じじぃの「科学・地球_322_新しい世界の資源地図・自動車・テスラ」

時価総額トヨタ超え」のテスラ、その今を紐解く

2020.06.16 BRIDGE
6月10日、イーロン・マスク氏がCEOを務める電気自動車企業「Tesla」が、時価総額トヨタ自動車を抜き世界で最も価値のある自動車企業になった。
同社の現在(※執筆時:日本時間6月11日23時)の時価総額は約1900億ドルで、トヨタは約1823億ドルとなっている。
https://thebridge.jp/2020/06/tesla-becomes-most-valuable-automaker-worth-more-than-gm-ford-fca-combined-pickupnews

新しい世界の資源地図――エネルギー・気候変動・国家の衝突

ヤーギン,ダニエル【著】〈Yergin Daniel〉/黒輪 篤嗣【訳】
地政学とエネルギー分野の劇的な変化によって、どのような新しい世界地図が形作られようとしているのか?
エネルギー問題の世界的権威で、ピューリッツァー賞受賞者の著者が、エネルギー革命と気候変動との闘い、ダイナミックに変化し続ける地図を読み解く衝撃の書。
目次
第1部 米国の新しい地図
第2部 ロシアの地図
第3部 中国の地図
第4部 中東の地図
第5部 自動車の地図
第6部 気候の地図

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『新しい世界の資源地図――エネルギー・気候変動・国家の衝突』

ダニエル・ヤーギン/著、黒輪篤嗣/訳 東洋経済新報社 2022年発行

第5部 自動車の地図 より

第37章 電気自動車

ロサンゼルスのシーフードレストランでの2003年の昼食は、不首尾に終わりそうだった。2人のエンジニア、J・B・ストラウベルとハロルド・ローゼンがイーロン・マスクに自分たちのアイデァを売り込んでいた。鉄人の意志の強さを持つ起業家、マスクは当時すでに、オンライン決済システムを築いた「ペイパル・マフィア」のオリジナルメンバーとして、また宇宙輸送のコストを安くして火星旅行の実現を目指すスペースXの創業者として、名を馳せる有名人だった。2人のエンジニアはマスクに、宇宙ではなく大気圏内を飛ぶ乗り物のアイデアを売り込もうとしていた。それは電気飛行機だった。
「うまくいきそうにないな」とマスクは話を遮った。「まったく興味を引かれない」。
気まずい沈黙が漂った。3人は黙ってまた魚料理を食べ始めた。ストラウベルはそこで思い切って、自分がほれ込んでいるあることを話すことにした。それは電気自動車だった。
リチウム電池で電気自動車の性能が驚くほど向上しているんです」とストラウベルは切り出し、「ノートパソコンのバッテリーセルを1万個ほどつなぎ合わせて、車に取り付ける」というアイデアを説明した。
マスクはとたんに目を輝かせた。ストラウベルがそれまでにこのアイデアを聞かせた誰よりも夢中で話を聞いた。
当時、一部の熱心な支持者を除けば、電気自動車の話を聞かされたら、誰もがそれを非現実的なアイデアだと受け止めただろう。運輸、わけても移動者は、石油と分かちがたく結び付いた市場だと、一般に考えられていた。
それが今では一変した。現在、電気自動車は、早急に未来を確かなものにしようと取り組む世界の自動車産業にとって、産業の存続に関わるテーマになっている。同じことは、世界の石油産業にも当てはまる。石油産業にとって電気自動車の台頭は、世界の石油需要の35%を占める乗用車とライトトラック(乗用車だけで20%を占める)に、100年ぶりに強敵となりうる競争相手が現れたことを意味する。人々の移動手段を支えるエネルギーは今後も、油井から取り出されるのか、それとも電線から届けられるようになるのか。この問いへの答えは、何十億人という人々の移動の仕方を変えるばかりか、地政学にも、仕事にも、国家経済にも、世界経済にも、経済の膨大なお金の流れにも大きな影響を及ぼすだろう。現在、電気自動車の導入の大きな推進力になっているのは、何よりも気候政策だ。ガソリン車から排出される二酸化炭素の量は、エネルギー関連による二酸化炭素の排出量の6%を占める。しかし、2003年のあの昼食では、動機は気候問題ではなかった。もっぱら電気自動車のための電気自動車だった。
マスクとの会食は、出だしよりもはるかにいい雰囲気で終わった。昼食代もマスクが持ったほどだった。数週間後、さらに何度か会ったあと、マスクは2人の提案に応じて、事業を立ち上げることを決めた。
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テスラが何を成し遂げようとしているかを世界がついに目の当たりにしたのは、ロードスターのプロトタイプ――美麗な2台のスポーツカー、1台は黒、1台は赤――が2006年に披露されたときだ。「電気自動車がことごとく失敗に終わるということは、これで過去のことのことになった」と、マスクは宣言した。ただし、このときは顔見世だけに留まった。実際の車の納入は、2008年まで待たなくてはいけなかった。テスラ・ロードスターは停止状態からわずか4秒で時速約100キロに達することができる。まさに胸の躍る魅力的なスポーツカーだった。発売と同時にたちまち時代を代表するステータスシンボルになった。ロードスターは「限定車」として売り出されたモデルだったが、リチウムイオンのバッテリーパックが自動車に使えることを証明していた。「「少し待って欲しい」というのがわたしの態度だった」と、当時GMの副会長だったロバート・ルッツは振り返っている。「我々にはできないというみんなの意見をわたしは受け入れていた。ところが、カリフォルニアのこの小さなスタートアップ企業がそれを成し遂げてしまった」。テスラが「行き詰まりを打開してくれた」とも、ルッツは付け加えた。
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画期的な技術の進歩なしに、どこまでバッテリーの値段を下げられるかに関しては、盛んに議論されている。1つには、生産規模を拡大するという方法がある。世界では今、新しいバッテリーの生産工場が目を見張るほどの勢いで増えている。しかしバッテリーの原料のサプライチェーンをめぐる懸念もある。そのことが値段の行方をさらに不透明にしている。強気のシナリオでは、電気自動車のリチウム需要は2030年までに1800%上昇し、世界のリチウムの総需要の約85%を占めるようになる。バッテリーのもう1つの重要な原料であるコバルトの需要も、1400%増える。世界のコバルトの50%以上は、コンゴ民主共和国カタンガという一地域から供給されている。一般に、自動車のバッテリーには高い性能が求められるので、その原料も高品質のものである必要がある。このこともサプライチェーンのネックになりうる。中国はすでにそれらの産業で重要な地位を確保している。
一方で、市場の潜在的な規模に刺激されて、バッテリー技術の向上や新開発を目指す研究も活発化している。

電気自動車になれば、ガソリンスタンドに行かなくてもすむ。しかし充電はしなくてはならない。ここに第2の大きな壁がある。充電時間と充電設備の整備だ。

急速充電器を使うことで(かなり値が張るが)、10分から15分くらいにまで充電時間を短縮できるようになったとはいえ、電気自動車の充電には時間がかかる。充電スタンドも今よりはるかに多く、何百万箇所という数にまで増やさなくてはならない。そのコストも誰かが負担しなくてはならないだろうし、最終的には標準化されたビジネスモデルが必要になるだろう。また、集合住宅や高層マンションに住む人や、路上駐車のことも考えなくてはいけなくなるだろう。