じじぃの「脳・前頭連合野・自我(私)は常に変化する?バカの災厄」

Descartes' Mind-Body Dualism

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=2aJV8cjl_80

脳の細胞の集団がつくる機能


【こころって何?】脳のしくみついて vol.10

2021-02-12 介護ラボ
脳は、直接情報の伝達にかかわる神経細胞ニューロン)と、神経細胞を支えるための神経膠細胞(グリア細胞)から成り立っています。
https://kanalog-kaigo.com/2020/06/23/vol-10/

『バカの災厄』

池田清彦/著 宝島社新書 2022年発行

第1章 バカとは何か より

自我は常に変化する

それから認知症になると、痛みもあまり感じなくなる。認知症の人とそうでない人がともにがんの末期になると、認知症じゃない人は「痛み止め」をすごく欲しがるけれど、認知症の人はよほどじゃないと痛み止めを欲しがらないということがわかっている。認知症になるとそういう点じゃあ、少し幸せかもしれないね。
犬や猫も「死」が存在すること自体は認識しているようだ。周囲の動物が死んで動かなくところを見ているわけだから、ただ、自我がないので、その「死」が「自分」とは結びつかない。自分が死ぬっていうことがどういうことか、よくわかっていないんだと思うね。

では、私たちの行動に大きな影響を及ぼす「自我」というのは、どこにあるのか。「われ思う、ゆえにわれあり」で有名なデカルトは、自我は脳の松果体(しょうかたい)というところに局在すると主張した。この考えは現在では否定されているが、自我が脳のどこかに局在するという考えを支持する研究者は多い。脳科学者の澤口俊之氏は『「私」は脳のどこにいるのか』(ちくまプリマ―ブックス)と題する名著のなかで、自我は前頭連合野(ぜんとうれんごうや)に局在していると主張している。
局在というのは、ただそこに静的に存在しているということではなく、前頭連合野ダイナミックプロセスの結果、そこに生じるという意味である。
澤口氏の説では、前頭連合野にたくさんある神経が神経が互いに電気信号を送り合いコミュニケーションをとりながらダイナミックに働いていてそのプロセスの結果が「自我」ということだと言う。脳神経が互いに働くことで、「私は私だ」という意識が誕生しているというわけだ。
もしそれが事実だとすると、このことは私たち人間に非常に大きな問題を突きつける。それは、ほとんどの人は気づいていないけれども、「自我」というのは常に変化している、ということなんだよね。

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どうでもいい、じじぃの日記。
デカルトの二元論(物質と精神)は分かりやすい。
デカルトは脳の松果体を「魂のありか」と呼び、物質と精神が松果体を通じて相互作用するとした。
最新の研究では、「私」は脳の前頭連合野に局在しているらしい。

「澤口氏の説では、前頭連合野にたくさんある神経が神経が互いに電気信号を送り合いコミュニケーションをとりながらダイナミックに働いていてそのプロセスの結果が「自我」ということだと言う。脳神経が互いに働くことで、「私は私だ」という意識が誕生しているというわけだ」

しかも、40歳の時の私と、70歳の時の私というのは、もはや「別人」と言っていいほど変わり続けている、とのこと。
この本の著者は、自分の考えていることがこの世界におけるただひとつの真実だと信じ込んでいる人を「バカ」と言っている。
バカは死んでも治らない、とか。
トホホのホ。