかなる地位にもよらず、選挙による役職にもよらず、強烈な人間的魅力のみでアテネ民主政を指導した。彼はアクロポリスを、なかでもアテナ神殿を再建すると決断した。再建するからには、この世のどんな建築をもしのぐ神殿を創らねばならない。新たな神殿には最高の材料だけを用いる。壁はペンテリコン産の白大理石、屋根はシーダーの梁に金箔の瓦で葺く。
付随する各種の像は、世に知られた最高の大理石、すなわちパロス島の大理石で作ろう。アクロポリスはアテネの心臓であり、そのアクロポリスの中心は神殿、その中央にましますのがアテナ女神殿だ。そのような像には、しかし大理石はふさわしくない。この像は磨き抜かれた象牙と純金でかたどられ、その壮麗さのうちに、アテナの守護したまう都市と市民の偉大さを参拝者は見ることになるのだ。
建設を監督したのは3人委員会だった。委員のひとりが労働者と資材を調達し、もうひとりが建築と工事を担当し、3人めがすべてを組み合わせてひとつの芸術作品にまとめあげる。その3人めになったのがペイディアスだった。
・
ペイディアスはどうやってアテネの牢獄(資材横領の疑い)を脱出し、ペロポンネソスのエリスまでたどり着いたのだろう。またその後、どうやってゼウス像の設計責任者になったのか。ペンタルケスには見当もつかなかったが、ペリクレスが裏で手引きしていたのはまちがいあるまい。ペイディアスがとつぜん姿を消したあとも、パルテノンの建設作業は続けなくてはならなかったのだから。
つまり、まだペイディアスの力が必要だったということだ。アテネに残されたペイディアスの若い弟子たちは、師匠が制作にかかっていた作品を仕上げるという難題に直面していた。
ゼウスことアブラハム・リンカーン
ゼウス像がどんなふうだったか知りたければ、ワシントンDCに数多く存在するギリシャふう神殿(昔のアメリカ人は古典をよく知っていた)のひとつ、リンカーン記念館を訪れてみるとよい。フリーズとドーリス式の大理石の柱を備えるこの建物には、玉座のような椅子に腰かけたリンカーン像が納められているが、これはオリュンピアのゼウス像を意図的に模した像である(ただし高さは6メートルで、ペイディアスの半分しかない)。そしてもちろん、リンカーン像を納める建物の寸法は57.8メートルx36.1メートルで、ペイディアスの黄金比に近い。
手話の使い手のなかには、リンカーン像を作った彫刻家も、ペイディアスと同じく秘密のメッセージを仕込まずにいられなかったと言っている人々もいる。リンカーン座像の形は手話で「A・L」と読めるとされており、おそらく耳が不自由な息子のために彫刻家がそうしたのだろうというのだ。
-
-
-
-
-
-
-
-
- -
-
-
-
-
-
-
-
どうでもいい、じじぃの日記。
『古代ギリシア人の24時間』という本に、ゼウス像とリンカーン像のことが書かれていた。
そういえば、西洋の公共機関の建物というのはギリシャ風な建築様式になっている。
あのリンカーン記念館のリンカーン像も古代ギリシアのゼウス像を模して造られたのだとか。
フィロンが選んだ「世界の七不思議」の1つにゼウス像が入っているのだとか。
星座にもゼウス縁の星座があって、ゼウス自身の姿も星座になっているのだとか。
これから少しの間、『古代ギリシア人の24時間』の世界を覗いてみます。