じじぃの「デイ・アフター・トゥモロー・海洋大循環が止まる?南極の氷に何が」

海洋大循環

氷がつくる海洋大循環1

北海道大学 大気海洋物理学・気候力学コース
●塩のさじ加減で決まる海洋大循環
水は冷たい程重く、また塩分などの濃度が高い程重くなります。上にある水が冷やされたりして下の水より重くなると、上方の水が下方の水に潜り込むことになります。
世界の海洋を巡る最も大きな循環は、ある場所で冷たく重くなった水がドーンと深層まで沈み込んでそれが徐々に湧き上がってくる、という循環です。この循環は全世界の深底層まで及びますが、平均すると約2000年かけて一巡りするようなゆっくりとした循環です。
海水は冷たい程重くなるので、水が沈み込む場所というのは高緯度域・極域の海になりますが、どこででも沈み込むのではなく、北大西洋グリーンランド沖と南極海(の南極大陸の近く)の2ヵ所でのみ沈み込みます。このようにしてできる海洋の大循環を模式的に示したのが図1で、「海洋のコンベアベルト」という呼ばれ方をしています。
http://wwwoa.ees.hokudai.ac.jp/readings/2010/ohshima_ice-ocean01.html

『南極の氷に何が起きているか 気候変動と氷床の科学』

杉山慎/著 中公新書 2021年発行

はじめに より

少しぐらい温暖化が進んだところで、極寒の南極にある氷床が急激に融け始めることなどありえない――。ちょっと前まで、多くの研究者がそう信じていた。むしろ、温暖化で雪がたくさん降るようになって南極の氷が増える、そんな話を耳にした方もいるだろう。
現に、2001年に出版された国連の気候変動に関する政府間パネルIPCC)の第3次評価報告書では、今後の気温上昇にともなって降雪量が増え、氷が増加して海水準の上昇を抑える可能性が記されている。しかし、それから20年後、2021年に公開されたIPCC第6次評価報告書では、南極で失われる氷が主要因となって、21世紀末までに海水準が2メートル近く上昇する可能性も否定できない、という予測に改められた。
これまでの研究が何か間違っていたのだろうか? そうではない。21世紀に入ってから南極を観測する技術が飛躍的に向上して、それまでわからないことが多かった氷床の研究に大きな進歩をもたらしたのである。実際この分野では、10年前の教科書は古くてとても使えない。
最大の異変は、氷と海の境界で起きている。海によって融かされる氷の量が増加し、海へと切り離される氷山の量が増えた結果、南極の氷が急速に減少していることが明らかになった。

第4章 南極の異変は私たちに何をもたらすか――氷床融解が地球環境に与えるインパクト より

海洋大循環の停滞

氷床が融けると循環が弱まる?

この海洋大循環(画像参照)の駆動力となっているのが、温度と塩分の変化によって生じる海水の密度差である。鍋でお湯を沸かせば、過熱された水は密度が下がって軽くなるので浮き上がり、冷たい水は底へ沈む。温度による密度変化で生じる循環である。
海水の場合はさらに、蒸発や淡水の流入で変化する塩分によっても、密度が変わって浮き沈みが起きる。これらの循環メカニズムは「熱塩循環」と呼ばれ、特に海の深い場所における海水の流れをコントロールしている。たとえば氷床から流出する淡水の量が増えれば、海水の塩分が下がって密度が小さくなる。南極でそのような密度変化が起きたとすれば、海洋大循環に大きな影響をおよぼす。
ポイントは、南極周辺の南大洋と、グリーンランド氷床が位置する北大西洋の北部である。この2ヵ所は、地球上で最も盛んに海水が沈み込む海域だ。すなわち、海面近くを流れている表層循環から、海底近くを流れる深層循環へと折り返す場所となる。密度の高い海水が深層へ沈み込むことによって、大循環を駆動するポンプの役割を果たしているのだ。
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これらの沈み込みにおいて、南極氷床もグリーンランド氷床も直接的な役割を果たしているわけではない。しかしながら、海水の塩分は氷床から流れ込む淡水量によって変化する。また海の凍りやすさも、淡水の流入と氷床がつくりだす気象が深く関与している。したがって、氷床は海洋大循環にインパクトを与える可能性を秘めているのだ。その顕著な例として挙げられるのが、氷床融解によって北大西洋の南北循環が弱まり、さらには停止してしまう現象である。

映画「デイ・アフター・トゥモロー」のシナリオ

先に説明したように、北大西洋ではメキシコ湾流が熱を北に向かって輸送している。この表層の流れが行きつく先、大西洋の北端にあたるグリーンランド南東沖で強い沈み込みが起きている。もしこの海域に、氷床の融け水や氷山が大量に流入したらどうなるのだろうか。海水の塩分が薄まって密度が下がり、薄くなった海面近くの水は沈み込むことができなくなる。沈み込みが起きなければ、北上する表層の流れが滞って熱の輸送も止まってしまう。つまり、大西洋の北部は急速に寒冷化する。
出来すぎた話のように聞こえるが、そのような変化が過去に何度も起きたとされている。
今から11万年前から2万年前にかけて、地球は今よりもずっと冷たい「氷期」であった。当時のグリーンランド氷床は、北米大陸を覆うローレンタイド氷床とつながっていた。この巨大な氷床から周期的に大量の氷山が流出した証拠が、北大西洋の海底堆積物に残っている。そのようなイベントと同期して気温が大きく低下したことが、グリーンランド氷床の氷サンプルに記載されていたのだ。氷床が崩壊した結果、淡水の流入によって北大西洋における沈み込みが弱くなり、急激な寒冷化が起きたと考えられている。
このころの北半球では、数百~数千年という短い周期で、なんと10度にも達する気温の上下動が起きていた。この急激な気候変動のメカニズムは未だ完全に解明されていないが、氷床崩壊と北大西洋の海洋循環が鍵であったことは間違いない。
デイ・アフター・トゥモロー」という映画をご存じだろうか。2004年に公開されたこのアメリカ映画では、地球温暖化の末に北大西洋の南北循環がストップして、地球が急速に寒冷化する様子が描かれた。冒頭には南極で棚氷が崩壊するシーンがあり、2002年に崩壊したラーセンB棚氷がそのモチーフとなっている。

映画の中では数週間のうちにマンハッタンが氷漬けになっていて、さすがにやりすぎの感はぬぐえない。しかしながら、「海洋循環が止まって北向きの熱輸送が滞ったら」というシナリオは、科学的知見を考慮したものだった。