じじぃの「科学・地球_388_進化の技法・美しき怪物・奇形」

What are homeobox genes?

動画 YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=YrBwcnHAsBg


97.体軸形成: Lecture

生物の形をおおざっぱにみると、前後(口側と肛門側)、背腹、左右という3つの軸が基本になっています。両生類-爬虫類-鳥類-哺乳類を含む生物グループの卵は、発生の際に細胞がダイナミックに動き回るので、軸形成のメカニズムの研究においては難解な応用問題であり、基本的な問題を解決する素材としては不向きです。頭の良い人々はショウジョウバエを材料として課題に取り組みました。
エドワード・ルイスはいわゆる「ホメオティック遺伝子群」によって生物の形態が定められることを発見しました。名詞のホメオーシスはハエの触覚が脚に変わるように、遺伝的要因によってある器官が別の器官に変わることを意味します。
ホメオティック遺伝子はウィキペディアの定義によれば「動物の胚発生の初期において組織の前後軸および体節制を決定する遺伝子である。この遺伝子は、胚段階で体節にかかわる構造(たとえば脚、触角、目など)の適切な数量と配置について決定的な役割を持つ」とされています。
ニュスライン=フォルハルトとヴィーシャウスはエドワード・ルイスショウジョウバエの発生に関する仕事を発展させ、多数の突然変異体を分離して発生に関与する遺伝子を包括的に分析し、その機能を解明しました。これらの業績によって3人は1995年度のノーベル生理学医学賞を受賞しました。
http://morph.way-nifty.com/lecture/2020/01/post-7c919f.html

進化の技法 転用と盗用と争いの40億年 みすず書房

ニール・シュービン(著) 黒川耕大(訳)
生物は進化しうる。ではその過程で、生物の体内で何が起きているのだろうか。この問いの答えは、ダーウィンの『種の起源』の刊行後、現在まで増え続けている。生物は実にさまざまな「進化の技法」を備えているのだ。
本書は、世界中を探検し、化石を探し、顕微鏡を覗きこみ、生物を何世代も飼育し、膨大なDNA配列に向き合い、学会や雑誌上で論争を繰り広げてきた研究者たちへの賛歌でもある。
歴代の科学者と共に進化の謎に直面し、共に迷いながら、40億年の生命史を支えてきた進化のからくりを探る書。

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『進化の技法――転用と盗用と争いの40億年』

ニール・シュービン/著、黒川耕大/訳 みすず書房 2021年発行

第4章 美しき怪物 より

ダーウィンは、『種の起源』の出版をもって、発生異常の研究を変革した。彼にとって、進化のエンジンを自然選択とするなら、その燃料は多様性(バリエーション)だった。ある生物種の個体間に多様性があり、外観や機能の異なる多様な形質があったとしよう。またそれらの中に、特定の環境下で個体が生き延びて繁殖する確率を高めるものがあったとする。すると、そうした個体と形質は時とともに数を増やしていくに違いない。反対に、個体に害をおよぼす形質は次第に数を減らしていく。進化の真髄は個体間の多様性にある。もし、集団内の全個体にまったく違いがなかったら、自然選択による進化など起こりようがない。個体間の多様性は自然選択による進化の燃料であり、多様性が大きいほど進化が起きる速度も増す。(奇形として現れるようなものも含めた)多様性の潤沢な供給があるからこそ、自然選択が長い時間のうちに大きな変化をもたらしうるのだ。
ダーウィン以後に多様性の研究を積極的に支持したうちの一人に、ウィリアム・ベイトソン(1861~1926)がいる。ベイトソンは、ダーウィンと同じく、子供の頃から博物学に興味を抱いていた。少年時代に「大人になったら何になりたいか」と訊かれ、「博物学者になりたいけど、才能がなかったら医者になるしかない」と答えたことは有名だ。1878年ケンブリッジ大学に入ったが、当初は冴えない学生だった。しかし、ダーウィンの『種の起源』に、ベイトソン青年は大いに触発される。一念発起し、自然選択が働く仕組みを解き明かすことにした。彼の考えでは、その答えを導く鍵は、種内の個体差が生じる仕組みを理解することにあった。一体、どのようなメカニズムの下で、生物同士の姿形に違いが生じているのだろう。
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過剰な器官を持つ生物を探すことに、ベイトソンは情熱を傾けるようになった。彼が驚かされた自然界の珍妙な生物は、過剰な器官を持っていたり、誤った部位に器官を生やしたりしていた。触角の位置から肢が生えているハチ、肋骨を過剰に持っているヒト、乳首の数が普通より多い男性、などなど。これらの事例では、体中の器官が切り貼りされているかのようだった。完全な器官がそっくり複製されていたり、体の異なる部位に移っていたりした。これらの奇形の生物は謎の存在だったが、それらを理解できれば、体づくりの仕組みと体が進化する仕組みについての一般法則を解明できるかもしれなかった。
16世紀以降の自然哲学者は、奇形の背後に生物にとっての本質的な何かが潜んでいることを正しく見抜いていた。あとは、しかるべき種類の奇形と、それを理解するための研究ツールが必要だった。

再利用(リユース)、再生利用(リサイクル)、転用(リバース)

エドワード・ルイス(1918~2004)の遺伝子群が多様な種にあまねく存在していることが分かると、長い間忘れられていた19世紀の難解な論文が見直されることになった。1990年代初期に、ウィリアム・ベイトソンなどの過去の自然哲学者の観察や考察をもとにして、最先端の実権が行われた。ベイトソンの観察によれば、もっとも一般的な部類の変異では、器官の数が変わっていたり、器官が変な部位から生えていたりした。カルビン・ブリッジズやエドワード・ルイスやその後の分子生物学者は、1世紀近く前に敷かれた道をたどった。彼らの研究活動の軸は、19世紀の頃とまったく同じように、研究室で作成されたものか自然界で発見されたものかにかかわらず、奇形生物や変異体だった。
私の下積み時代は、化石、博物館の標本、そして発掘調査がすべてだった。しかし、ある研究の結果を知って、分子生物学を猛烈な勢いで勉強することになった。
世界中の研究者チームがこぞってマウスのHox遺伝子群を調べるうちに、まったく思いもよらなかった事実が明らかになった。マウスのHox遺伝子群は、体の前後軸に沿った脊髄と肋骨の形成を制御しているだけでなく、頭部、四肢、消化管、生殖器などの胚の多様な器官でも発現していたのだ。まるで、Hox遺伝子群が体中で使い回されていて、独自の文節構造を持つ器官なら何であれ、その形成に携わっているといった具合だった。こうした遺伝子の発現パターンから浮かび上がってきたのは、生物界のカット&ペーストとでも呼ぶべき仕組みだった。体の前後軸を形成するための遺伝子なプロセスが、体内の他の器官を形成するために使い回されていたわけだ。
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ヒレから肢への進化を調べると、あらゆるレベルで転用の起きていることが分かる。手足の形成にあずかる遺伝子群は魚にも存在し、ヒレの末端部をつくっているし、ハエなどの動物では同類の遺伝子群が体の末端部の形成に関わっている。生命に大変革が起きるのに、新たな遺伝子、器官、生活様式が一斉に発明される必要があるとは限らない。古来の特徴を新たな用途に使い回すことで、子孫に大いなる可能性が開けることもある。

古来の遺伝子を改変したり、使い回したり、あるいは取り込んだりすることが進化の燃料になる。遺伝的なレシピがゼロから生まれないと、体内に新たな器官が誕生しないわけではない。

既存の遺伝子や遺伝子のネットワークを棚から引っ張り出し、改変することでも、まったく新しいものを生み出すことができる。この「古いものを利用して新しいものを生み出す」という現象は、生命史のあらゆる階層に見られる。遺伝子そのものの発明さえ、その例外ではない。