じじぃの「科学・地球_432_アルツハイマー征服・トランスジェニック・マウス」

Photomicrographs of tg mouse (A and C) and human (E and G)


Photomicrographs of tg mouse (A and C) and human (E and G) Alzheimer's...

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Photomicrographs of tg mouse (A and C) and human (E and G) Alzheimer's disease plaques stained with thioflavin S and examined by fluorescence microscopy (A-D) or stained using the Campbell-Switzer silver method and examined by bright-field microscopy (E-H).
https://www.researchgate.net/figure/Photomicrographs-of-tg-mouse-A-and-C-and-human-E-and-G-Alzheimers-disease-plaques_fig3_232291886

アルツハイマー征服』

下山進/著 角川書店 2021年発行

第7章 ハツカネズミはアルツハイマー病の夢を見るか? より

  ハーバード大学のデニス・セルコーが設立した神経疾患専門の医療ベンチャー、アセナ・ニューロサイエンス。ついにトランスジェニック・マウスの開発なるか?

アルツハイマー病の研究に巨額の予算がつく1980年代に入るとアカデミックばサークルにいる研究者たちは、自己が分裂するようなジレンマに襲われた。大学においては、実際の製薬など営利目的の研究はできない。しかし、自分たちの研究は実用化されてこそ、人々を救うことができる。基礎研究とともに、応用研究もできないものだろうか。
こうして大学でアルツハイマー病の研究を続ける何人かは、自らがベンチャー製薬企業を出資によっておこし、実用面での研究もカバーしようとした。
ハーバード大学のデニス・セルコーはその代表ともいえる研究者だった。ケビン・キンセラという実用家が、サンフランシスコのベイエリアで、アルツハイマー病の治療薬の開発をめざす会社を立ち上げないか、とセルコーに80年代の半ばに話を持ってきた時に、一も二もなく飛びついた。ハーバード大学ではアルツハイマー病の基礎研究はできても、治療薬の開発はできない。
セルコーは、この新しい会社のために、科学者をリクルートする。まず最初にラリー・フリッツという科学者をリクルートした後、その友人のデール・シュンクという男にコンタクトした。心臓を中心とする循環器系を専門とする科学者だったが、ボストンからサンフランシスコ国際空港へ飛び、その空港内のカフェで面接した。カフェに赴くと、ポケットチェスで1人チェスをしている男がいる。それがデール・シュンクだった。そのチェスの腕前と同様素晴らしく頭のいい男で、すでにいろいろなことがわかっている心臓よりも、ほとんど未解明である脳、特にアルツハイマー病の研究に強い興味をもっていた。その場で採用を決めた。
ケビン・キンセラハーバード大学のデニス・セルコーが西海岸に起こしたベンチャー製薬会社はアセナ・ニューロサイエンスと名付けられる。1987年にスタートアップした同社は、90年代、アルツハイマー病研究を前に進める大きな2つの仕事をすることになる。
ひとつが、これまでどうしてもできなかったアルツハイマー病のトランスジェニック・マウスを世界で初めて開発したこと。そしてもうひとつは、その後のアルツハイマー病の治療薬の開発を根本から変えることになるワクチン療法の発見だった。
セルコーが見こんだデール・シュンクは、どこに出張する時もかならずポケットチェスを携えていて、チェスをしている。そのチェスは、定石から外れるような手で切り込んできて相手を唸らせたが、科学に対するアプローチも同じだった。その天才性がワクチン療法という誰もが思いもよらなかったアプローチを見つけることになるのだが、この章では、まずそのワクチン療法を可能にしたトランスジェニック・マウスの話をしよう。

潰れかかった会社からの情報

トランスジェニック・マウス開発の端緒をつくったのは、デール・シュンクが採用を決めたドラ・ゲームスという女性の科学者だった。
ゲームスはカリフォルニア大学のUCバークレー校で、解剖学の博士課程にいた時に、スカウトされる。
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イグザンプラーという東海岸にある医療系ベンチャーが倒産し、そこで開発していたマウスがある、という話だった。イグザンプラーもまた、アルツハイマー病遺伝子が発見されたことをうけて、トランスジェニック・マウスを作成しようとしていたが、ついに作ることができず、資金が続かなくなり、倒産となったのだという。
アルツハイマー病以外にも様々な病気のトランスジェニック・マウスをその会社は作ろうとしていたが、会社を清算するにあたって、その中で価値のあるものがあれば、買わないかと、国中の製薬会社に連絡をしていた。
ゲームスはイグザンプラーが送ってきたデータ・パッケージのなかに興味のあるマウスのデータをひとつみつけた。イグザンプラーの科学者たちは、ジョン・ハーディーが1991年に見つけたAPP717の突然変異をもった人の遺伝子をマウスの受精卵にマイクロインジェクションし、トランスジェニック・マウスをつくろうとしていた。しかし、データの注意書きには、「解剖して脳を見たが、アルツハイマー病の症状である老人斑や神経細胞の変化は見て取ることができなかった」とあった。
データ・パッケージにはそのマウスの「ウエスタン・ブロット」が入っていた「ウエスタン・ブロット」とは、脳のサンプルのタンパク質を抗体で染め出したものだ。
この時、アセナ・ニューロサイエンスは、人間のAPP(アミロイド前駆体)から切り出されるアミロイドβを識別する抗体B5を開発し持っていた。アミロイドβの中の分子量が多いアミロイドβ42は固まりやすくそれが集まって老人斑となる。
そのデータ・パッケージには、アセナ・ニューロサイエンスが特許を持っているはずのその抗体B5を使って「ウエスタン・ブロット」を調べたデータが入っていた。
そのデータを読んだ時、ゲームスははっとした。このバンドの染まり方は、この「ウエスタン・ブロット」にアせナの抗体が反応した。つまりこのマウスの脳に、人間のAPPから切り出されたアミロイドβがあるということを意味するのではないか。
ゲームスは最初まさかと思ったという。しかし、はっきりとアセナの持つ抗体にその「ウエスタン・ブロット」は反応していた。ここから先は、実際の生きているマウスを入手し、その脳を解剖して、実際に見てみないことにはわからない。
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1991年末に起こったネイチャーでの捏造事件以来、科学コミュニティーで、アルツハイマー病のトランスジェニック・マウスはそもそも作るのが不可能なのではないか、と考える科学者も多くなっていた。その理由はいくらアルツハイマー病遺伝子が発見されたからといっても、人間では、アミロイドβが堆積し、老人斑になり、やがて神経原線維変化(PHF)ができて、神経細胞が死んでいく、この変化に20年がかかるのだ。20年かかる変化を数年の寿命のマウスで再現すること自体が無理なのではないか。
そうした不安があったが、新興企業のアセナ・ニューロサイエンスはリスクをとることで大手を凌駕できると信じていた。
こうしてアセナ・ニューロサイエンスは、わずかな証拠をもとに、イグザンプラー社自体を買うという賭けにでる。目的は、ハーディーの見つけたアルツハイマー病遺伝子を持つマウスの確保だ。

1匹200万ドルのマウス

が、ハーディーが望んだようにこのマウスは、科学界に提供されることはなかった。アセナ・ニューロサイエンスは、ついに手にいれた「聖杯」を、自らの手だけにおいておくことによって、競合他社への優位性を得ることを望んだのだった。
96年にはそうしたアセナ・ニューロサイエンスに対して批判が集中した。
アセナ・ニューロサイエンスは、渋々と、マウスを大学の研究者に限ってだすようにはなったが、マウスのメスを供給することはなかった。慎重に申し出を吟味したうえで、生殖腺をとりさったオスのマウスのみを送った。
後に、ミネソタ大学のカレン・シャオがひきいるチームがやはり同様のAPP遺伝子の突然変異を組み込んだマウスを開発した。シャオとミネソタ大学はメイヨー・クリニックにその権利を売った。メイヨー・クリニックは学術的研究であれば、マウスを、実費で世界中どこでも提供した。製薬会社のどの利益目的の利用についても、一定の値段で提供した。その値段は、1匹、200万ドル(約2億円)とも言われた。が、アルツハイマー病の治療薬が開発できれば、そこでの年間売り上げは、1兆5000億円とも換算されるから、製薬会社にすれば安いものだった。
1996年、3月にアセナ・ニューロサイエンスを6億ドルで買収したアイルランドの製薬会社エランは、そのメイヨー・クリニックを特許権を侵害しているとして99年に提訴することになる。
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確かに、「聖杯」をアセナそしてエランが独占したことは、ある大きな成果をアセナそしてエランにもたらすことになる。
2000年代以降のアルツハイマー病治療開発の大きな柱となる「ワクチン療法」をこのマウスを使って発見するのだ。
アルツハイマー病患者に、アミロイドβを筋肉注射し、抗体をつくりだすことによって脳内アミロイドβを分解・消失させる。
こんな一見突飛なアイデアを思いついたのは、チェスの名人でアセナ・ニューロサイエンスのリードサイエンティストだったデール・シュンクだった。