じじぃの「歴史・思想_228_人工培養された脳・ヒト培養の未来・デザイナーベビー」

Genetic Engineering Will Change Everything Forever - CRISPR

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=jAhjPd4uNFY

Green eyes: The most attractive eye color?

『人工培養された脳は「誰」なのか』

フィリップ・ボール/著、桐谷知未/訳 原書房 2020年発行

おぞましい子孫――ヒト培養の未来 より

ここで思い浮かべるのはおそらく、体外受精時代の最も悪名高い怪物ハクスリー風(小説『素晴らしき新世界』)の悩みの種であるデザイナーベビーだろう。1960年代後半にそのテクノロジーが研究され始めると、《タイム》誌のメディカルライター、ディヴィッド・ローヴィクは生殖生物学者E・S・E・ハーフィズの見解に基づく未来をこう描写した。
  [彼は]こんな未来を予測している。おそらく今後10年か15年のうちには、妻が特別な種類の市場をぞろぞろ歩いて、きのう凍結さsたしなぞろえ豊富な胚のなかから自分の赤ちゃんを選べるようになるだろう。遺伝的欠陥はまったくないことが保証され、性別、目の色、推定知能指数、その他はラベル上に詳しく書かれている。製品がどんな姿に成長しそうかを描いたカラー画像も、包装の外側に貼られているかもしれない。
これまでと同じく、過去を振り返ってみると、現代の恐れを広い視野で眺められる。この40年間でデザイナーベビーに対する世間一般の商業的にゆがめられたイメージがほとんど変わっていないことと、実現に向けた進歩がほとんどないことの両方に驚かされる。
前提はこうだ。1970年代以降、ゲノムを編集することが可能になった。遺伝子を意のままに、ときにはまったく異なる種から切り取ったり挿入したりすることができる。だとしたらなぜ、人工授精胚をつくって、その遺伝子を操作し、生まれてくる子どもの形質を変えたり改善したりできずにいるのか?
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DNAに使える分子ハサミとスプライサーは、何十年も前から存在する。その仕事に適した能力を持つ天然の酵素があるのだ。しかし、2012年、主に生化学者のエマニュエル・シャルパンティエ、ジェニファー・ダウドナ、フェン・チャンによって開発されたCRISPRと呼ばれる技術が、ゲノムの的を絞って編集する際の正確性で、この分野を一変させた。CRISPRは、Casタンパク質と呼ばれるバクテリア内の天然のDNA切断酵素ファミリーを利用して、遺伝子の的を絞り、編集する。通常はCas9と呼ばれるものが使われるが、ほかのCasタンパク質にも特殊化された利用法が見つかりつつある。バクテリアは、病原性ウイルスに対する防御策としてこれらの酵素を進化させてきた。酵素は、ウイルスがバクテリアのゲノムに挿入した外来DNAを認識し、取り除くことができる。標的となるDNA部位は、Cas9とともに運ばれる”ガイドRNA”分子によって認識される。DNAの塩基配列が、RNAの配列の相補となっているからだ。つまり、RNAが、DNA切断Cas9酵素を導いて、特定の配列――RNAにあらかじめ書き込んでおいたあらゆる配列を切り取らせる。
CRISPRは、以前の遺伝子編集技術よりもはるかに正確で、しかも安価だ。
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つまり、知能や音楽的才能などの特質の遺伝的基盤は、ゲノムじゅうにあまりにも薄く広がっているので、計画に合わせて編集できない。何百、おそらく何千もの遺伝子を操作する必要があるだろう。費用と実用性はさておき、そこまで広範囲にわたるゲノムの書き換えは、たくさんのエラーを引き起こす可能性が高い。また、そういう遺伝子すべてにはほかの役割もあるので、あなたの推定上の小さな天才がほかにどんな特質を持つことになるのかは保証されない。鼻持ちならない反抗的で怠惰な子になるかもしれない。「デザイナーベビーをつくることは、テクノロジーではなく、生物学によって阻まれている」アトランタノエモリー大学の易学者セシル・ジャンセンズは言う。「ありふれた形質や病気の起源はあまりにも複雑に絡み合っているので、不要な影響を惹き起こさずにDNAを改変することはできない」しかもすべては、そこまでしても失望に終わるかもしれない結果を得るためだ。”上位10パーセントのIQ”遺伝子を持つ人たちの正規分布の末端は、波の領域に入っている。
残念ながら、そういう”多数遺伝子”疾患も同じだ。ゲノム編集は、嚢胞性線維症などの重い単一遺伝子疾患の除去には役立つかもしれないが、おそらく心臓病の遺伝的傾向にはあまり助けにならないだろう。
では、デザイナーベビーはメニューから外されるのか? そうでもない。
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世間が空想するデザイナーベビーに少しでも似ているものがあるとすれば、まずは遺伝子操作ではなく、胚の選別が挙げられるだろう。「遺伝子編集で達成できるほとんどすべてのことは、胚の選別で達成できる」ハーバード大学生命倫理学者ハンク・グリーリーは言う。
しかし、着床前遺伝子診断(PGD)による赤ちゃんの”デザイン”は、今のところ魅力に欠けるうえに、あまり効果がないように思える。採卵は侵襲的で痛みを伴い、卵子産生を促すためにホルモンを投与したあと、ひどく不快な外科処置で採取する必要がある。しかも、たくさん卵子が採れるわけではない。通常の対外受精周期で採取できるのはおそらく6~15個で、そのうち約半分が生体外で受精卵となり、着床に適した外観の胚に育つようだ(たいていは1個か2個のみが子宮に戻される)。あまり選択肢は多くない。しかも胚着床の成功率は通常、いまだによくても30パーセント程度にすぎない。この手法は肉体的にも精神的にもひどく過酷で、高価でもあり、2018年現在のイギリスでは、ふつう1周期に三千~五千ポンドかかる。
そういうわけで、今のところ、必要でないかぎり誰も対外受精を選ぼうとはしない。どんなに創造力をたくましくしても、ヒトをつくる楽しい方法ではないからだ。しかし、それが変るかもしれないと考える人もいる。対外受精が信頼できる、安価な、比較的痛みの少ないものになるとしたら? そして、どの赤ちゃんが欲しいかを決められるとしたら?