じじぃの「アルテミス計画・月への挑戦!『宇宙飛行士 野口聡一の全仕事術』」

宇宙飛行士・野口聡一さんと星出彰彦さん 国際宇宙ステーションに2人そろい会見【ノーカット】

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【“歴史に呼ばれた男”立花隆の遺言】報道1930 まとめ21/6/28放送

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「宇宙からの帰還」読んで飛行士になった 野口聡一さん

2021年6月23日 朝日新聞デジタル
宇宙飛行士の野口聡一さん(56)は、高校生の時に読んだ立花隆さんの著書「宇宙からの帰還」が、職業を選ぶきっかけになったという。宇宙飛行のあとには立花さんと対談もした。野口さんに、立花さんとの思い出を聞いた。

「宇宙からの帰還」が出版されたのが1983年。私は高校生で、本格的に自分の将来を考える時期でした。「宇宙戦艦ヤマト」とか「スター・ウォーズ」とかで宇宙への一般的な興味はありましたが、職業として、人生の選択として飛行士を意識したのは明確にあの本がきっかけでした。
あんまり明るい本じゃないですよね(笑)。
https://www.asahi.com/articles/ASP6R4RNGP6RULEI004.html

『宇宙飛行士 野口聡一の全仕事術』

野口聡一/著 世界文化社 2021年発行

第4章 宇宙旅行は夢ではない! より

月への挑戦

NASAは2021年4月、有人月面着陸を目指す「アルテミス計画」を実行に移すため、宇宙飛行士を月面に運ぶ着陸機の開発をスペースXに委託すると発表した。
アルテミス計画は、アメリカの前トランプ政権下で策定されたもので、国際協力で月を周回する新たな宇宙ステーション『ゲートウェイ』を建設し、2024年までに女性を含むアメリカ人飛行士の月面着陸を目指すとともに、火星飛行も視野に入れた。
スペースXが開発を目指すのは、月や火星までの飛行能力を持つ宇宙船「スターシップ」。スペースXの開発契約金は28億9000万ドル(約3140億円)に上り、アメリカの期待度はいやが上にも高まる。

日本は世界2ヵ国目の月面着陸を目指し、アメリカへの貢献をアピールしている。

スターシップは、衣料品通販大手「ZOZO(ゾゾ)」創業者の前澤友作さんが2023年に計画している月周回旅行にも使われる。日本でもおなじみの方もいるだろう。
思えば、「月」はいにしえの昔、日本人にとってかぐや姫伝説に象徴されるように、神々しい存在、決して犯してはならない場所だと考えられてきた。しかし、いまや日本人がロケットに乗って月面に到達する日も、決して遠い未来ではない。そうなれば、将来、かぐや姫が宇宙船に乗って月に帰るというストーリーに差し替わる時代が来るかもしれない。

第5章 宇宙飛行士の内面を見つめる より

日常に戻れない宇宙飛行士

「野口さん、お帰りなさい!」
2021年7月9日。東京都内で帰国記者会見に臨んだわたしは、詰めかけたマスコミ関係者から無事の帰還をねぎらううれしい言葉を次々といただいた。なかには、こんな気の早い質問も飛んできた。
「野口さん、まだ帰ったばかりで申し訳ないですけれども、次に宇宙に行く機会があったら、何をしたいですか」
質問を受けたわたしは「まさにいま戻ってきたばかりで」と苦笑いを浮かべながら、「宇宙にいるときには『早く地球に戻りたいなぁ』と思い、戻ってきた途端に『次はいつ行けるんだろう』と思う。もう過去3回繰り返しているんですが」と軽口をたたいて場内の笑いを誘った。そして、思い浮かぶままこう語っていた。
「次、何に乗れるかな。それは月に行く宇宙船かもしれないし、月に観光客をいっぱい乗せて飛ぶ観光宇宙船かもしれない。いずれにしても、いままでやってない、できれば違う宇宙船で再び地球の重力を振り切って外に出て行けるといいなと思っています」
おそらく、正直なところ、ここまで話すのがわたしには精いっぱいだったように思う。
3度目のフライトから地上に帰還しておよそ2ヵ月。一般的に宇宙飛行士の体は長期の宇宙滞在で筋力の低下や骨密度の減少がみられる。そこで、地球の重力に体を慣らしたり、栄養面でのフォローをしたり、45日間のリハビリテーションプログラムで身体機能の回復をさせたりしないと、すぐには地上の日常生活に戻ることはできない。
帰還した宇宙飛行士のなかには、体調ばかりではなく、宇宙ミッションに代わる目標を見いだせなくて精神に不調を来し、適応障害になるケースすらある。それだけに、帰還して間もなくは注意を要する。
わたしは、じっくりと時間をかけて、気持ちと記憶の整理をしようとしていた。次に何をするかを考えることも大事だが、いまやっておきたいこともある。それは、3度にわたる貴重な宇宙飛行を経験したわたしの内面をのぞき込み、そこにどんな変化が起きているのかを探ること。わたしは、それを見つけるために宇宙に行ったはずだからだ。

立花隆さんの訃報

クルードラゴンでの帰還を目前に控えていた4月30日、ジャーナリストの立花隆さんが80歳で亡くなった。
立花さんの著書『宇宙からの帰還』と高校生のころに出会い、宇宙飛行士を志すきっかけをつくってくれた。今回、クルードラゴンに高校時代に買い求めた初版本を乗せて一緒に宇宙を旅したくらい、片時も手放せない座右の書だ。立花さんがあと数年ご健在だったら宇宙の旅を体験していただけたはずだった。それだけに、立花さんの死は、悔やまれてならない。
わたしが立花さんと初めて会ったのは、2005年の初フライト後の対談の席だった。宇宙体験をわたしがどういう言葉で表現するのか、真剣に聞いてくださった。どれだけ宇宙に滞在したのか、そこでどのような作業をしたのかといった記録は、NASAJAXAも当然ながら残している。しかし、そのようなデータではなく、立花さんはその時々にわたしがどのように感じ、そのことをどう表現するのかに着目していた。宇宙飛行士の内面世界に迫り、その変化をたどろうとしていたのだ。
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『宇宙からの帰還』は、宇宙飛行士にバラ色の未来が待っているとは限らないことも、若いわたしに教えてくれた。宇宙飛行士の内面の苦しみや挫折をリアルに伝え、そこから立ち直るドラマも描かれていた。それがわたしには幸いしたように思う。宇宙に飛び立つまでのわたしの道のりは、決して平たんではなかったからである。
大学生時代、スペースシャトル・チャレンジャー号の爆発事故(1986年)に遭遇し、宇宙飛行が決して安全な世界ではないことを思い知らされた。2003年のスペースシャトル・コロンビア号の爆発事故では、宇宙飛行士の同期生や友人たちをあえなく失った。軽い気持ちで見送った仲間が帰還して来なかったという現実をつきつけられ、がく然としたのである。
わたしは、スペースシャトルの次のふらいとに搭乗する予定だったから、自分にもこうした不孝は起こり得るのだと身につまされる思いにかられたのだ。
NASAスペースシャトル計画はその後、2年半にわたって中断されている。この猶予期間がわたしにとって宇宙飛行と向き合える心の準備期間になった。もしも猶予なく次のフライトを命じられていたら、わたしはその任務から降りたかもしれない。実際、コロンビア号の事故直後、引退を表明する宇宙飛行士が何人もいた。
こうした不安をいつも抱えながら3度のフライトを重ねてきたけれども、立花さんの本が心の糧となり、困難を乗り越えられたといまでも思っている。
この本が教えてくれたことがもうひとつある。NASAJAXAは「人類が宇宙空間のどこまで到達できるか」を追い求め、国家事業として成果を出すことを主眼に置いている。

立花さんはその目的志向性にとられた宇宙開発に疑義を唱え、国家政策としての成果ばかりではなくて「宇宙飛行が人類にどのような精神的インパクトをもたらすのか」という視点からずっと問いかけを続けていた。宇宙開発の成果は、具体的にどういう形でわたしたちの精神的な世界に寄与しているのか。それを宇宙飛行士に繰り返し問うたのだ。

その影響だろう、わたしが自分自身の内面世界を探究する研究をライフワークとするようになったのは、宇宙から帰還するたびに、自分の内面に起きた変化を立花さんのように正確に、分かりやすく伝えたいといつも心がけた。本書を執筆したと思い立ったのも、立花さんの死去と向き合い、3度目のフライトで何が起きたのか、残しておきたいと思ったからである。
なかでも、2度目のフライトの後に体験したあの心の葛藤がふたたび訪れるのか、わたしは自分自身に問いかけていた。