#3 ルーマニア編 ジプシー(ロマ)は心の師匠
ロマの荷馬車(1935年)
ロマ
ウィキペディア(Wikipedia) より
ロマ(Roma)は、ジプシーと呼ばれてきた集団のうちの主に北インドのロマニ系に由来し中東欧に居住する移動型民族である。
移動生活者、放浪者とみなされることが多いが、現代では定住生活をする者も多い。ジプシーと呼ばれてきた集団が単一の民族であるとするステレオタイプは18世紀後半に作られたものであり、ロマでない集団との関係は不明である。
●「ロマ」という自称
ロマの祖であるロマニ系の人々は複数の経路で度々インド方面からヨーロッパへ移動してきたと考えられる。14世紀から19世紀に現代のルーマニアに当たる地域で奴隷とされた集団がルーマニア語の影響を受けたヴラハ系方言を話し言語学的にロマに近いと考えられている。一方で東欧を迂回し中欧にたどり着いた集団はルーマニア語の影響のない非ヴラハ系方言を話していると考えられている。
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『地図とデータで見る移民の世界ハンドブック』
カトリーヌ・ヴィトール・ド・ヴァンダン/著、太田佐絵子/訳 原書房 2022年発行
ヨーロッパ、世界のおもな移住先のひとつ より
東ヨーロッパ、移動の多い人々
1991年から移動が自由になった東ヨーロッパの人々は、東から西へと振り子のように移動している。しかし情勢を変えたのは、とくに東ヨーロッパの10ヵ国が2004年にEUに加盟したことであり、しだいに西ヨーロッパで合法的な労働や定住がおこなわれるようになっている。民族の錯綜状態を解消するためにおこなわれた移住で、祖国にもどった民族集団もあった。東方ドイツ人、トランシルヴァニアのハンガリー人、カレリアのフィンランド人、黒海南岸ポントスのギリシャ人、ブルガリアに帰還したトルコ生まれのブルガリア人などである。東ヨーロッパは中東からの移民や難民が多い地域でもある。
ポーランド人移民とルーマニア人移民の影響力
西ヨーロッパへの東欧移民をもっとも多く送り出しているのは、ポーランドとルーマニアである。その他のEU新規加盟国は、人口がほとんど1000万人を超えていない(ハンガリー、チェコ、スロヴァキア)ので、移民を送り出すポテンシャルは低い。国境開放は、移民の大きな流れを生むきっかけとなった。2004年にEU諸国の労働市場にアクセスできるようになり、250万人のポーランド人が、イギリスやアイルランド、スウェーデンなどEU諸国で働きはじめた。ドイツでは、1990年から、ポーランド人が東欧移民のなかでもっとも数が多い移民となっている。ルーマニア人は、労働力の二国間協定を結んでいることから、とりわけ地中海ヨーロッパ(イタリア、スペイン、ポルトガル)に多い。
ドイツとオーストリアは、2011年5月1日、東欧8ヵ国(バリと3国、チェコ、、ポーランド、スロヴァキア、ハンガリー、スロヴェニア)出身の7300万人の移民に、労働市場を開放した。ブルガリアとルーマニアは、2014年にEU内での就労と滞在の自由を獲得した。