じじぃの「科学・地球_424_始まりの科学・第2人類の始まり」

NEVER LET ME GO | Official Trailer | FOX Searchlight

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=sXiRZhDEo8A


Nobel Winner Kazuo Ishiguro's ‘Never Let Me Go’ Predicted the Gene Editing Debate

Kazuo Ishiguro is a Silicon Valley skeptic, a science fiction writer who publicly pissed off Ursula Le Guin and, as of this morning, a winner of the Nobel Prize in Literature.
In a news release announcing the decision, the Swedish Academy praised Ishiguro's "novels of great emotional force," which have "uncovered the abyss beneath our illusory sense of connection with the world." In his 2005 novel Never Let Me Go, Ishiguro examined how science, specifically genetic engineering, could shake the foundations of our society, asking how the world will look when we are no longer born as equals.
https://www.vice.com/en/article/bjvad3/kazuo-ishiguro-nobel-prize-crispr-never-let-me-go-gene-editing

デザイナーベビー

ウィキペディアWikipedia) より
デザイナーベビー(designer baby)とは、受精卵の段階で遺伝子操作などを行うことによって、親が望む外見や体力・知力等を持たせた子供の総称。
親がその子供の特徴をまるでデザインするかのようであるためそう呼ばれる。

デザイナーチャイルド(designer child)、ジーンリッチ(gene rich)、ドナーベビー(donor baby)とも呼ばれる。

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『【図解】始まりの科学―原点に迫ると今がわかる!』

矢沢サイエンスオフィス/編著 ワン・パブリッシング 2019年発行

パート13 ”第2人類”の始まり――人類の進化か、それとも退化? より

カズオ・イシグロの小説の主人公たち
2017年にノーベル文学賞を受賞したカズオ・イシグロの小説に『わたしを話さないで』(原題『Never Let Me Go』/早川書房)がある。
登場人物は、遺伝子工学の技術”ヒューマン・クローニング(人間複製)”によって生まれた若者たちだ。彼らは最初から生殖能力を除去されて誕生し(生産され)、その一生は自らの臓器を提供して誰かの命を救うためのみである。つまり「ドナー(臓器提供者)」としての役割とそれを終えるまでの命しか与えられていない。
この本を読んだ読者は、これは許しがたい非人間的行為だと思うかもしれない。自分自身をそのドナー人間の宿命と重ねてみれば当然のことだ。
だが作者がここで描いている小世界はまったくのサイエンス・フィクションでもハリウッドのホラー映画でもなく、ほぼ現実である。というのも、すでにブタの体内で人間の臓器をつくらせ、それを患者に移植することが当たり前の医療になっているからだ。さしあたり移植に人間の臓器を用いることが厄介なら、まずブタにその役目をやらせればよい――
そこには、人間の医療の名のもとならブタ(知能が非常に高い)をどのように利用したり殺したりしても気にしない人間のエゴや傲慢が丸見えである。ロシアやニュージーランドのではすでに何百例ものブタを犠牲にした移植が報告され、2019年には日本でも始まるらしい。イシグロの作品はこうした行為を人間社会の陰鬱な日常として描いている。
人間のドナー(臓器提供者)から病気の人間へ、ブタから人間へと臓器移植が頻繁に行われる時代がすでに現実なら、明日の人間世界はどうなるのか?

事の始まりは、遺伝子操作、遺伝子組み換え、ゲノム編集などと生命科学の出現である。これらは30数億年前に原初の生物が自ら生み出した遺伝子の本体(DNA)を、人間が紙切り細工のごとく切ったり貼ったりする研究や技術のことだ。研究者たちはそのことの行き着く先をさして考えることなく、血道をあげて先を争っている。たとえ医療とか食糧増産とかの名分を掲げても、この研究は人間の好奇心や名声欲や金銭欲に深く根づいている。
ちなみに、遺伝子を操作して生み出された生物は「GMO」と呼ばれる。遺伝子組み換え生物(Genetically Modified Organism)の略だ。
すでに2018年末、中国・南方科技大学のフー・ジェンクイ(賀建奎)という研究者がこの技術を使って受精卵を”編集”し、双子を誕生させたと報じられた。当初事実関係に疑念をもたれたものの、2019年になって事実が確認されたばかりか、彼はこの双子の事例以外に別の女性もゲノム編集した受精卵で出産したと公表した。なぜ国際的な批判を承知で実行したのか? 彼は答えている――「名声と経済的利益のため」。他の研究者なら生命医学への貢献などと言うところを、少なくとも彼は露骨なまでに正直だ。世界には彼以前に同じことを実行しながら公表していないケースもありそうである。
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生まれ来る人間に医療の名のもとにこうした手を加えることは生命の冒涜であり、”あるべき人間の道(倫理)”に背く悪魔的所業だと見ることは容易である。だからこそ、人間に対する遺伝子操作や誰かのコピーである”クローン人間”の作出は、WHO(世界保健機構)などによって規制されてもいる。

●”第2人類”の時代がくる
この問題は20世紀末にはすでに現実となっていた。その象徴的出来事は1997年にイギリスで生み出されたメスのヒツジ「ドリー」である。ドリーはおそらく世界初の完全なクローン動物であった(6歳で重い肺疾患を発症し安楽死させられた)。
この頃、アメリカ、プリンストン大学生物学者リー・シルバーが議論を呼ぶことになる本を著した。タイトルは「リメイキング・イーデン」、つまり「エデンの園を再現する」というものだ。副題に「遺伝子工学とクローニングがアメリカの家族をつくり変える」と書いてあった。

シルバーの議論は衝撃的である。それは遺伝子工学が広がってふつうよりすぐれた人間としてのいわゆる”デザイナーベビー”(デザイナーチャイルドとかジーンリッチなどとも呼ぶ)が次々に生まれるようになると、いずれ彼らは読者や筆者のようなふつうの人間とは別の社会集団をつくるようになるというのだ。

彼はデザイナーベビーやクローン人間を生み出す技術を「リプロジェネティクス(生殖遺伝子工学)」と呼び、決して否定的な意味で用いていない。個人レベルの積極的な優生学的行為と位置づけているのだ。
冒頭の作家カズオ・イシグロもシルバーを後追いするように、イギリスの新聞ガーディアンのインタビューでこう述べている――「われわれは、他人よりすぐれた人間をつくり出せる転換点のすぐ近くにやってきているのです」

●ふつうの人間と生殖できない人々
遺伝子操作は、大自然が何十億年もの時間をかけて無理せずにゆっくりと進化させてきた生物を、人間が人工的かつ瞬時に改変する行為である。この現実を前にしたわれわれは、明日はいったいどんな動物や人間が試験管やシャーレの中から登場させられるのか不安になる。
逃れがたいひとつの未来予測は、遺伝子操作で生まれた”ふつうよりすぐれた人間”が社会の中に増加していくことである。外見も知能も並よりすぐれている彼らは(他方で遺伝疾患を抱えている可能性もある)、ふつうの人々とは異なる”新たな社会階級”を形成し、彼らの中だけで生殖してさらにすぐれた子孫を生み出す。これをくり返すうちに、彼らはふつうの人々とは異なる人間集団、真の”新人類”または”第2人類”となっていくかもしれない。
あるいは彼らは自らの集団の性染色体を操作し、もはや従来の人間との間で生殖できないようにするかもしれない。ヒトがかつてゴリラやチンパンジーなどの類人猿から枝分かれして別の種になったように、彼らがヒトとは別の種へと分岐する時代の到来である。そこでは社会上層の役割や仕事はもっぱら第2人類が占有し、下層の仕事や役割がわれわれやその子孫、すなわち第1人類に回ってくる。
いま世界中の研究者が争って遺伝子組み換えに取り組んでいるとき、社会がその流れにブレーキをかけることは不可能である。これを規制しようとする国際機関のルールや各国の国内法はほとんど無力である。メディアは「倫理的疑問が残されている」などと書くが、そうした観念的基準とは何かについて誰も答えをもっていない。
遺伝子操作で生まれた子どもの外見がふつうと変わっているわけではなく(見た目がいいかもしれないが)、当事者が公表しないかぎり誰もその子どもがデザイナーベビーか否かを見分けることはできない。すぐれた資質をもっていても先天異常を内包していても、本人さえ確認することはできないであろう。
リー・シルバー教授が予言しカズオ・イシグロがその小説で描き出したように、デザイナーベビーやクローン人間はまもなく、高波がひたひとと押し寄せるように増えていき、ついに第2人類を形成するときがくると予想しておくのが現実判断というものであろう。