「cool-hira すごい数学」画像検索
『世界を支えるすごい数学――CGから気候変動まで』
イアン・スチュアート/著、水谷淳/訳 河出書房新社 2022年発行
6章 数平面 より
量子には虚数が不可欠
このように電気工学に応用される場合には、複素数はマジシャンの帽子から取り出されるウサギのようなもので、技術者の仕事を楽にしてくれるだけだ。しかしどうしても複素数が必要で、しかもそれが物理的な意味を持っている驚きの分野がある。量子力学である。
ウィグナーは数学の不合理な有効性を示すその例を、かの講演の中心テーマに挙げた。
量子力学のヒルベルト空間が複素ヒルベルト空間であることを忘れてはならない。……もちろん先入観のない人が見る限り、複素数はとうてい自然でも単純でもないし、物理的観測によって示すこともできない。しかもこの場合、複素数を使うのは応用数学の計算上のトリックではなく、量子力学の法則の定型化において不可欠に近いものである。
これに続いてウィグナーは、どこが「不合理」なのかを自分なりに強く説いている。
我々のどんな経験からいっても、このような量を導入すべきとは思えない。もしもある数学者が、なぜ複素数に興味を持っているのかと問い詰められたら、少々腹を立てながら、複素数の導入によって生まれた方程式や冪(べき)級数や解析的関数全般の理論における数々の美しい定理を挙げ連ねるだろう。……すると、ある奇跡を目の当たりにしているという印象を抱かずにはいられない。……それは、自然法則の存在とそれを見抜ける人間の能力の存在という2つの奇跡に匹敵するものだ。
量子力学は1900年頃、実験物理学者によって発見されはじめたミクロスケールでの物質の奇妙な振る舞いを説明するために生まれ、そこから急速に発展して人類史上もっとも成功した物理理論となった。分子や原子のレベル、さらに原子を構成する素粒子のレベルになると、物質は不可解な驚くべき形で振る舞うようになる。あまりにも不可解で驚異的なので、”物質”という言葉が当てはまるかどうかすら怪しい。光のような波動がときに粒子(光子)のように振る舞い、電子のような粒子がときに波動のように振る舞うのだ。
・
量子系の波動関数は、位置座標や速度座標など、その系に対しておこなうことのできるあらゆる測定操作のリストに作用する。古典力学では通常そのような数が有限個あれば系の状態が決まるが、量子力学ではそのリストに無限個の(ベクトル)変数が含まれることがある。そのもととなるのがいわゆるヒルベルト空間である。これは、どの2つの要素のあいだにも明確に定義された距離の概念が存在する、(多くの場合)無限次元空間のことである。波動関数はこのヒルベルト空間に含まれる関数ことに1つの数を出力するが、出力される数は実数ではなく複素数である。
・
物理学者はこのヒルベルト空間や演算子をさまざまな形で選ぶことで、具体的な物理系をモデル化する。1個の粒子の位置と運動量の状態を知りたければ、すべての”2乗加積分関数”からなる無限次元とヒルベルト空間を選ぶ。1個の電子のスピン(第12章)を知りたければ”スピノル”と呼ばれるものからなる2次元ヒルベルト空間を選ぶ。ここで重要な役割を果たすのがシュレディンガー方程式で、それは次のような形をしている。
この数式の意味を理解する必要はないが、記号については説明していこう。とくに最初の記号では話は終わる。i、マイナス1の平方根である。これは量子力学の基本方程式で、その最初の記号が虚数iなのだ、
その次のħという記号は換算プランク定数と呼ばれ、その値は約10-34ジュール秒ととてつもなく小さい。さまざまな量が微小だが不連続な値で変化する、いわゆる量子となるのは、この定数に由来する。次に来るのはd/dtという分数のようなもの。tは時間、dは変化の割合、つまり微分という意味で、これは微分方程式である。Ιψ(t)>が波動関数で、時刻tにおけるこの系の量子状態を表しており、知りたいのはその変化率である。最後にH ^はハミルトニアンと呼ばれるもので、要するにエネルギーのことである。
通常の解釈によると、波動関数が表しているのはどれは1つの状態ではなく、観測したときに系がその状態にある”確率”である。しかし確率が0から1までの実数であるのに対して、波動関数の出力は任意の大きさの複素数である。そこで物理学では、その複素数が原点からどれだけ離れているか、つまり振幅(数学では絶対値といい、極座標形式における距離rに相当)に注目する。その数を相対確率として考えるので、たとえばある状態の振幅が10で別の状態の振幅が20であれば、2つめの状態のほうが2倍高い確率で観測されるということになる。
絶対値を見ればその複素数が原点からどれだけ離れているかは分かるが、どの方向に向かえばそこにたどり着けるかは分からない。その方向は別の実数、つまり極座標形式における角度Aで表される。数学ではそれを偏角というが、物理学では位相といい、単位円上をどれだけ回らなければならないかととらえる。したがって複素関数である振動関数は、ある観測地が得られる相対確率を表す振幅のほかに位相を持っているが、位相は振幅に影響を与えないため測定はほぼ不可能である。位相に影響されるのは、状態どうしがどのように重ね合わされるかと、その重ね合わせ状態が観測される確率である。しかし実際の実験では位相自体を知ることはできない。
以上のことから分かるとおり、実数だけでは量子状態を正しく表現できない。従来の実数を使っていたら量子力学を定型化することすらできないのだ。
-
-
-
-
-
-
-
-
- -
-
-
-
-
-
-
-
どうでもいい、じじぃの日記。