じじぃの「科学・地球_386_進化の技法・発生学の胎動・サンショウウオ」

【春の風景】エゾサンショウウオの産卵 Hynobius retardatus

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=s-K-pQdPouM

ヘッケルによる多様な胚発生の比較


進化の技法 転用と盗用と争いの40億年 みすず書房

ニール・シュービン(著) 黒川耕大(訳)
生物は進化しうる。ではその過程で、生物の体内で何が起きているのだろうか。この問いの答えは、ダーウィンの『種の起源』の刊行後、現在まで増え続けている。生物は実にさまざまな「進化の技法」を備えているのだ。
本書は、世界中を探検し、化石を探し、顕微鏡を覗きこみ、生物を何世代も飼育し、膨大なDNA配列に向き合い、学会や雑誌上で論争を繰り広げてきた研究者たちへの賛歌でもある。
歴代の科学者と共に進化の謎に直面し、共に迷いながら、40億年の生命史を支えてきた進化のからくりを探る書。

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『進化の技法――転用と盗用と争いの40億年』

ニール・シュービン/著、黒川耕大/訳 みすず書房 2021年発行

第2章 発生学の胎動 より

近代分類学の父と呼ばれるカール・リンネ(1707~78)は、その生涯を通じてあまたの動物や植物を研究した。彼の構築した分類体系に感情の入り込む余地はない。ただ1つの例外を除いては――。数千種類の動物を調べた中で、リンネが唯一軽んじ、あざけった動物がいたのだ。サンショウウオやイモリと言えば、目がくりッとしておとなしくて、大きな頭と四肢と長い尾を持つ生き物として子供たちにもおなじみだ。ところがリンネは、どういうわけか、それらのことを「汚らしくて忌まわしい動物」とみなし、「神がその御力をもって大量にされなくて」幸いだったとまで言い放っている。

アホロートル

ウォルター・ガースタング(1868~1949)はエルンスト・ヘッケル(ドイツの生物学者、「個体発生は系統発生を繰り返す」いう学説を唱えた)の考えを忌み嫌い、その学説を批判するうちに、生命史についての新たな考えを編み出すにいたった。ガースタングが長年追求したものは、酔狂に聞こえるかもしれないが、オタマジャクシと詩だった。幼生を研究していない時は、幼生を題材にして五行詩や短い詩を創作していた。ガースタングの熱意が1冊の本に結実したのは、彼が他界してから2年後のこと。『Larval Forms, and Other Zoological Verses(幼生形態と動物にまつわる他の詩)』の中で、自身の研究者人生を詩に落とし込んだ。
アホロートルとアンモシーテス」は、詩の題名としては冴えないものかもしれない。「アホロートル」はサンショウウオ、「アンモシーテス」はオタマジャクシに似た生き物を指している。しかし、この詩で表現された考えは、この研究分野を変革し、その後、数十年の研究を方向づけることになった。ガースタングの説のおかげで、オーギュスト・デュメリル(フランスの動物学者)の不思議な檻の中で起きた現象は解明され、さらに、この地球上に人類が誕生する契機となった変革のいくつかも説明された。ガースタングにとって、幼生という段階は成体にいたるまでの単なる回り道ではなく、生命史の所産と未来への可能性に満ちた段階だった。
サンショウウオの大半の種はその成長過程をもっぱら水中で過ごし、岩陰にいたり、小川の落枝にいたり、池の底にいたりする。その幼生は、幅の広い頭、小さなヒレ状の肢、幅の広い尾を持って孵化してくる。頭部の付け根からはまるで羽根ばたきの柄から羽根がふさふさと広がるように、一群のエラが突き出ている。エラは、水中の酸素を取り込むために表面積が最大化されていて、幅広で平べったい。ヒレ状の肢、ヒレ状で幅広の尾、そしてエラを見ても分かるとおり、サンショウウオの幼生は明らかに水中生活に適した体のつくりをしている。サンショウウオの幼生は黄身に乏しい卵から生まれるため、正常に成長・発達するには、とにかく大量に食べないといけない。幅広の頭は大きな吸引漏斗(ろうと)として機能する。つまり、口を開き、大きく開けていけば、水や食物の粒子を吸い込むことができる。
やがて、変態の時が訪れると何もかもが一変する。幼生はエラを失い、頭部、四肢、尾をつくり変え、水棲動物から陸棲動物になる。新たな器官系が生じ、新たな環境に棲むことが可能になる。水中と陸上では獲物の捕まえ方が違う。水中で獲物を吸い込むのに役立っていた頭部の構造は、陸上では役に立たない。そこで、頭部の構造をつくり変え、舌を突き出して獲物を引っ張り込めるようにする。単純な変化により、エラ、頭部、呼吸器系などの全身の器官が影響を受ける。水中から陸上への進出という、私たちの祖先が魚だった頃に数百万~数千万年かけて起きたことが、サンショウウオでは数日間の変態のうちに起きるのだ。
こうしためくるめく変化が、先述のデュメリルの飼育舎のサンショウウオにも起きていた。デュメリルはサンショウウオの一生を最初から最後まで追ってみることにした。
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ガースタングは、デュメリルの研究のことを知ると、ある一般原則を提唱した。それは「発生のタイミングに小さな変化が生じると、生物の進化に多大な影響がおよびうる」というものだ。例えば、ある動物の祖先種が一連の発生過程を経て成体になっていたとしよう。その後、成長の速度が鈍ったり成長が早めに停止したりするようになると、その動物の成体は祖先種の幼生に似た姿になる。サンショウウオでこうした変化が起きると、成体が水棲の幼生のような姿になり、外鰓(そとえら)が保持され、手足の指の数が少なくなる。逆に、成長の速度が速まったり」成長の期間が延びたりすると、過度に発達した器官と体が新たに姿を現す。

1つの細胞がすべてを統べる

胚発生をいじることで進化を起こす方法は、発生のタイミングの変化以外にも存在する。
クリスティアン・パンダ―(ラトビア出身の動物学者)が拡大鏡で胚を観察していた時代以来、体の各部位が往々にして大いに協調しながら発生していることが明らかになってきた。たった1個(あるいは数個)の細胞の働きに単純な変化が起きることで、成体の多くの部位に影響が出ることがある。その影響は発生障害の名前にも見て取れる。例えば、手足生殖器症候群は、1つの遺伝子変異により発生初期の細胞の挙動に異変が生じることで起きる。その1つの変異のせいで、手の指の大きさや形、足の形状、腎臓から尿を運ぶ管に以上が生じてしまうのだ。小さな変化がそうした広範な影響をおよぼすことを考えると、体づくりに関わる細胞に起きる変化は、生命史に起きた革新的な変化を説く明かす鍵を握っているのかもしれない。
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ガースタングが解き明かしたのは、脊髄動物の誕生に向けた第一歩の内容だった。発生のタイミングが変化し、ホヤ似の祖先が幼生の特徴を残したまま成体になるように進化したのだ。ジュリア・バーロウ・プラット(アメリカの発生学者)は、次の一歩、すなわち新たな種類の細胞の出現を解明する手がかりをもたらした。どちらの場合も。種々の器官や組織に起きた複雑な変化の原因を、より単純な発生過程の変化に求めることができる。
一歩目で発生のタイミングが変わり、二歩目で新たな種類の細胞が出現すれば、新たな体制(ボディプラン)が生まれるというわけだ。
こうした見解を知ると、当然のことながら、次のような疑問が浮かんでくる。そもそも、発生過程の変化はどのようにして起きるのだろう。また、胚発生そのものは、生命にどのような変革が起きて進化してきたのだろうか。
生き物は頭骨や背骨や胚葉を祖先から受け継ぐわけではない。それらをつくるための方法を受け継ぐのである。一家相伝のレシピが代々受け継がれるうちに変わっていくように、体づくりのための情報も、祖先から子孫へと悠久の時をかけて受け継がれるうちに、絶えず変わっていく。台所で見るレシピとは違い、世代ごとに一から体を作るためのレシピは、文字ではなくDNAで書かれている。生命のレシピを理解したいなら、このまったく新しい言語を学ぶとともに、生命史における新たなタイプの先駆者に会いに行く必要がある。