じじぃの「科学・地球_407_退化の進化学・耳の中にサメの顎」

メッケル軟骨. 下顎の形成のための一時的な軟骨


発生学5 頭・頸部

2016-06-27 医学部生のノート公開~シケプリ対策
●鰓弓
第1鰓弓 口裂をはさんで上顎隆起と下顎隆起を形成する。上顎隆起からは上顎骨や頬骨などが生じ、下顎隆起は後にほとんど消滅するメッケル軟骨を形成し、それから上方ではキヌタ骨・ツチ骨を下方では下顎骨などが生じる。また、第1鰓弓は顔面の真皮にも寄与し、上顎・下顎とともにそれぞれに三叉神経の枝が分布する。
https://tio-jobtzp.hatenadiary.jp/entry/2016/06/27/104644

『「退化」の進化学―ヒトにのこる進化の足跡』

犬塚則久/著 ブルーバックス 2006年発行

第2章 上陸して――4億年前から より

耳の中にサメの顎

私たちの耳の中には体中でいちばん小さな長さ数mmの骨がある。ツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨の3つからなる耳小骨(じしょうこつ)で、それぞれ槌、砧、鐙の形に似ることに由来する。鼓膜の振動は、これら耳小骨を介して内耳の蝸牛(かぎゅう)に伝えられ、音として感じる。
哺乳類の耳小骨は3つだが、両生類と爬虫類では、アブミ骨にあたる耳小柱1つしかない。あとの2つの骨は顎(あご)の関節を構成している。じつはこの2骨、さらにその前のサメ(軟骨魚類)の時代には顎そのものだったのである。
そもそも顎は4億年も前のサメの先祖に初めて登場した。それ以前の段階では頭の甲(かぶと)の下側に開いた穴から水底の餌を吸い込むだけで顎がなかった。口を開閉するのは可動式の固い構造(顎)がいる。ではその顎はなにからできたのだろう。
魚の喉(のど)の脇にあるエラ穴(鰓孔)を支える軟骨は、アーチ形をしているところから鰓弓(さいきゅう)とよばれている。現生の無顎類のヤツメウナギには鰓弓がある。また古代魚の化石では顎の骨と鰓弓の形が一連のものにみえる。このことから前方の鰓弓の一対が顎に変わったというのは1つの考え方である。
サメの顎に代表される鰓弓は、脊椎動物の進化の過程でもっとも大きく変貌した器官である。サメの顎は上下とも軟骨からできている。次の硬骨魚類の頭部では皮膚の下にあらたに骨ができる。これを皮骨性骨化といい、結合組織の膜の中にできるので皮骨(ひこつ)とか膜骨(まくこつ)とよぶ。皮骨は軟膏性の顎の周囲にできる。
爬虫類の顎は複数の骨からできていて、そのほとんどは皮骨である。サメの顎でつくっていた軟骨は後に追いやられていく。爬虫類のうち哺乳類へと連なる系統は化石がよくみつかっていて、下顎を構成するたくさんの骨のうち歯の生えている歯骨だけがどんどん大きくなり、ほかの骨が後に追いやられて縮小退化していく様子をたどることができる。

先にのべてように、爬虫類の耳小柱は哺乳類のアブミ骨にあたる。ほかの2つは爬虫類で顎の関節をつくっていた骨で、上顎の方形骨(ほうけいこつ)はキヌタ骨に、下顎の関節骨はツチ骨になった。

5億年前の無顎類の鰓弓という呼吸器官は、やがて上下顎という捕食器となり、ついには捕食類で耳小骨という聴覚器に変身したことになる。不要になったものを材料にして新たな機能をそなえていくという形態進化の好例である。

耳小骨はほんの数mmの骨である。しかし立派には伝音機能を果たしており、いかに小さくとも痕跡器官とはいわない。にもかかわらずここに登場したのにはわけがある。
ヒトの4週齢の胚子には顎の元になる顎骨弓(がつこつきゅう)が生じ、左右に軟骨の棒ができる。発見者にちなんでこれをメッケル軟骨とう。メッケル軟骨は後端が骨化してツチ骨となり、残りの大半は消えてしまう。つまりこれはサメの下顎軟骨と同じもので、4億年前のなごりがヒトの発生初期にはみられるということなのである。