じじぃの「科学・地球_428_アルツハイマー征服・アルツハイマー病遺伝子を探せ」

著者と語る『アルツハイマー征服』下山進氏 2021.1.27

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=UJkpwPqztEY

トランスジェニック・マウス


アルツハイマー病発症初期の病態を示す新たなモデルマウスを開発

2019/11/22 産総研
アミロイドβタンパク質のオリゴマーのみが神経細胞内に作られるモデルマウスを開発
アルツハイマー病発症初期の病態モデルとして詳細な発症メカニズムの理解へ貢献
・初期の認知症の予防や進行を抑える新規創薬候補物質の探索に利用可能
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2019/pr20191122/pr20191122.html

アルツハイマー征服』

下山進/著 角川書店 2021年発行

第3章 アルツハイマー病遺伝子を探せ より

  東京・小平の新設の研究センターの田平武のもとを訪れた患者は若年性アルツハイマー病だった。「夫の親戚には同じ病気の人が大勢います」。その患者は、青森の長身の一族だった。

その背の高い患者は、何も言われなければ、前線で働く普通のビジネスマンに見えた。しかし、話をするとすぐにおかしいことがわかる。同じ話を何度も繰り返し、こちらの言うことを理解していない。
妻が夫を病院につれていこうと思ったのは、朝、会社にでかけて「道がわからない」と戻ってきてしまったことがあったからだった。
1978年に東京都小平市にできた国立武蔵療養所神経センターは臨床と研究が一体になった最新鋭の施設だった。田平武はそこで診察をしながら、アルツハイマー病を研究の対象としていた。
「いつごろからおかしいと思われていましたか」
こう田平が聞くとその男性の妻は、「そう言えば、おととしぐらいから同じことを何回も言うようになりました」と言った。
カルテに「39歳で発症」と書き込む。
MMSEという認知症の程度をはかるテストをすると、20点。24点以上が正常。20点未満を中程度の認知低下とするから境界線であった。
続いてその妻が発した言葉に、田平ははっとして、ペンを止めて患者の顔を見た。
「おなじような病気の人が主人の親戚にはいっぱいいます」
これは家族性アルツハイマー病かもしれない。
その男の郷里は青森にあった。背が高い美男、美女の一族だと言う。

違うアミロイド系疾患からたどる

1990年代に入る頃には、世界の研究室で困惑が広がっていた。何十もの家族性アルツハイマーの家系が分析されたが、突然変異は21番染色体には見つからなかった。
アミロイドβを産出する元の物質APPをコードしている遺伝子は21番染色体にある、とすれば、家族性アルツハイマー病の突然変異はこの周辺にあるはずではないか。
突破口は、アルツハイマー病とは違う遺伝性のアミロイド系疾患からもたらされた。この疾患では、アミロイドが脳血管に損傷を与えて、50代から60代で脳出血を起こして死ぬ。ベルギーのアントワープ大学の女性の研究者、クリスティーヌ・ファン・ブラックホーフェンは、この非常に稀なアミロイド性疾患「オランダ型遺伝性アミロイド出血性脳症」に注目していた。
この家系の生存者の血液サンプルと死者の脳からの血液サンプルを解析すると、89年から90年の冬には、21番染色体に連鎖があることがわかったのである。
あとは突然変異の箇所をみつけるだけだった。ブラックホーフェンは、連鎖を報告する論文を『サイエンス』に提出するころには、突然変異を見つけていた。この突然変異自体は、タッチの差で、ニューヨークの別の研究者が先を越して、その発見の栄誉によくすることになるのだが、ブラックホーフェンは重要な示唆を親しい研究者に与えていたのだ。
アルツハイマー病の突然変異はこの「オランダ型遺伝性アミロイド出血性脳症」で見つかった突然変異の近くにあるかもしれない。
英国のジョン・ハーディーの小さな研究室は、このアドバイスをうけ、ライブラリーの家系の21番染色体上の同じ位置を調べたのである。
すると、ついに見つかった。APP遺伝子の中の、「オランダ型遺伝性アミロイド出血性脳症」の突然変異から、約70塩基離れた箇所に、突然変異を見つけたのだ。
正常であれば、この位置にC(シトシン)があるはずだったが、その家系の遺伝子では、これがT(チミン)に置き換わっていた。
    ・
1991年2月、ハーディーの研究室が見つけた突然変異が、『ネイチャー』に掲載されると、全世界のマスコミは一斉にトップニュースとして取り上げた。ニューヨーク・タイムズは、「アルツハイマー病の原因遺伝子を発見」と一面でとりあげた。

病気のメカニズムがわかる

ハーディーの研究室がライブラリーにある22の家系を調べても、今回見つかった突然変異を見つけられなかった、ということは、別の突然変異で起こる家族性アルツハイマー病があるということだった。
弘前大が調査した青森の家系も、この別の突然変異によるものだと考えられた。
しかし、なぜ、家族性アルツハイマー(多くが若い時期に発症する若年性アルツハイマー病である)の突然変異を探すことが重要なのだろうか?
遺伝性ではないと考えられるその他の多くの孤発性アルツハイマー病も、遺伝性のアルツハイマー病も、病気が起こるプロセス自体は同じはずだ、つまり遺伝性アルツハイマー病の突然変異を特定することで、病気が起こるメカニズムがわあるということになる。
事実、老人斑つくるアミロイドβを産出するもとの物質APPをコードする遺伝子の中からこの突然変異が見つかったということは、アミロイドβアルツハイマー病の原因として大きな役割を果たしているということの有力な状況証拠となる。神経原線維変化(PHF)の突然変異ではなく、まず家族性のアルツハイマー病で見つかったのは、アミロイドの関する突然変異だった。
そのことは、製薬会社が狙う創業のターゲットができるということと同じだ。この突然変異が、果たす役割(後に、健常な人と比べて、異常な速さでAPPからアミロイドβが生涯にわたって切り出されていることがわかった)がわかれば、そこをターゲットにして薬を創ることができるというわけだ。
すでに、この病気では、実際の「痴呆」の症状があらわれるようになる10年から20年前から、患者の脳内では、アミロイドβの蓄積が始まり、神経原線維変化(PHF)が細胞内にたまってきていることがわかっていた。この病気のリスクがある人が予防のために薬を毎日飲むとする。そうなると、全世界における薬の需要は莫大なものになる。こうした計算がなりたった。
さらに重要だったのは、ハーディーの発見によってトランスジェニック・マウスがつくれるかもしれない、という期待が高まったことだ。
その頃までには、突然変異の見つかった他の病気では、その遺伝子をマウスの受精卵に注入することで、そうした病気の症状を呈する「トランスジェニック・マウス」がつくられていた。「トランスジェニック・マウス」は創薬の「聖杯」だ。このマウスで薬が効くかどうか、副作用はどうかを人間で確かめることができる。
ハーディーの論文が掲載されると、世界中の製薬会社と、研究室がこの突然変異を注入したアルツハイマー病のトランスジェニック・マウスをつくることに挑み始めた。
それをつくることができれば、この病気を克服する大きな助けとなるだろう。