じじぃの「科学・地球_387_進化の技法・ゲノムに宿るマエストロ・遺伝子スイッチ」

スペシャル人体Ⅱ 「DNAスイッチ」

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=MLVDFJOh2o4

人体遺伝子とDNA第2集DNAスイッチ


人体遺伝子とDNA第2集DNAスイッチ

ようこそ大阪府最南端の町へ
●第2集DNAスイッチ
約2万個のDNAすべてにオン、オフに
切り替わるスイッチがあると考えられている。
そのスイッチが地球上の環境変化に適応して切り替わることにより
この地球に存在するすべての生物が現在まで生き延びてきた。
https://momo51213.blog.fc2.com/blog-entry-5144.html

進化の技法 転用と盗用と争いの40億年 みすず書房

ニール・シュービン(著) 黒川耕大(訳)
生物は進化しうる。ではその過程で、生物の体内で何が起きているのだろうか。この問いの答えは、ダーウィンの『種の起源』の刊行後、現在まで増え続けている。生物は実にさまざまな「進化の技法」を備えているのだ。
本書は、世界中を探検し、化石を探し、顕微鏡を覗きこみ、生物を何世代も飼育し、膨大なDNA配列に向き合い、学会や雑誌上で論争を繰り広げてきた研究者たちへの賛歌でもある。
歴代の科学者と共に進化の謎に直面し、共に迷いながら、40億年の生命史を支えてきた進化のからくりを探る書。

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『進化の技法――転用と盗用と争いの40億年』

ニール・シュービン/著、黒川耕大/訳 みすず書房 2021年発行

第3章 ゲノムに宿るマエストロ より

「生命の神秘を解き明かしたぞ!」という、本当に言ったかどうか疑わしい大言を吐いて。フランシス・クリック(1916~2004)はジェームズ・ワトソンをケンブリッジのイーグル・パブに連れ込み、私たち人類をDNAの時代に連れ込んだ。翌1953年にこの発見を科学誌に発表した際には、言葉の調子がだいぶ変わっていた。ワトソンとクリックは、権威ある「ネイチャー」誌上で(後世の研究者が踏襲することになる)飾り気のないイギリス風の控えめな表現で論文を切り出した。2人いわく、その意見は「生物学的に見て大いに興味深い新しい特徴を備えて」いた。
パブでの大言と科学誌での発表でほのめかされていたのは、のちの世代の常識となった見解だった。2人は、DNAの構造を解明し、それが2本鎖としていること、その2本鎖がほどかれるとタンパク質やDNAの鋳型になることを明らかにした。DNAは、この機能を駆使して2つの驚くべきことを成し遂げている。それは、体づくりに関わるタンパク質を合成するための情報を保持することと、その情報を次世代に伝えることだ。
ワトソンとクリックは、ロザリンド・フランクリンやモーリス・ウィルキンズの研究を踏まえ、個々のDNA鎖を構成しているのが数珠つなぎになったある分子であることを突き止めた。この分子は「塩基」と呼ばれるもので、4種類が知られ、たいていA、T、G、Cの4文字で表される。1本のDNA鎖は最大で数十億個の塩基を持ち、AATGCCCTCといったように、4文字がいかようにも組み合わさって配列を構成している。
こんなことを言うとみじめな気持ちになるだろうが、ヒトのヒトたるゆえんの多くは、化学物質の鎖に並ぶ分子の順番で決まっている。DNAを情報保有分子とみなすなら、私たちは体内の各細胞に数百台のスーパーコンピューターを持っているようなものだ。ヒトのDNAは約32億個の塩基対から成っている。DNA鎖は数十本の染色体に分けれていて、グルグル巻きの状態で各細胞の核に収まっている。核内に詰め込まれいて、巻きつけを解いて伸ばせば1.8メートルほどの長さになる。ヒトの体にある数十兆個の細胞のそれぞれに、その1.8メートルの分子がきつく巻きつけられた状態で、極小の砂粒の10分の1の大きさになって収まっている。もしあなたが、体内の40兆個の細胞からDNAを取り出し、すべてつなげたら、そのDNA鎖は冥王星まで行って戻ってこられるほどの長さになるだろう。
妊娠の際に精子と卵が融合すると、その結果出来た受精卵は両親のDNAを持つ。そうして、遺伝情報は世代間を伝わっていく。

分子生物学革命

さらに気がかりだったのは、アラン・ウィルソン(ニュージーランド出身の数学者)が彼女に高度な実験をさせようとしていたことだ。エミール・ツッカーカンドル(オーストリア出身の生化学者)とライナス・ポーリングアメリカ出身、ノーベル化学賞受賞者)がタンパク質にういての初期の研究を行ってからというもの、多くの研究室が必死になって「どの原生の類人猿がヒトにもっとも近いのか」ということと、「その類人猿とヒトが枝分けれしたのはいつか」ということを解明しようとしていた。ウィルソンのチームは、答えを導くためには新しいデータをできるだけ多く集める必要があると考えていた。メアリー=クレア・キング(生化学者)は、ウィルソンの長年の流儀にのっとり、ヘモグロビンだけでなく、彼女が入手しうるタンパク質を片っ端から調べることにした。さまざまなタンパク質から同じシグナルが見つかれば、それは進化についてのかなり確かなシグナルになるはず。キングとウィルソンは、各地の動物園からチンパンジーの血液を、各地の病院からヒトの血液を譲ってもらった。実験作業をこなす能力がないなら、とにもかくにも獲得するしかない。チンパンジーの血液はすぐに固まってしまうので、すばやく作業をこなすか、それが無理なら新たな手法を開発するしかなかった。結局、彼女はその両方を成し遂げた。
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定期的な打ち合わせでは、キングがデータを示し、ウィルソンがその結果を例のごとく質問攻めにした。まるでバークレーにいるかのように、技術的な点を問い詰めた。しかし、ウィルソンが考えうるかぎりの指摘で攻め立てても、結果は揺らがなかった。ということは、ヒトとチンパンジーのタンパク質はアミノ酸の配列がほぼ同じということなのだ。しかも、その事実を物語っているのは、たった1つのタンパク質ではなく、40種類以上のタンパク質なのである。実は、キングは見当違いの研究をしていたわけではなかった。それどころか、遺伝子、タンパク質、そしてヒトの進化にまつわる重大な事実を明らかにしかけていたのだ。
キングは次にヒトとチンパンジーを他の哺乳類と比べてみた。すると、彼女の発見の重要性がはっきりしてきた。ヒトとチンパンジーをの遺伝的な類似性は、2種のネズミどうしの類似性よりも高かった。さらに外見上はそっくりな2種のショウジョウバエのほうが、ヒトとチンパンジーより遺伝的な違いが大きかった。つまりヒトとチンパンジーは、タンパク質や遺伝子のレベルではほとんど違いがないのである。
キングによる電気泳動で深遠な謎が露わになった。ヒトとチンパンジーの体のつくりの違いは、ヒトならではの特徴の最たるもの(大きな脳、二足歩行、顔・頭骨、四肢のプロポーション)も含めて、タンパク質やそれをコードしている遺伝子の違いに基づくものではなかったのだ。では、タンパク質やそれをコードしているDNAにはほとんど違いがないのなら両種の違いをもたらしているものは何なのか。キングとウィルソンには心当たりがあったが、当時はそれを検証する技術がなかった。

細菌が謎を解く

フランスのレジスタンス運動に参加した2人の生物学者フランソワ・ジャコブ(1920~2013)とジャック・モノ―(1910~76)は、大腸菌のゲノムが、諸々のタンパク質を適切な場所に適切なタイミングで合成するための生物版の”製法”であることを明らかにした。その要素は2つ。タンパク質をコードしている遺伝子と、遺伝子がいつ・どこで活性化するかを決めるスイッチである。2人はこの研究が評価され、1965年にノーベル医学生理学賞を受賞した。
ジャコブとモノ―がノーベル賞をもらってから数十年の間に、この2部構成のタンパク質製造工程があらゆる生物のゲノムに共通する特徴であることが分かってきた。動物も植物も真菌も、タンパク質をコードする遺伝子と、遺伝子のオン・オフを切り替える分子スイッチを持っている。

変化してゆくレシピ

私たちは今や、ゲノムの全域を調べて諸々の遺伝子やその制御領域の在りかを知ることができるほどの技術をもっている。制御領域はゲノムのあちこちに存在している。遺伝子の近くにある場合もあれば、Sonic hedgehogの制御領域のように。遠く離れた場所にある場合もある。多くの制御領域にその働きを管理されている遺伝子もあれば、制御領域に1つしか持たない遺伝子もある。どれだけ多くの制御領域がゲノムのどこに存在していようと、この分子機構が働く仕組みには一種の共通した優美さがあり、それはもはや神秘的と言えるほどのものだ。
新しい顕微鏡を用いれば、DNA分子をじかに観察することができ、遺伝子がオンになったりオフになったりする時に何が起きているかを知ることもできる。
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長さ1.8メートルのDNAの鎖は、ぎっしりと巻かれ、針の頭より小さくなっている。想像してほしい。そのDNAの鎖が100万分の1秒ほどの間に開いたり閉じたりし、のたくったりねじれたりしながら毎秒数千個の遺伝子を活性化している様子を。卵が受精し、成長して、私たちが成年期を過ごす間、遺伝子は絶えずオンになったりオフになったりする。ヒトはたった1個の細胞から始まる。やがて、細胞が増殖するとともに、種々の遺伝子が活性化されて細胞の活動を制御し、体内の組織や器官をつくり上げる。私がこの本を書いている間にも、あなたがこの本を読んでいる間にも、40兆個の細胞のすべてで遺伝子スイッチが入っている。DNAには多数のスーパーコンピューターに匹敵する演算能力がある。そうした指令に基づき、全部で2万個という比較的少数の遺伝子が。ゲノムに散在する制御領域を用いて、線虫、ハエ、ヒトなどの複雑な体をつくったり維持したりしている。この驚くほど複雑で動的な機構に起きる変異こそが、地球上の全生命の進化の原動力になっている。絶えず巻かれたりほどけたり、あるいは折り畳まれたりしている私たちのDNAは、さながらアクロバティックなマエストロであり、発生と進化をつかさどる指揮官である。
この新しい科学が、40年前にヒトとチンパンジーのタンパク質に違いを見いだそうとしたメアリー=クレア・キングの苦悩を物語っている。キングとウィルソンは当時すでに遺伝子スイッチの重要性を認識していた。
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遺伝子の働きを制御するスイッチに変異が起きると、実にさまざまな形で、動物の胚、あるいは生命の進化に影響がおよびうる。例えば、脳の発生をつかさどるタンパク質について、発現する期間が延びたり発現する部位が変わったりすれば、それまでよりも大きくて複雑な脳が誕生するかもしれない。遺伝子の働きをいじることで、新たな種類の細胞や組織、あるいはこの後見ていくように、新たな種類の体を生み出すことができるのである。