じじぃの「歴史・思想_620_宮本弘曉・日本の未来・再生・労働市場の流動性」

世界で最も生産的な国

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=CTtodOvA5z8

Productivity (From Wikipedia


101のデータで読む日本の未来

宮本弘曉(著) PHP新書
「日本人は世界経済の大きな潮流を理解していない」。
国債通貨基金IMF)を経て、現在は東京都立大学教授を務める著者は、その結果が日本経済の停滞を招いたと語る。
そこで本書では、世界と日本を激変させる3つのメガトレンド――①人口構造の変化、②地球温暖化対策によるグリーン化、③テクノロジーの進歩について、その影響を各種データとファクトから徹底的に検証。日本人が勘違いしている「世界経済の変化の本質」を理解した上で、日本社会の現在、そして未来に迫る。

                  • -

『101のデータで読む日本の未来』

宮本弘曉/著 PHP新書 2022年発行

第5章 日本経済再生への提言 より

労働市場改革」のために、いま何が必要か?

ここまで、日本経済の現在、未来を考える際に重要なメガトレンドの変化、そしてそれが日本経済に及ぼす影響について見てきました。日本は現在、多くの課題を抱えており、また、今後もメガトレンドの変化により大きな影響を受けることが予想されます。
では、今後、日本経済を再浮上させるためには何が必要なのでしょうか? 最終章では、この問いについて考えていきたいと思います。まずは、私たちの生活と直結する労働について考え、その後、第2章、第3章で取り上げたいくつかの分野について論じることにしましょう。
    ・
よく、労働市場が流動化すると、解雇が容易になり、雇用が不安定化するため、労働者にとってはよくないと懸念されますが、むしろ逆です。経済環境が変化する中、個人が最適なキャリアを実現するためには、労働者に多くの雇用機会を与える流動的な労働市場が望ましいのです。
逆に、硬直的な労働市場では、労働者が希望する仕事を選択するのは容易ではなく、その結果、雇用機会が縮小、労働者が不利益を被ることになります。実際、IMFの調査研究は、硬直的な労働市場では、雇用率や労働参加率が低くなることを示しています。また、硬直的な労働市場は衰退産業から成長産業への雇用の再配置を妨げるため、生産性や経済成長にマイナスの影響も与えます。
さらに、労働市場流動性は経済政策の効果にも影響することがわかっています。公共投資などの財政政策は生産と雇用を増やすことが期待されますが、IMFの調査研究は、その効果は労働市場が流動的であるほど大きくなることを示しています。今後、経済のグリーン化を進めるうえで、公共投資の役割は重要になると考えられますが、その成功は労働市場流動性に左右されうるのです。
このように、経済環境が大きく変化する中では、流動的な労働市場が求められているものの、前章で確認したように、日本の労働市場は非常に硬直的です。
では、どうすれば労働市場流動性を高めることができるのでしょうか?

労働者の能力評価を適正に

質の高い流動的な労働市場を構築するのに、重要なのが労働者の能力評価です。
これまで日本の企業では、勤続年数や社内派閥などをもとに社員の昇格、昇給を決めることが多く、労働者がどのような能力とスキルを持っており、どのような成果を上げているかをしっかりと見てこない傾向がありました。つまり、労働の価値をその成果で評価してきませんでした。
しかし、今後は労働内容と質を公平に評価することが求められます。海外では、担当業務や各部門で目標を設定し、労働者を客観的に絶対評価する動きが強まっています。
    ・
労働成果に基づく報酬は労働者の生産性を高める可能性も指摘されています。『人事と組織の経済学』の著者として知られるスタンフォード大学エドワード・ラジア教授の研究は、成果に基づく給与が労働者の勤労意欲を高めることで、企業の生産性を大きく上昇させることをアメリカのデータを用いて示しています。

ジェンダー不平等の解消に向けて

また、女性が活躍する機会を拡大することが重要です。今や、女性のエンパワーメントは世界が取り組むべき大きな課題となっています。女性が活躍する機会を広げることは、社会的公平性の観点から大切だからというだけではありません。経済の成長と安定の観点からも女性のエンパワーメントは重要です。
IMFによる調査研究は、女性の労働参加を促進すると、これまでの想定以上に経済成長に大きく寄与することを明らかにしています。データは、女性と男性とが生産プロセスにおいて補完しあうことで経済的利益が生み出されることを示しています。この結果は、女性の労働参加は単に労働者数の増加を通じて経済成長を促進するだけにとどまらないことを意味しています。
効果を生み出す最大の理由は、男女で職場で発揮する能力やもたらす視点が異なるからです。例えば、リスクに対する姿勢は、男性が積極的なのに対して、女性は回避しようとする傾向にあります。また、女性の存在は、ピリピリした職場の雰囲気を和らげる効果があり、生産活動にプラスの効果をもたらすとされます。
    ・
しかしながら、他の先進国と比較すると、日本では女性の労働参加が進んでいません。日本の生産年齢人口の就業率をみると、2020年では男性83.9%に対して、女性は70.7%と、その差は約13ポイントとなっています。これは、G7の就業率の男女差の平均(約9.5ポイント)を大きく上回っています。
さらに就業していても、派遣労働やパートなど非正規雇用という女性が多いのが現実です。総務省労働力調査」によると、2020年の非正規雇用労働者のうち、約7割が女性です。また、ILOによると、日本の管理職に占める女性の割合は、2018年に12%で、世界平均の27.1%と比べてはるかに低くなっています。
男女間の賃金格差も大きな問題となっています。男性所得の中央値に対する男性と女性の所得中央値の差をみると、2020年に日本では22.5%となっており、これはOECD平均の12.5%を大きく上回り、韓国、イスラエルに次ぐ高さとなっています。
なぜ、日本では男女間の賃金格差がこのように大きいのでしょうか。理由のひとつは、雇用形態です。非正規雇用の約7割は女性です。非正規雇用正規雇用に比べてその賃金が低いため、非正規雇用用の割合が多い女性の平均賃金は男性よりも低くなります。ただし、男女間の賃金格差のうち、正規・非正規という雇用形態の差で説明できるのは4割弱にすぎないと指摘されています。男女間の賃金格差の大半は正規雇用における男女間賃金格差によって説明されるのです。
企業において女性幹部や管理職のシェアを高めるためには、単に女性枠を設けるという発想ではなく、女性幹部が企業にメリットをもたらすという実績を示し、その考えを定着させることが大切です。

男女間の賃金格差解消にむけて、2021年3月、EUは企業に男女間の賃金格差の情報を開示するように義務付け、違反企業には罰金を科す透明性を強化する法案を発表しました。

ESG(環境・社会・企業統治)投資が高まる中、こうした取り組みは男女間の賃金格差を解消するのに一定の効果があると考えられます。長期的に男女間の賃金格差を縮小するためには、労働市場の流動化が有益です。労働市場が流動的になれば、市場メカニズムにより、労働成果と賃金が一致するようになり、賃金格差は解消されます。