じじぃの「科学・地球_465_量子的世界像・ファインマン図とは何ですか」

Feynman diagrams-a beginners guide in 6 minutes: from fizzics.org

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=L8KPAxNz7fE

図26

1個の光子のやりとりをともなう電子と電子の散乱。

   

図27

2個の光子のやりとりをともなう電子と電子の散乱。

Feynman Diagram

from Eric Weisstein's World of Physics
https://scienceworld.wolfram.com/physics/FeynmanDiagram.html

『量子的世界像 101の新知識』

ケネス・フォード/著、青木薫塩原通緒/訳 ブルーバックス 2014年発行

Ⅸ 相互作用 より

ファインマン図とは何ですか

リチャード・ファインマンは俊才で、快活で、どこまでも好奇心旺盛で、人々から深く敬愛される物理学者だった。
1942年にプリンストン大学で博士号を取得し、まだ20歳代の若さで第二次世界大戦時のマンハッタン計画計画に大きく貢献し、戦後は理論素粒子物理学の世界的なリーダーとなった。1965年のノーベル物理学受賞(アメリカのジュリアン・シュウインガー、日本の朝永振一郎との共同受賞)は、光子と荷電粒子――とくに電子、およびその反粒子である陽電子――との相互作用を研究した「量子電磁力学(QED)」への貢献を評価されてのものだった。そのファインマンの遺産のひとつが、ファインマン図(ファインマン・ダイアグラム)である。これは粒子が崩壊や別の粒子との相互作用をしているときに、最も基礎的なレベルで何が起こっているかを示した、時空についての図である。
空間のついての図なら誰でも知っているだろう。それは要するに地図である。それに対して、時空についての図はあまり目にしないが、決してわかりにくいものではない。図に描かれている地図(空間図)は、スイスのジュネーブからアスコナへ真東に向かう飛行機の軌跡と、そのあとアスコナから山地を越えてベルンに向かう自動車の軌跡を示したものだ(ちなみにベルンは、アインシュタインの多産な年として知られる1905年当時に彼が暮らしていた街で、市内のスイス特許庁が彼の職場だった)。おまけとして、縮尺は不正確だが、大型ハドロン衝突加速器の2本の反対回りの陽子ドームもジュネーブのすぐそばに書き添えてある。この図には、飛行機の高度は示されtいない。陽子ビームが通るリングの深さも、山道の高低差も示されていない。数学的に言えば、ここに描かれている各線は「二次元平面に射影」されているのである。
    ・
この図で注目したいもうひとつのポイントは、世界線の線分に矢印がついていることだ。これはAからB、C、Dへと、事象が発展する方向を示している。ある意味で、これらの矢印は余分であると言えなくもない。その方向以外に事象が発展できる方向はないからだ。飛行機はCからBには飛べない。それでは時間をさかのぼることになってしまう。わたしたちの大きなスケールの世界では、事象が進展する方向は必ず時間軸においては一方向だけ、時空図で言えば、上方向だけということだ。ところが――といっても、もはやあなたは驚きそうもないが――そうはならないのが量子の世界だ。少なくとも十分に小さな時空間隔では、粒子は時間を前向きにだけでなく、後ろ向きにも進むことができるのである。

ファインマンは、原子以下の世界で起こる事象をとらえた小さな時空図が、粒子が相互作用するときに起こることを示し、一覧するための便利な方法になることに気づいた。そしてファインマンの手によって、そうした時空図はさらに役立つものとなった。この図に沿って考えると、それぞれの反応過程が起こる確率を計算することができるのだ。しかしここでは、基礎的な反応過程を図式的に示すことのできるファインマン図の利便性のみを強調しておこう。
図26と図27は、電子どうしの相互作用を描いた2種類のファインマン図である(ほかにも紹介できる図は無数にあるが、とりあえず抜粋で)。古典物理学で考えると、2個の電子は、片方の電子からもう片方の電子へと「到達」する電気的斥力によって相互作用する。初めはある経路上を、ある速さで互いに接近していた2個の電子は、やがて経路を曲げられ、初めとは異なる経路上を、おそらくはやはり異なる速さで遠ざかっていく。両者の相互作用はなめらかで連続的だ。

一方、量子力学で考えると、状況はまったく異なる。そこで起こりうる最も単純な例を図26に示す。図の下のほうから見ていくと、2個の電子が互いに近づいていく世界線がある。A点(左側線のくびれた点)で、左側の電子が光子(言い換えればガンマ線なので、記号γであらわす)を放出して進行方向を変え、左側に飛び去っていく。B点(右側線のくびれた点)では、放出された光子が右側の電子に吸収され、同時にこの電子も進行方向を変えて、右側に飛び去っていく。「マクロ」に見れば、これはべつに驚くことでもない。2個の電子が互いに近づいて、相互作用し、跳ね返った、というだけである。しかし「ミクロ」に見ると、じつに驚くべきことが起こっている。この相互作用は、空間の離れたところで力を及ぼしあう遠隔作用ではなく、光子をやりとりすることによって――つまり、ある一点で光子が放出され、ある一点で光子が吸収されることによって――生じているのである。電子が向きを変えるのは、光子が交換されることによって生じる「交換力」とでも言うべき力が働いているからで、いわば光子「力の運び屋」だ。実際の相互作用は時空のA点とB点で起こっているのである。
図27は、もうひとつの可能性を示している。1個ではなく、2個の光子がやりとりされる場合だ。全体としての結果は同じ――電子の偏向――だが、しくみがやや複雑になっている。この2つの図から推測されるように、2個の電子のあいだでの光子のやりとりのしかたには限りがなく、電子の偏向をあらわすファインマン図の数にも限りがない。量子物理学はわたしたちに、この種の起こりうる過程はすべて本当に起こりうるということ、そしてそれぞれの過程が起こる確率は異なるということを教えている。高エネルギーでは、最も単純な過程が優勢になる。したがって図26と図27は実際に起こっていることを非常によく映しとっている。