じじぃの「科学・地球_385_進化の技法・ダーウィンの5文字の言葉」

Neil Shubin, "Decoding Four Billion Years of Life"

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=CbXqht1qvDA


進化の技法 転用と盗用と争いの40億年 みすず書房

ニール・シュービン(著) 黒川耕大(訳)
生物は進化しうる。ではその過程で、生物の体内で何が起きているのだろうか。この問いの答えは、ダーウィンの『種の起源』の刊行後、現在まで増え続けている。生物は実にさまざまな「進化の技法」を備えているのだ。
本書は、世界中を探検し、化石を探し、顕微鏡を覗きこみ、生物を何世代も飼育し、膨大なDNA配列に向き合い、学会や雑誌上で論争を繰り広げてきた研究者たちへの賛歌でもある。
歴代の科学者と共に進化の謎に直面し、共に迷いながら、40億年の生命史を支えてきた進化のからくりを探る書。

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『進化の技法――転用と盗用と争いの40億年』

ニール・シュービン/著、黒川耕大/訳 みすず書房 2021年発行

第1章 ダーウィンの5文字の言葉 より

研究者は生涯の研究テーマを研究室で見つけたり野外で発見したりする。私の場合、それは講義室のスクリーンに映し出された1枚のスライドを通してだった。
大学院に入って間もない頃、私は高齢の教授の講義をとっていた。内容は生命史上最大級の発明について。何とも慌ただしい講義で、進化にまつわる大きな謎を取っ換え引っ替えに紹介していく、という具合だった。議論の題材として、毎週新たな進化の事例が紹介された。序盤のある講義で、教授は1枚の簡単な図を見せた。それは、魚から陸棲動物への変遷を1986年当時の見解に基づいて描いた図だった。1番上に魚がいて、1番下に初期の両生類がいる。さらに、魚から両性類に向けて矢印が描かれていた。私が目を奪われたのは、魚ではなく、その矢印のほうだった。陸を歩く魚? 一体、何がどうなれば、そんな進化が起きるのか? それは、研究者人生を賭けるに値する最上級の科学的難問に思えた。一目惚れだったと言ってもいい。こうして私は、その後の40年間、この事件が起きた経緯を解き明かすべく、両極と数大陸を股にかけて化石を探し回ることになった。

飛ぶ鳥跡を濁す

セント・ジョージ・ジャクソン・マイバート(弁護士)がダーウィンを批判する際の槍玉に挙げたのは、魚でも両生類でもなく、鳥だった。当時、飛行の起源は大きな謎だった。1859年刊行の『種の起源』の初版で、ダーウィンは極めて具体的な予測をしている。もし、地球上の全生命が共通の祖先を持つという自分の説が正しいのなら、ある生物が別の生物に進化した際の過程を示す中間型が化石記録に見つかるはずだと。しかし、当時はまだいかなる中間型も発見されておらず、もちろん、空を飛ぶ鳥と地上に棲む祖先を結びつける生き物も見つかっていなかった。
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調べれば調べるほど、鳥が空を飛ぶのに使っている、その体に生じた発明(羽根など)が鳥類に特有のものでないことが分かってきた。肉食恐竜は時が経つにつれて次第に鳥らしさを増していった。原始的な種は股に5本の指を備えていた。それが数千万年のうちに一部の指が失われて鳥類と同じ3本指になり、同時に中央の指が伸びて翼の基部になった。そうした恐竜は、鳥類と同じように、一部の手首の骨を失って半月形の骨を進化させた。これは、鳥が羽ばたき飛行をする際に使う骨と似ている。そうした恐竜は叉骨さえ獲得した。どの恐竜も空を飛ぶことはできなかったが、皆、何かしらの羽毛を生やしていて、単純な綿毛状の原始的な羽毛をもとう種類もいれば、アーケオプテリクスや後代の恐竜のように、もっと複雑なつくりの羽根を生やす種類もいた。では、恐竜にとって、羽毛は何の役に立っていたのだろう。一部の古生物学者は、羽毛がある種のディスプレイ装置として機能し、、交尾相手を見つけるのに役立っていたと主張している。あるいは、原始的な綿毛状の羽毛が一種の断熱材として働き、体温を高く保つのに役立っていたと主張している研究者もいる。たぶん、羽毛はどちらの役割も果たしていたのだろう。いずれにしても、恐竜にとっての羽毛の役割が何であれ、羽毛の誕生が空を飛ぶことと無関係だったことはまず間違いない。
水棲動物が陸上に進出した際の肺や肢と同じように、飛行に使われた諸々の発明も飛行の進化に先立って起きた。中空の骨、速い成長速度、高い代謝率、翼を生やした腕、蝶番(ちょうつがい)関節のある手首、そしてもちろん羽毛も、すべて、元をたどれば地上で暮らし俊敏に走り回って獲物を捕られていた恐竜に生じたものだった。大いなる進化とは、新たな器官が誕生することそのものではなく、古い特徴が新たな用途や機能に転用されることなのである。
羽毛は鳥が空を飛ぶために進化し、肺は動物が陸上で暮らすために進化したというのが、これまでの常識だった。こうした考えは理にかなっていて自明のことのように思えるが、間違っている。そして、こうした考えが間違っていることは100年以上前から分かっていた。

ここでこの公然の秘密を確認しておこう。生物の体に生じる発明は、それが関与する大進化のさなかに起きるわけではない。羽毛は飛行が進化するさなかに誕生したわけではなかったし、肺や肢も動物が陸上に進出するさなかに誕生したわけではなかった。もっと言えば、生命史に残るこれらの大変革も、その他の大変革も、古い特徴の転用という形でなければ起きえなかったに違いない。

生命史上の大変革を起こすのに、諸々の発明が一斉に出現するのを待つ必要はない。大いなる進化は、古来の器官が新たな用途に転用されることで起きる。革新の種(たね)は、それが芽吹くずっと前にまかれている。何事も私たちが始まったと思った時に始まっているわけではない。
以上が進化による変革の物語だ。生命史に残る変革は一筋縄では起きない。その道は紆余曲折や袋小路だらけで、間の悪い時期に出現したばかりに廃れてしまう発明も多い。ダーウィンの5文字の言葉(「機能の変化を伴う」)は、既存の特徴の機能が変化することで発明の多くが生じることを説いている。私たちは、この言葉を足がかりにすることで、器官、タンパク質、さらにはDNAの起源までをも解明できるようになった。
ところで、魚や恐竜やヒトの体は卵が受精した瞬間に完璧な姿で現れるわけではない。生物の体は、親から子へと受け継がれるレシピに基づいて、世代を経るごとに新しくつくられる。発明の種(たね)はこうしたレシピに潜んでいる。さらにダーウィンが予見したように、レシピがある条件下で生じ別の条件下で転用されることにも発明の秘訣がある。そのことを次章で見ていこう。